五十嵐月乃との出会い 7話
朝の教室。
俺が来た時にはまだ誰もおらず、暇を持て余してスマホを弄っていた。
最近暇つぶしに始めたスマホゲームをプレイしていると、扉が開かれる音がした。
「あれ?後藤くん早いね。おはよう」
「おう」
こいつは……名も無きクラスメイト。
暫くすると、また誰かが来る。
「佐藤さんおはよー」
それを皮切りに、数人が教室へと入ってきた。
あと、さっきの人は佐藤さんだったのか。
(あいつは……いつ来るんだ)
出来れば早いうちに来てくれ……と願っていると、月乃からメッセージが届いた。
『もう来てる?』
『来てる』
『じゃあ、今から行くね。人が多すぎると恥ずかしいし』
来た。てか来る。
落ち着け……落ち着け俺。
俺の仕事は『はい』と答えるだけだ。
あとはなるべく無表情を貫いて……いや、少しくらいは照れた方が自然か?
やべ、どうしよう。ちょっと緊張した感じで『は、はい』とかの方がいいか?それともクールに『よろしくな』とか?ちょっとゲームしてる場合じゃねえ。
慌てて返事を考えていると、扉の開く音がした。
(来たか!?)
「あ、いた。おーい陸ー!今日は早かったね」
「俊平かよ……」
誰にも聞こえないくらいの音量で呟く。
すると、俊平の後ろから月乃の顔が見えた。
「浅田くん、ちょっといいですか?」
「ん?なにかな?」
「後藤陸くんっていますか?」
え?月乃が敬語喋ってる?俺には最初からタメ口だったのに?
「えっと……陸に何の用があるの?」
俊平お前がそれを聞くのか!?
お前は俺の保護者かよ!ってそういやあいつ俺の保護者扱いされてたな……
「それは……やっぱり本人に直接言いたいです……」
うわ。既に恋する乙女の顔を演出してますやん。
「えーっ!?五十嵐さん、嘘ぉ!?
え、五十嵐が後藤に!?」
すると、更にその後ろから咆吼が聞こえた。
この騒がしさ、間違いなく平田だ。
「……」
「えっ、えっ、ちょっと後藤!」
照れ顔で俯く月乃と騒ぐ平田。
お前は月乃の爪の垢でも煎じて飲んでろ。
気だるそうな感じを演出しつつ、三人に近づいていく。
(いつもなら本当に面倒にしか感じないのに、なんか調子狂うな……)
残念なことに俺はハーレム野郎の俊平と違って女の子耐性が高い訳では無いので、内心では結構緊張してしまう。
いや、むしろこの月乃とのダミー恋人を経て女の子耐性をつければいい気がしてきた。つまりこれは必要経費。OK?
三人のそばまで来ると、平田が嬉しそうに俺の背中を叩いた。
「五十嵐さんが後藤に話があるんだって!」
「おう……なんだ?」
「ちょっと後藤、空気読みなって。ほら、ここじゃなくて人のいないところでさ……」
ここで話を進めようとする俺に、平田がダメ出しをしてくる。
しかし、それを月乃が止める。
「えっと……平田、さん?私はここで大丈夫ですので……」
「えっ!?五十嵐さん、大胆だね……
って、あれ?私の勘違いとかじゃないよね!?」
「えっと……その……私……」
月乃が喋り出すと、天下の大騒音・平田も流石に口を閉じて月乃を見守る。
「その……少し前から、後藤さんのことが気になってて……」
ちょっと待て。言いたいことがある。
まず月乃、こいつ誰?ってレベルで昨日と違くない?何その上目遣い。昨日なんて基本『無。』って感じの目してたよね?
あと俊平。お前何でそんな怖い顔してんの?
平田はニヤけすぎ。
なんか逆に冷静になってきたわ……
「それで……後藤くんさえ良ければ、私とお付き合いしてくれませんか!?」
月乃がそう言い切ると、教室中から悲鳴が上がった。
『キャー!』だの『嘘ー!?』だの『なんであいつなんだ!?』だの。
さっきもそうだったが、周りを見てみると嫌でも落ち着いてくるものだ。今この教室で一番冷静なのは俺かもしれない。
みんなが鎮まってきたころ、俺は簡素に返事をした。
「はい」
これが、俺の平穏が崩れ去るきっかけの出来事である。




