九条タイム 3話
人の慣れってのは恐ろしいもので、俺は数十分もしないうちにすっかり元通りになっていた。脳天気なだけかもしれない。
「あそこのコロッケ美味しいらしいよ」
「へえ。食ってみるか?」
「そうだね。せっかくだし」
コロッケを二つ買う。もちろん奢らせていただきますとも。
「いいの?アタシは別に気にしてないよ」
「いいよ別に。申し訳ないと思うなら今度奢ってくれ」
「……次のデートの約束してくるんだ。先輩にはナンパ野郎でしたって言っとく」
「いやいやいや」
「……」
……いやいやいや。なんでこの時だけ冗談って言わないんだよ。
「あ、コロッケ美味しい」
「露骨に話題を変えるな」
「バレた?」
バレバレだ。誤魔化そうとする奴って妙にわかりやすいよな。
……平田もあの時こんな気持ちだったのか。
「まあでも、コロッケ美味いな」
「ね。ほんとは美味しいなんて噂なかったからちょっと怖かったんだよね」
「デタラメだったのかよ」
「冗談」
「冗談かよ」
だからわからねーって。
「そうだ後藤。これからは陸って呼んでいい?」
「別にいいが、どうして今なんだ?」
「なんかアンタとは気が合うと思うんだよ」
前に俺もそんなことを思ってたな。
「アタシのことも怜って呼んでいいよ」
「了解」
なんというか、怜は人の懐に入ってくるのが上手い。
それが今回のデートで感じた怜への印象だった。
商店街をぶらつき、時間を潰す。
実はまだ月乃ともデートはしたことがなかったため少し緊張していたのだが、案外嫌いじゃないかもしれない。恋人との刺激的な時間というよりは、放課後の優雅な一時という感じだ。
怜も同様に感じているようで、書店やゲーセンなんかを巡りながらゆったりと時間を浪費していた。
しかし、それも永遠ではない。俺には明確なタイムリミットがあったのだ。
「すまん怜。俺はこれからデパートで買い物しなきゃならんから今日はここまででいいか?」
「買い物?」
「そろそろ惣菜半額の時間なんだ」
「主婦みたいだね」
実際間違いじゃない。
作る時間が無い+出費を抑えたい=惣菜半額セールは全世界……いや全宇宙共通の式だ。
「面白そうだし付き合うよ」
「マジか!助かる!」
「……今日一テンション高くない?」
当たり前だろうが。今この瞬間怜と知り合えてよかったと胸を張って言えるようになったくらいだ。
冗談。
などと虚しい一人芝居を胸の中で行った。




