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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

獣神娘と山の民シリーズ

リリ王女の婚約破棄から始まる悲しい物語

作者: 蒼穹月
掲載日:2019/05/18

 赫く、赫く、燃える空の色。

 踊る炎に、荒れ狂う風。

 四方八方から上がる阿鼻叫喚。

 そして広がる剣戟の音。


 其れ等を止まらぬ涙を流し、ただ茫然と見つめる少女。

 纏う衣装は清楚で、清廉なドレス。

 普段であれば花畑で映えるその衣装。

 それも今は煤け、破れ、くたびれて事の無惨さを静かに物語るに留めている。

 

 「何故・・・」


 漏れる言葉は空虚で、現実を受け止められないと訴える。


 「どうしてこんな事に・・・」


 呟きは、荒れ狂う惨事の音に掻き消えた。




 事の発端は、少女がまだ幼少の頃。


 少女の名は、リシェイラ・リズ・リファラ。愛称はリリという。

 リファラ王国の唯一の王女である。

 争いを好まず、緑豊かな土地柄か餓える者も居ない。魔法も盛んで特に医術に秀でていた。

 自然とゆったりとして優しさの溢れる国民性により、リリは穢れを知らずに育った。

 リリ自身も優しさと時にヤンチャさも備え、良く城を抜け出しては城下を一望出来る丘の上に遊びに行った。

 丘ではリリを慕う動物達が始終リリを囲んで一緒に遊んでいた。特に仲が良いのは愛犬ネルビーだ。

 小さい頃から共に育ったので、兄弟のような存在だった。


 そんな王女の元に他国から婚約の打診が入った。

 相手はその国の末の王子であった。

 王子の名は、エクリプス・ウィ・ライド・ライドゥーラ。

 リリとは同い年で王位継承順位も低い事から、婿入りの打診が入ったのだ。


 顔合わせの日。

 王子はとてもおっとりとした笑みでリリの元へ訪れた。

 普段見る事の無かった他国の王子は、リリの目にとてもキラキラして映った。

 まるで物語の王子の様で、リリは直ぐに王子が好きになった。


 「エクリプス殿下。心より歓迎致しますわ」


 ほんわかと、人好きのする笑みでリリが挨拶すれば、王子もニッコリとして


 「素敵な歓待を有難う御座います」

 

 と王子然とした礼を取った。

 其れも又、普段見る事の無い王子な振る舞いに、リリの胸は高鳴るばかり。

 

 その日。婚約は正式に結ばれ、王子は頻繁に王国に訪れる様になる。


 リリは王子が来国する度に、国自慢の地へと案内し仲を深める努力をした。

 リリが精一杯の笑顔で話しかければ、王子はいつだってニッコリと笑顔を返してくれた。


 数年間続いた王子の来国は、しかしある日を境にガクンと減った。

 手紙の遣り取りも、ほぼリリの一方通行で終わる。

 そんな日々に不安の募るリリは、王子の健勝を心配し祈る毎日を送っていた。


 そして事件は起こる。


 既に幼女から少女に成長していたリリの元へ、久方振りに王子が来国したと報せを受けた。

 不安な毎日を送っていたリリは、その報せに久し振りに華やぐ様な笑みを見せた。


 喜び勇んでやって来た応接間。


 其処には待ち望んでいた王子が確かに居た。


 但し、振り返り見せるその王子の顔は、かつての様な笑顔では無く、リリを侮蔑し見下す意地の悪いモノだった。

 其れを見たリリは困惑し、狼狽し、進む足はやがて止まった。


 「来たな。悪女め」


 そう言う王子の横には、見知らぬ少女が居た。

 少女は王子の腕に抱き寄せられ震えている。しかしリリを見るその目は厭らしく歪み、口端はニヤリと上がっている。


 リリは現状を理解出来なかった。

 先に居た父王も母王妃も同じ様に困惑している。


 彼等は無遠慮にも自国の兵士を伴っていた。

 それだけでは無く、その兵士に剣を抜かせていた。

 その切っ先は父王に、母王妃に、宰相他官吏、そしてリリに向けられていた。


 「これはどう言う事でしょう・・・?」


 リリは震える声で問い掛けた。


 「お前は一国の王女である事を鼻に掛け、我が最愛のチェリーを危険に晒した。

 その罪、万死に値する。

 そしてこれは国家間の問題であり、リファラ王国が我が国ライドゥーラ国への宣戦布告と見做し、我が国は其れに応じる事とした」


 淡々と、嘲笑う様に発せられたその言葉。

 しかしリリには心当たりは無かった。

 自国より出た事の無いリリには、他国の少女と知り合う機会は無かった。

 そして文通すら一方通行だった故に、王子が他の少女と恋仲になっていた事すら初めて知った事。正に青天の霹靂であった。


 「わたくしには、何の事だか・・・」


 現状の恐怖が、王子の不貞と裏切りに悲しむ暇さえ与えてはくれない。

 恐怖で震え、カチカチとなる歯を何とか動かし訴えるリリ。

 しかし王子は鼻で笑った。


 「真実なんて物はどうでも良い。

 ただリファラ国が宣戦布告したと民達に知らしめる事が重要である」


 詰まる所、この現状は只の茶番である。

 開戦の合図をする事で、戦争が始まる。

 優しいこの国は為す術もなく蹂躙されて敗北するだけだ。

 そしてこの土地はライドゥーラ国の物となる。


 いつからか判らない。


 けれど確実に未来の歯車は狂わされ、そして悪意によって一つの国は滅ぼされようとしている。


 王子の行動は早かった。

 自国のみならず、周辺諸国にまでこの偽証をより酷く、劇的に周知させた。

 信じる信じないは関係が無かった。

 ただ余計な干渉をされなければ簡単に勝てる戦だからだ。


 リファラ国民は抵抗する者も、投降する者も、等しく蹂躙され、捕えられた。

 国は燃え盛り、風光明媚だった面影は何処にも無くなっていく。


 火の手は王城にまで及び、理不尽な略奪者達に為す術もなく落城した。


 最後までライドゥーラ国への平和協定を打診していた優しき国王は、残虐で残忍に歪んだ王子によって理不尽なやり方で呆気なくこの世を去った。


 国王に代わり、城に残り防衛を続けていた美しき王妃もまた、恥辱に晒された上で、無残な死を迎えた。


 魔の手はただ一人の王女の元までやってくる。

 しかしリリは最後まで忠義厚く、優しい侍女達の手によりその身は守られる。


 「姫様はこちらからお逃げ下さい」


 侍女が示したのは隠し通路である。


 「いや、いやよ!

 だってお母様が!民達が!」


 隠し通路に押しやる侍女に、全身で抵抗をするリリ。その顔は恐怖と絶望とそれより多くの哀しみの涙でぐちゃぐちゃに乱れている。

 自力で逃げようとしないリリに、侍女の一人が短く謝罪の言葉を口にして、リリを気絶させた。


 「私はリリ様に背格好が似ています。

 囮になりますので侍女頭様はリリ様をどうかお願いします」


 そういうなり侍女はクローゼットからリリの服を出して素早く着替えた。

 決意硬く、覚悟を決めた侍女達に力強く頷いた侍女頭。


 「いざという時は自害なさい。

 それが一番苦しまなくて済むでしょう」

 「「「はい!」」」


 言うや否やリリを抱えて隠し通路に入った。

 残った侍女達は直ぐに通路を元通りに塞いだ。

 塞がれた通路は今やただの暖炉にしか見えない。


 侍女頭は入り口が閉まり暗くなっても、足取り確かに急ぎ足で進んだ。

 リリが幼い頃何度も隠れて寝こけたのをこの侍女頭が迎えに行っていたのだ。

 侍女頭は在りし日の平和な日々を思い涙した。

 その思いを唯一となった王族を護るべく、一心不乱に走り通した。


 しかしその思いも虚しく、城下が一望出来る丘の上まで逃げた所で追っ手の影が見えた。


 「姫様は此処へ!気配が遠ざかっても明け方までは隠れていて下さい!」


 侍女頭はリリを魔力と磁場が乱れる大岩の隙間に押し込み、なるべく遠ざかれる様に魔法を駆使して駆け出した。

 リリはまだ覚醒しない頭でボンヤリと聞いて、全ての事を拒絶する様に更に岩の隙間の奥の奥へとはって現実逃避をした。


 「うそ、うそよ。これはゆめよ。わるいゆめだわ。はやくさめなきゃ。おきろおきろおきろおきろおきろおきろおきろおきろ・・・」


 リリは虚ろな目のまま口の中でブツブツ呟き続けた。

 けれど近く気配を感じるとあから様にビクリと震えて、必死に息を殺した。


 幾許経っただろうか。

 気配はとっくに遠ざかり、静寂が訪れても石の様に動けずにいた。

 森も人間達の起こした騒ぎに息を潜めていたが、それも漸く落ち着き生き物達の息遣いが戻って来た頃。リリも漸くノロノロと動き出した。


 「おかしいな。なんでみんなむかえにきてくれないんだろう。うまくかくれすぎたのかな。もうこんなにおそくなっちゃったしはやくおとうさまとおかあさまとみんなのとこにかえらなきゃ」


 リリは生気の無い虚ろな目で、震えて上手く動かせない体でゆっくりと、ゆっくりと岩の隙間の奥の奥から這い出た。


 「はやくかえってかぞくでそろってしょくじをするのよ。そうだわ、きょうはじじょたちやしつじたちもいっしょにしょくじできるようにたのんでみましょう」


 楽しいイベントを思い付いてブツブツと呟くリリ。けれどやはりその顔は生気無く、形だけの笑顔を作っているだけだ。


 「はやくみんなのところへかえらなきゃ。はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく・・・」


 虚ろな笑みを張り付かせたまま、フラフラと城下が見える辺りまで歩いて行く。

 けれどそれが見えた事によって、悪い夢が現実である事を突きつけられた。

 目の前に広がる硝煙の後、美しかった国の面影は無く、焼け落ちて黒く煤けている城下。

 一人でも生きていたら奇跡としか言いようがないその景色。

 茫然と体から力が抜け、その場にへたり込んでしまう。


 そしてそのまま静かに涙した。



 全ての感情が抜け落ちた状態でただ静かに涙を流すリリ。

 そのまま朽ち果てると思われたが、傷だらけの状態でやって来た愛犬ネルビーによってリリの感情は再び動き出した。

 ネルビーは、感情を無くしたかの様なリリの顔を優しく舐めた。

 寄り添い、煤けた毛皮で包み、リリが気付くまで顔を舐め続けた。

 次第に瞳に感情の色が戻り、徐々に焦点がネルビーに合わさる。


 「ネルビー!」


 ネルビーが生きて傍に居る事に気付いたリリは、両腕で抱え込む様に抱きしめた。

 そして気付いたその痛ましい傷痕と血痕に、リリは更に大粒の涙を降らせた。回復魔法を施そうとしたが、それはネルビーによって防がれた。

 ネルビーは知っていたのだ。未だ敵兵がリリを探している事を。魔法を使えば敵兵に見つかってしまう事を。


 「でも!でもっ!」


 ネルビーの言わんとしている事を理解したリリ。しかし納得は出来なくて涙ながらに、駄々をこねる様に首を左右に振った。

 ネルビーは傷だらけの体で一生懸命にリリを押した。一刻も早く危険となったこの地から大好きなリリを遠ざける為に。


 「~~わかった。でも無理はしないでね。貴方まで失ったらもう生きて行く自信が無いわ」


 このままだとネルビーの傷が深まるばかりと気付いたリリは、一先ずここを離れる事を先決にした。


 お互い満身創痍ではあったが、森の動物達が見守り、時に木の実などを分け与え事により、なんとかリリとネルビーは自国の脱出に成功した。


 国を出て真っ先にリリはネルビーの傷を癒した。

 けれど敵兵は逃げた先の国にも潜んでいたのだ。

 魔力を検知されあわや捕まるといった所。リリはネルビーによって護られる。

 敵兵のいない所いない所へとリリを誘導し、逃すネルビー。

 リリは逸れない様に一生懸命に走った。

 走って、走って。時に疲れてへたり込んだ時にはネルビーがその背に背負って連れて行った。


 「不思議ね。こんなに走り回ったのにモンスターに殆ど出会わないわ」


 この世界にはモンスターも多く徘徊している。

 通常であればもう何度もエンカウントして、まともに休む事も出来ずに命を落としていた事だろう。

 けれどリリは殆どモンスターに出会う事は無かった。

 ネルビーが避けていた事も理由としてはあるだろう。

 けれどそれだけでは足らなかった筈だ。

 リリに加護が備わっていなければ。


 実はリリは幼い頃に、瀕死の怪我を負った小さなモンスターを癒した事がある。

 そのモンスターは、最大脅威に近い大物モンスターの子供だった。

 モンスターの親は感謝し、リリにモンスターによる脅威を防げる様に加護を付与していたのだ。


 そうとはつゆ知らず、リリは不思議に思いつつもネルビーと静かに暮らせる地を探して彷徨った。

 けれどどんなに護りたくても、数には勝てなかった。

 徐々に敵兵に包囲され、逃げ道が少なくなった頃。ネルビーは覚悟を決めた。

 リリと別れる覚悟だ。


 ネルビーは、リリからハンカチを奪うと、動物達にリリを任せて最大速度で駆け出した。


 「ネルビー!ネルビーーーー!!いやああああ!!行かないでぇーーー!!」


 リリはネルビーのしようとしている事を理解して咽び泣き、喉が張り裂ける程叫んだ。

 ネルビーは唯一最後に残った家族。心の支えだった。

 全てを失う恐怖。たった一人取り残される恐怖。一人で生き延びて行かねばならぬ恐怖。

 それらは魔力暴走を引き起こした。

 あまりの凄まじさに、動物達も近づけず遠巻きに案じるしか出来なかった。

 無論その魔力の渦は直ぐに敵兵に気付かれた。

 されど敵兵すらそのあまりに凄い魔力暴走に、近づく事も出来無かったのはある意味救いかもしれない。


 「ふん。これなら勝手に自滅するだろう」

 「そうだな。逆にこの魔力に誘われたモンスター共にこっちが危ない」


 そう言って、敵兵達は早々に引き上げた。


 敵兵が居なくなってもネルビーは帰って来なかった。

 哭き叫び過ぎたリリは疲れ、やがて全てを諦めた。そしてリリを案ずる動物達に導かれるまま歩き進めた。

 リリを連れる動物達は、心の壊れ掛けたリリを心配した。


 敵の手が入っていない様な小さな農村に身を寄せては、奴隷の様に扱き使われる日々が続いた。得られる食べ物も木の実や残飯のみで、次第にリリは痩せ細っていった。

 けれど小さな農村までもやがて敵の手が回ってしまった。

 眦を吊り上げ醜悪に歪む人々に、傷付けられ、火を放たれ、ほうぼうのていで逃げ出した。


 安心できる場所は最早森しかなかった。

 力の出ない体では魔法を使う元気も無く、痩せ細り、傷を負い、火傷を負った状態で幽鬼の様に進んだ。


 人里離れ、山奥の更に奥へと進んだ所で、リリはとうとう力尽き、倒れてしまった。


 「ああ。私もお父様とお母様、皆の元へ行けるのかしら・・・」


 そう呟くと、リリは静かに目を閉じたのだった。




 静かに横たわるリリの傍には、動物達が何時までも静かに見守る姿があった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 動物達が優秀すぎるw 三巳が居る山に連れて行ったのは偶々なのかな? 何か感じ取った?
[気になる点] 王子にざまあはないんですか!? 王子の祖国にざまあはないんですか!!?? 入れてくれませんか!!!???
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