存在証明
こんな話を聞いた。我々の持っている意識とは内省することでしか存在確認がされないと。つまり、「我思う、ゆえに我有り」とはまさにその通りで生物学的知見を通しても意識は説明できない。ということは、もしかしたら、私以外の人間を動かしているのはその人の意識ではなく、私がその人に抱いた社会的印象なのかもしれない。そう思った所存だ。
俺はいつもの席でいつものようにコーヒーを啜っていた。しかし、いつもとは違いそのコーヒーは俺が入れたものではなく、先の事件からかかわりを持ち、就任10日目にしてもう落ち着いた雰囲気を出している彼が入れたものだ。彼の名前はのちに分かったのだが、アベルというらしい。アベルは俺のコーヒーがなくなったことを確認すると、俺のほうへパタパタと駆け寄り
「新しいのを入れますね。」
と笑顔で告げ、コーヒーカップをもってまたパタパタとコーヒーメーカーに近寄るのだった。しかし、学生であるはずなのにここ数日間学校に行っている気配がない。もしかしたら学校でいじめられているのだろうか。心配した俺はできる限りオブラートに包んで聞いてみた。
「しかし、最近はあれだな。学校も忙しくなってくるころだろう。最近そっち側の調子はどうなんだ。」
「はい、実は僕、学校に行ってないんですよ。というのも学校の授業が低レベルすぎるので学校に行くかわりに家庭教師を雇って勉強を教えてもらっています。ああ、成績のことは大丈夫です。学校のほうにはそのような旨を伝えていますし、テストでは毎回満点を取っているんで。」
なんだそれは。お前はアインシュタインなのか。しかも家庭教師で学校の教科すべてをカバーしているってのも納得できん。さては金持ちだな。
「しかし、あれだな。そうすると友達とかができないんじゃないか?社会勉強というのも大切だぞ?」
「そこは心配なく。親たちの集まりのおかげで最近は友達というのができましたし、何といっても僕にはジェインさんがいるんで。」
アベルはもしかしたら相当リッチな家庭に生まれたのかもしれない。もしそうなら友達というのも自発的なものではなくて政略的なものなのかもしれない。そう思うとこのまだ幼げの残る銀髪の少年がかわいそうに思えてきた。
「やっぱり、学校に行ったほうがいいぞ。」
それから数日後、アベルは学校に行き始めた。話を聞くに、女子からの質問攻めがすごいらしい。そうか、こいつは確かに美形だ。美形の上に金持ちときたらそれはもう女子が黙っているわけがない。まあ、金持ちについてはただの俺の予想だが。
それからの月日というのは早いもので、もう外にいると手がかじかむ季節になっちまった。うちの探偵事務所は都内の郊外の安物件ということもあり、暖房器具はストーブぐらいしかない。そのストーブをアベルと囲んでいた。俺はふと気になったので聞いてみた。
「そういえば学校の調子はどうだ?友達はできたか?」
「まあまあですね。ただ、最初は近づいてくれなかった男子が近づいて話してくれるようになってきました。」
まあそりゃ女子にモテモテのアベルには最初は近づきがたかっただろうな。しかし、まあアベルもクラスに打ち解けてきたということか。それはよかった。
そう思っていた時であった。扉が開いた。
「あの、、、今って開いてますか?」
そう言って訪ねてきたのは制服を着た若い金髪の少女だった。見ると全体的にどこか汚れている。
「ええ、開いてますよ。なんのご用件でしょうか?」
そういうと彼女はアベルと親しい仲なのか
「あ、アベル君、こんなところで働いているんだ。」
と言ってきた。が、アベルはきょとんとしていた。
「あの、、、誰でしょう?」
「あ、そっか。今はみんなそんな感じなんだ。」
と憂鬱気になった。それから彼女は俺に向き直り
「実は早急に解決してほしい問題があるんです。というのも、私、みんなから忘れられてしまったみたいなんです。」
と告げた。なるほど、それで先の反応か。俺は事件の概要を知るために彼女に先を促した。
彼女の名前はナンシー、アベルと同じ中学に通う三年生だ。俺が見るに彼女はクラスの中心みたいな感じだが、本人が言うには違うらしい。しかし、みんなと仲良く学校生活を満喫していたらしい。そんなある日、彼女は告白されたらしい。しかし、今までそういう目で見てきた男性ではなかったためきっぱりと断った。そしたら相手は怒って
「おまえなんて、、、こうしてやる!」
と言って指をパチンと鳴らした。しかし、なんも起こらなかったので気にせずすたすたと教室に帰ったナンシーは誰も話しかけないのに少し違和感を覚えたが、そんな日もあると気にせず、普通に授業を受けて帰った。そして家に帰ると事の重大さに気づいた。なんと母親が自分を忘れていたのだ。鍵を開けて彼女がただいまを言うとお母さんは開口一番に
「キャー!不審者よ!」
と言った。その声につられて出てきたお父さんも
「誰だ!出て行け!」
と近くにあった木刀を手に取りながら言った。それを見て唖然としたナンシーはその時初めてあの男子生徒がやった指パッチンの意味が分かった。悔しさを覚えながらその場を後にし、その日は野宿した。なるほど、それで全体的に少し汚れているのか。こんな寒空の下での野宿なんて聞くだけでも寒そうだ。にしてもかわいそうな話だ。告白を断られた逆恨みからそんなことをするなんて。
とりあえずナンシーには俺の探偵事務所で宿泊してもらうことにした。でだ、俺はその能力者に会う方法を考えなくてはいけない。学校に入るかその人を待ち伏せするかだ。まあ、現実的に考えて後者だろう。俺はアベルに頼んでその人をここに呼び出してもらうことにした。
その次の日、例の男子生徒と思しき人が来た。ナンシーにはそこら辺に隠れてもらっていた。
「アベル君、で、僕に用事って何の用かな?」
「あ、ごめん。実は用事があるのは僕じゃなくってジェインさんなんだ。」
「ジェイン?」
そういうと彼は首を傾げ、俺の存在に気づくと納得したように
「ああ、あなたですか。何の用です?どこかでお会いしましたっけ?もしそうだとするならばごめんなさい。記憶にありませんね。」
「単刀直入に申します。あなたがナンシーさんの存在を消したのでしょう?」
「ええ、そうですよ。でも、それが何か?あなたに何かできるというのでしょうか?」
「案外あっさりと認めるんですね。」
「ええ、まあ、あなたも同じように消してしまえば問題ないので」
そう言ってパチンと指を鳴らす、しかし俺は能力を帳消しにできる能力者だ。何も起こらないだろう。そう思っていた矢先、アベルが急によそよそしくなった。
「あれ?僕は何でここに、、、帰らないと。」
そう言って大慌てでアベルは帰っていった。なるほど、彼の能力はどうやら個人にデバフとしてかけるものではなく、世界全体に影響するものらしい。だから俺の能力が効果を発揮しないってわけだ。横を見るとそこには薄気味悪い、俺を蔑むかのような顔で彼が立っていた
。
俺は彼のほうへと向きかえった。
「どうです?社会から存在を忘れられた気分は。いや、一日目はみんなそういう風にきょとんとした顔をしているんですが、二日目からはその顔に絶望という色彩が乗ってくるんですよ。それがたまらなく楽しくてね。どうです?今なら解除してあげなくもないですよ?」
「君は本当にくずなんだな。」
「それがあなたの命運を握っている私への態度ですか?ちゃんと誠意というものを見せてくれないとできるものもできなくなってしまいますよ?」
「ああ、そうだな。じゃあ謝ろう。だから目を合わせてくれ。」
その言葉を聞いた彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら私を見てきた。その瞬間、私はこう告げた。
「「汝忘れし罪を果たせ。」」
そういうと彼は驚いたような顔になり、だんだんと消えていきながらこう言った。
「そうか、お前がサイキックキラー、、、」
なぜその名を知っているのかと聞く前に彼は消えてしまった。今回の対価はどうやら存在消滅だったらしい。
彼の消えた後には一通の手紙が落ちていた。何気なくとって読んでみると、どうやら送り主は閻魔というやつらしい。そこにはサイキックキラーには気をつけろと書かれていた。これは俺のことなのだろうか。確かにここに書いてある情報には一致する。しかし、俺は公衆の面前でサイキックキラーと名乗ったこともない。まあ、今まで勝ってきた能力者の中で俺の存在をほかの能力者に告げ口するような輩がいても不思議ではない。この時の俺はそう軽くとらえていた。
その後慌てて帰ってきたアベルは俺に謝り、そしてナンシーを思い出したと告げた。近くに隠れていたナンシーにそのことを伝えると、ほっとした顔をしていた。しかし、ナンシーはナンシーで先ほどまで思い出せていたこの事件の発端を急に思い出せなくなったらしい。まあ、つまり、あいつの対価は存在ごと消えることだったのだろう。ああ、俺もだんだん思い出せなくなってきた。
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