仕事より家庭を優先させる戦士の話
長髪の黒髪に凛々しい目にほっそりとしたスレンダーな体、それに合わない身の丈ほどの大剣とガチガチに着込んだ鎧姿で、戦士マリィ・ゴールドは帰りを急いでいた。
マリィの住むコルドの町の貿易経路にあるカラカサ砂漠。そのカラカサ砂漠に大サソリの集団が住み着き、マリィ・ゴールドは、その大サソリの討伐を頼まれていた。
初めはマリィはこの依頼を受ける気は無かった。だが自分の夫である花屋を営むヘンリー・ゴールドから「君の気が乗らないなら仕方ないけど、町の人が困っているなら受けてあげたら?店とリリィの世話は僕に任せてよ」と言われたので、彼女は渋々ながら、この依頼を受けたのだ。
マリィは元々孤高の凄腕戦士だった。様々な町を放浪しながら生きるために依頼をこなす。群れることを嫌い、余程のことで無ければパーティを組まないアウトロー、その生き方を彼女自身が好きだったし、死ぬまでそのスタイルを貫こうと思っていた。だが辿り着いたコルドの町でその考え方を改めることになった。
ある時チンピラに絡まれて、うるさかったので人気の無い路地裏に誘い込んで半殺しにしようと思っていたところ、ヘンリーが男たちとの間に割って入ってきた。
「や、やめてください・・・か、彼女怖がってるじゃないですか!!」
と、ヘンリーは怯え震える声でそう言ったが、マリィは別に怖がってなかったので、その発言にイラッとした。
だが男達にいくら殴られてもボロボロになりながら立ち上がるヘンリーの姿を見ていると、なんで勝ち目も無いのにこの男は立ち上がるのかと疑問に思った。その内チンピラ達は何度ぶちのめしても立ち上がるヘンリーを気味悪がりその場を去った。
マリィは仕方がないのでヘンリーの手当てをしてやると、ヘンリーは笑いながら「あなたが無事で良かったです」と言った。その時に心臓の音が高鳴り、この男がなんらかの呪いを自分に掛けたのでは無いかと疑う。
呪いに耐性の無いマリィは動揺し、下手にヘンリーに攻撃すれば、どんなことが自分に起こるか分からないので様子を見ることにした。
花屋で働くヘンリーは真面目で誰に対しても分け隔てなく優しかった。試しにマリィも花を買ってみると「マリィさんには、この花も似合います」と別の花も進めてきた。マリィはこんな女っ気のない女に花を薦めてくるなんて頭がおかしいと男だと思った。彼女の胸の鼓動はドンドン大きくなった。
それから一年も経つとマリィにも大きな異変が起きた、ヘンリーと目が合うだけで体が熱くなり頬が赤くなった。何かの拍子に手なんか触れた時には「うぎぁあああ!!」と悲鳴を上げて逃げ去った。その際にはヘンリーも目を白黒させていた。
昔からの唯一の友達である女僧侶のシルキー・ストーンズにこの事を相談すると、彼女から「けっ、惚気はやめてください」と機嫌が悪そうに言われてしまった。
それから更に半年経つとヘンリーから「好きです、付き合ってください」と告白され、マリィは三日間寝ずに、飲まず食わずで自分の気持ちと向き合い葛藤した末に自分の気持ちに素直になり、付き合うことを了承した。
そこからはバハムート並みの航空速度で結婚、妊娠、出産を経て、今に至る。
さて、マリィの昔話はそれぐらいにするとして、前述で記した通り、マリィは友達のシルキーとその他二人のギルドから紹介された仲間と帰還の最中であった。もちろん大サソリの集団は壊滅させた上での話だ。
「おいっ、お前ら遅いぞ!!チンタラ歩くな!!明日中にコルドに着かないだろうが!!」
「ちょ、ちょっとマリィさんハイペース過ぎますよ!!私達バテバテですから!!」
砂漠に足を取られて、降り注ぎ照り返す日の光が討伐隊のメンバーの体力を大きく奪っていた。しかしマリィだけは元気に仲間に檄を飛ばす程に元気だ。
「うるさいシルキー!!だから私は一人で良いと言ったんだ!!この無能の役立たず共め!!」
気が立っているマリィは言うことがキツイ。思っていること以上の暴言を吐き掛けた。
これには付き合いの長いシルキーはプクッと頬を膨らませた。
「あんまり調子に乗ったこと言うと、ヘンリーさんに言いつけますよ。」
シルキーからそう言われて、分かりやすくアタフタするマリィ。
「そ、それはやめてくれ!!ごめんなさい!!そ、そうだ少し休憩でもするか?」
分かりやすく態度を180度変えたマリィ、愛しの旦那から怒られることを彼女は何より恐れていた。
マリィを昔からの知るシルキーは、そんな態度をとるマリィが未だに信じられない。昔は「殺す」だの「ぶっ殺す」だの物騒なことしか言わない女だったのに、愛がマリィを変えた。その愛がシルキーには羨ましかった。青い長い髪に整った顔立ちだし、胸もある、だが理想が高すぎる為に婚活パーティに行っても上手くいかず、今回も大サソリ討伐隊の中にシルキー好みの良さげな褐色のマッチョ戦士のガルドという男が居るが、もう一人の討伐隊メンバーの、紫髪のツインテールの若くてスタイルの良い女魔法使いのミリアとかいうのにデレデレしている。
「やっぱり男の人は若い女の子が好きなんですかねぇ。」
シルキーが溜め息混じりにそう言うと、マリィは慈しんだ顔でシルキーに微笑みかける。
「お前にも良い人が見つかるさ。」
この時シルキーのイライラが頂点に達したが、そんなこととは関係なく事態は急変する。
「あーもう、この辺で良いかな?」
若い魔法使いのミリアが突然ウンザリした様にそんなことを言い出したので、残りの三人の視線全部が彼女に向く。
「ミ、ミリアちゃん急にどうしたの?」
一番近くに居るガルドはそう言いながら心配するフリをしてミリアの胸ばかり見ていた。
ミリアはニッコリと愛嬌タップリの顔をしてガルドにこう返した。
「キモい、目線がキモい、テメーから先に殺してやるぞ。」
可愛らしい顔を歪めたミリアは背中から蝙蝠の様な大きな翼を生やし、ガルドに襲い掛かった。
「へっ?」
姿形だけ立派な見せ掛け戦士のガルドは、突然のミリアの襲撃に対応出来なかった。
「シールド!!」
なのでシルキーが防御魔法で透明な障壁を張りガルドを守った。
「チッ、ウゼーよ、おばさん。」
襲撃を中断し、舌打ちをするミリア。
「お、おばさんって・・・まだ29よ!!」
シルキーはそう憤慨したが、おばさんの定義が個人により違うので、ミリアから見てシルキーはおばさんということになる。
「フッ、まぁ足掻けば?まぁ、無駄だけどね!!」
ミリアの自分の右手を高々と掲げ、頭の上に召喚用の魔方陣を形成して、そこから夥しい数の魔物を召喚した。オーク、ゴブリン、ドラゴン、スケルトンと種類も大きさも様々なモンスターが大勢で揃い踏みである。
「ゲッ・・・これはマズイですよ。」
数々の修羅場を潜ってきたシルキーも慌てるほどに絶望的な状況であり、ガルドなどショックで泡を吹いて気絶した。
シルキーの慌てた様子に満足したミリアは高々とこう宣言する。
「私は魔王軍十二神将の一人、サキュバスのミリア。魔王様の命でモンスターを餌にあんた等みたいな手練れを誘きだして殺してたんだけど、アンタ等が大サソリ倒すもんだから久しぶりに私が手を下すハメになったじゃない。さて、早く終わらせたいから早々に死んでね♪」
ミリアは自分の優勢を疑わずにそう言ったが、目の前に一人消えている人物がいる時点で彼女に勝機はなかった。
「奇遇だな、私も早く終わらせたい。」
そう聞こえてミリアが振り返ろうとした瞬間にグサッと後ろから大剣で刺され。その切っ先が腹を貫通した。
「ギャ・・・。」
悲鳴を上げる前にそのまま大剣を真上に振り上げられて、顔が真っ二つになって絶命した。絶命したミリアの断面から噴水の様に血が吹き出した。
「うわっ、スプラッターですね。」
シルキーはゲェっと吐き気をもよおしたが、ミリアを殺した人物と付き合いが長いので割りと見た光景で慣れっ子ではあった。
「敵の出所は最初に潰す。兵法の基本だ。」
ミリアを殺した張本人であるマリィは、無表情で返り血を浴びながらミリアの死体を蹴っ飛ばした。
「さて、他をぶっ殺すぞ。急がないと。」
殺した余韻に浸ることもなく魔物の大軍を見据えるマリィ。
そんなマリィにシルキーは、疑問を投げ掛けた。
「なんでそんなに早く帰りたいんですか?」
すると即答で
「バカッ!!愛しのリリィちゃんがもうすぐ一人で立てるようになるんだ!!その瞬間を見ずして母親と言えるかよ!!」
と怒鳴った。
リリィとはマリィの産んだ赤ちゃんであり、最初は「ふん、子供なんて不必要だ」と言っていたマリィも、産んで愛娘を見た瞬間に「マジ天使!!」と言い放ち、それ以来リリィに異常とも取れる愛情を注ぎ込んでいた。
「はいはい、手助けは?」
呆れ顔でシルキーがそう聞いたが
「要らない、邪魔だ、大人しくしてろ。」
とマリィは冷たかった。
この後マリィは魔物の大軍を意図も簡単に全滅させ、ガルドと序でにシルキーも担いでコルドに向かってダッシュ、その日の夜中に帰り着くというサラマンダーもビックリな快挙を成し遂げた。
残念ながらリリィはすでに一人立ちが出来るようになっていたが、帰るなりリリィから「マンマ、マンマ」とギュッと抱き締められると、幸せいっぱいな気分で「お疲れ様、お帰り」と言ったヘンリーと熱い情熱的なキスをした。
これは余談になるが、この一年後に魔王は勇者パーティによって討伐された。その際にマリィはお腹の中に長男を宿していたが、産気付いて気持ち悪い中、シルキーと共に魔王城へ出向いて、大剣一振りで魔王城を縦に真っ二つにするというナイスな援護をぶちかましたらしい。