紅一点?
こんな話を聞いた。肉体的な性別と精神的な性別が一致しないで苦しんでいる人たちがいると。そのような悩みを抱えている人をLGBTsと言うらしい。周囲はそれに理解を示さないし、理解しようともしない。理解しようとしない先進人たちはいったい何を考えているのだろうか。もしかしたら我々が今までに積み重ねてきた“進歩”は物質的な豊かさのみを求めたものだった代償として、人間の何か大事な部分を荒廃させてしまったのではないか。そう思った所存だ。
ある日、俺は事務所でいつものようにコーヒーを飲んでそこら辺の書物を漁りながら暇をつぶしていた。そのようにゆったりしていると、わが探偵事務所の門戸を叩くものがあった。また猫探しか何かの依頼かと思った俺はのろのろと立ち上がり、面倒くさそうに迎え入れた。そこにいたのは、体系はすらっとしていて、金髪のオールバックに丸ぶち眼鏡をかけた頼りなさそうなおじさんであった。急ぎのようなのか、どこか落ち着きがなかった。
「こちらへどうぞ。」
十中八九猫が逃げ出したんだろうと決め込んでいた俺は、とりあえず客人をソファーまで誘導し、話を聞いてやることにした。
俺の検討は外れた。要件は猫探しではなく女についてだった。おいおい、よしてくれ。俺は生まれてきてからこれまで彼女すら持った経験がないんだぞ。そんな俺に恋愛相談なんてされたら、未経験の醜態をさらすことになっちまうじゃねえか。そんな俺の心配はよそにその男はそわそわとしながら話を続ける。
「そ、それでそこのバーで出会ったかわいい女の子に君、かわいいねって声をかけたんです。そしたらその子はとびっきりの笑顔で「ありがとう!」って言ってくれたんです。はあ、、、かわいかったなあ、、、そのあと私は彼女をホテルに誘ってその、、、行為をしようとしたんです。彼女も二つ返事でOKしてくれて、二人でホテルに向かったんです。そして部屋に入ったら彼女が「その前にお風呂に入って」というもんですから、確かに体がきれいなほうがいいなと思い私、お風呂に入ったんです。私、このような性格なもんですからこういうことって初めてだったんです。ですからドキドキしながらお風呂に入ってですね、体を洗い終えて部屋に出てみたら、、、」
出てみたら?
「彼女がいなくなっていたんです。私、その時はあまりにも急だったもんで一瞬、何が起こったのかわかりませんでした。ただ、しばらくしてやっと我に返ってですね、慌ててカバンの中を確認してみたんですよ。そうすると、財布がなかったんです。」
なるほど、話は分かりました。つまりはその女性から財布を取り返してほしいと。それだったら警察に行ってください。私の仕事ではございません。
そういうと彼は慌てた様子で
「待ってください!警察にはいえない事情があるんです!」
それは何ですか?まさかその女性を誘ったことですか?そんなの財布を取り戻すためぐらいなら少し勇気を奮ってほしいものです。
「いえ、、、違うんです、、、実は、、、」
実は?
「その女性、未成年かもしれないんです、、、」
そしてこの依頼を受けることにした俺は、やることもなしにただコーヒーを飲む手だけを捗らせていた。だってどうしろというんだ。相手は名前も顔も知らない未成年の女子だぞ?一応依頼人から聞いたそのバーには連日で足を運んでいるのだが、本人どころか手掛かりすらつかめていない。まあ、そりゃそうだろうな。だって財布を盗んでいるのにまた同じバーに行って被害者にうっかりあったらどうする?自らを破滅へと向かわせているようなものだ。だから同じバーに行くってのは意味がない。もう少しあてがあればいいのだが…そう、今の私には情報が少なすぎる。こんな状態で例の女性を見つけるのは砂漠から針を見つけるようなもんだ。正直言って無理がある。やってらんないと諦めかけていた俺に一筋の希望が見えたのはそんな時だった。
最近例のバーに行き過ぎて、もはや常連と化してしまった俺は気まずさからか別の近くのバーに行った。どうせ例のバーには訪れないだろうと言う気持ちだった。そしてそこでしばらく飲んでいると、なんと例の女性と思しき人が現れたのだ。そう、彼女は確かに未成年っぽかった。しかし、それは見た目ではなく仕草などがだ。お酒をもらうときだってどこか慌てていたし、そのお酒には口を付けようともしなかった。俺はその女性が例の女性なのかを見極めるために、後を付けることにした。しばらくして店を出た彼女はどこかたどたどしい、ドレスにまだ慣れていないような歩調で夜道の中を歩いていった。そして、しばらく歩くと、近くの公園のトイレの前で立ち止まった。そして、周りをきょろきょろ見回すと男子トイレのほうへ入っていった。普通女子トイレに入るもんじゃないのかね。そんな疑問がふと浮かんだが、俺は人の隠している趣味にまでとやかく言うようなタイプの人間ではないので黙ってスルーした。その数分後に出てきたのは銀髪の、まだ年は14くらいであろう少年であった。もちろん、服装も違っていた。その後彼は歩き始めた。私はその後を付けず、例の女性を待っていた。
結果から言おう。例の女性は出てこなかった。つまりはあのトイレからどこかへテレポートしたのか、あの男の子が例の女性だったのかのどちらかだ。どちらも能力者の可能性が高い。しかし、前者は男子トイレに入る必要はないため、正解は限りなく後者のほうだろう。そう踏んだ俺はまた彼女(?)と出会ったバーに行くことに決めたのである。
案の定彼女はきた。たどたどしい足でカウンター席につくと昨日と同じお酒を頼み、昨日と同じように慌てた様子でお酒を受け取り、昨日と同じように口を付けなかった。俺は思い切って彼女に近づいて話しかけてみた。もちろん、能力は切った状態で。
「かわいいですね」
そう言うと彼女は満面の笑みで
「ありがとう!」
と答えてきた。これは依頼にあった女性に違いない。だって状況が言われた内容と酷似している。そして俺は続けざまにこのようなことを言った。
「このあとどうです?」
「このあととは?」
「夜の関係を私と築くつもりはありませんか?」
「私は…別に構いません」
では、後程この場所で。
そう言って席を立った俺は準備へと急いだのである。
俺がその部屋で待っていると、彼女は数分後に来た。バーであった時のドレスのままだ。そして彼女はこういった。
「その、、、行為をする前にお風呂に入ってほしいんです。」
私はそっと扉の鍵を閉め、扉を背にするとこういった。
「実は私、探偵事務所のものなんです。本日はある依頼であなたに近づきました。その依頼というのがね、ある男性がこのような状況で財布を盗まれたってことなんですよ。」
そういうと彼女の顔はみるみる青ざめて、
「ごめんなさい!本当はそんなつもりじゃなかったんです!ちゃんと行為する気でいました!でも、その人を待っているうちにだんだんと怖くなってきちゃって…帰ろうと思いましたが、そこに来るまでで帰るための交通費を使ってしまったので…財布を盗っちゃいました!ごめんなさい!返します!」
「そんなに怖いなら誘いなんて断ればよかったじゃないですか。なんでOKしてしまったんですか?」
「それは、、、かわいいって言われたのが初めてで、ついうれしくなって、、、」
「でも、私も同じようにお風呂へ入れようとしましたよね?同じ手口で財布を盗もうとしたのでは?」
「違うんです!汚いままするのが本当に嫌だったんです!」
なるほど、そういうことだったのか。まあ財布は返すといっているし、そっちの件は良しとするか。しかし能力の件は容認できない。俺は自分の能力を発動した。すると俺の半径三メートル以内にいる彼女の胸はみるみる縮み、あの日あの男子トイレで見た少年へとみるみる変わった。
「へ?」
あなたはやはり能力者でしたか。もしこのまま放っておくと危ないことになるのですぐに対処しますね。ちょっと私の眼を見てください。
「え?いや…何が起こってるんですか?説明してください!」
そういうと彼はまっすぐ私を見つめた。まだ幼げの残るその視線に若干の罪悪感を感じながらこう言った。
「汝忘れし罪を果たせ。」
すると彼の体はみるみる大人びて、、、とはならずに何の変化もなかった。
あれ?汝忘れし罪を果たせ。汝忘れし罪を果たせ。駄目だ、何度やっても効かない。
すると彼は
「あの、、、もういいですか?」
と顔を赤らめ下にうつむきながら聞いてきた。仕方がない、効かないなら約束してもらおう。
あの、これからその能力を使うのはやめてください。もし乱用されるとあなたの脳は海綿状になり、破壊衝動しかない破壊兵器となってしまします。
そういうと彼はいまだに頬を赤らめ下をうつむきながら
「、、、はい」
と小さく答えた。
それから数日が経った。俺はその間もいつものようにコーヒーをすすり、時々猫探しの依頼をこなしながら無難に過ごしていた。そしてその日もいつものようにコーヒー片手に本棚の書物を読みふけっていた。そんな時、思わぬ訪問者が来た。扉が「コンコンッ」と音を立てたのでまた猫探しの依頼かと気だる気に迎え入れたら、そこにいたのは予想外の人物だった。現れたのは銀髪の、まだ年は14くらいであろう少年であった。そう、先の事件の超能力者である。しかしもう依頼人に財布は返されたはずで、その事件は円満に終わったはずだ。一体今頃何の用なのか。そんな思案をしていた時、彼女から、いや、彼から思いもよらない提案がなされた。
「あの、、、ここで僕を雇ってくれませんか?!」
あまりに予想外の出来事で理解が追い付かなかった。
待て待て、話が急すぎる。なぜそのような思考になったのか訳を教えてくれるか?
「はい!このような落ち着いている職場環境が良いと思い、志望させていただきました!」
いやいや、志望理由じゃなくて思考理由を知りたいんだが。
「それは、、、」
そのあと告げられた思考経路はこうだ。たまたま探偵事務所で仕事をしたいと思った彼はたまたま俺のことを思い出し、たまたま自分のうちからここまでの交通定期を持っていたのでたまたまここにしようと思ったらしい。つまりはすべて偶然だったらしい。どこか少し戸惑いつつも断る理由がない俺は人員として入れることにした。といっても、未成年の彼は探偵の仕事ができるわけがなく、結局はコーヒー淹れ担当になっただけだったが。しかし人の入れるコーヒーほどおいしいものはない。俺は今の状況を少し気に入っていた。
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