第七章 通 絶体絶命!
アタシは美津子ちゃんを抱えて必死にミカエル様の城を目指した。
幸い通君がサタン軍の兵士全てを遥か彼方まで吹っ飛ばしてくれていたので、敵の出現の恐れは皆無だったのが救いだ。
「ごめんね、美津子ちゃん。アタシらのせいで酷い目に遭ってさ」
「いいのよ。こうして助けに来てくれたんだもの。でもまさかあいつが来てくれるとは思わなかったわ」
と美津子ちゃんは嬉しそうに言った。
アタシはニヤリとして、
「何だかんだ言って、ホントは相思相愛の仲なんだね、2人は」
「バ、バカ言わないでよ! そりゃ、あいつが私に気があるのは知ってるけど、私はあいつの事なんかただの幼馴染みとしか思っていないんだから」
「へェ、そうなのォ」
アタシがあんまり面白がるので、美津子ちゃんはすっかり剥れて黙ってしまった。
「このヤロウ、意外にタフだな!」
通君の連打はもう100発は続いていた。
しかしアスタロトはまだ耐えていた。
「いい加減に倒れちまえ!」
通君の右ストレートがアスタロトの顔面に決まり、アスタロトは床を滑って壁に激突した。
「終わったか?」
と通君が呟くと、
「いや、始まるのだよ」
とアスタロトが立ち上がった。
通君は呆れて、
「強がり言ってんじゃねェよ。もうフラフラのクセによ」
「本当にそう思っているのか? おめでたい奴だな」
「何ィッ?」
アスタロトの身体が、徐々に巨大化し始めたのに通君は気づいた。
「何だ?」
アスタロトは、前の倍くらいの大きさになった。
「この姿で戦うのは久しぶりだ。300年ぶりくらいかな。それほど貴様は強かったんだよ、地球人」
「へェ、300年ぶりか。何だ、お前結構ジイさんだったんだな」
「ジ、ジイさんだと?」
アスタロトの顔がまた険しくなった。
通君はせせら笑って、
「そりゃ悪かったなァ。そんなジイさんだと思わなかったから、手荒く扱っちまってよ」
「貴様ァッ!」
アスタロトの猛攻が始まった。
通君のさっきまでの優勢はどこへやら、もう一方的に殴られて蹴られた。
「どうだ、地球人? これが我々の力だ。これが私の実力だ!」
「ううっ…」
通君は傷こそ出来ていないが、かなりフラフラしていた。
( 畜生、身体は頑丈になっていても、脳まではそうはいかねェのか。崩れちまいそうな程ガンガン響いて来るぜ、奴のパンチが )
「はァーッ!」
アスタロトの渾身の肘打ちが、通君の顔面に炸裂し、通君はそのまま跳ね飛ばされて壁に激突し、ずり落ちた。
「よく戦ったと誉めてやるよ。私をここまで本気にさせた奴は、未だかつて存在していない。貴様の事はずっと覚えておいてやる」
アスタロトの勝ち誇った声が広間に響いた。
「通!」
その時ようやくアタシは広間に辿り着いた。
アスタロトはアタシを見て、
「遅かったな。もうすぐそいつは死ぬ。そうしたら次はお前だ」
「…!」
アタシの背中に冷たい汗が流れた。
アスタロトの今の戦闘力では、アタシはもちろん、転移後の通君にも勝ち目がなさそうだ。
絶望が頭の中を駆け巡った。
もう終わりなのか。
そんなふうには思いたくなかったが、勝機は多分1%どころか、100分の1%もないだろう。
( 通に悪い事したな。美津子ちゃんを助けたのに、ここで終わるなんて。アタシは通にいくら詫びても詫び切れない )
アタシは死を覚悟した。
こうなったら通君へのお詫びも兼ねて、彼を最後まで守って果てる事にした。そうするしか、通君に報いる方法はないと思った。
「さてと。もう終わりにしようか。すぐに楽にしてやるよ、チビ」
とアスタロトが通君に近づき始めた時だった。
「何だァッ!?」
と通君は立ち上がった。
彼は何故かもの凄く怒っていた。
髪が逆立って眉が吊り上がり、目が鋭くなっている。
アスタロトは通君の急な変貌にギョッとして立ち止まった。
「ど、どういうことだ?」
アスタロトの疑問はアタシの疑問でもあった。
通君の戦闘計数が、アタシが転移した時より上昇しているのだ。
すでに彼のパワーは、アスタロトのそれを吹き飛ばしそうな程増大していた。
「てめえェッ、今何て言った!? 今俺の事、何て言ったァッ!?」
通君の迫力満点の声にアスタロトはたじろいだ。
「な、何だ、こいつは?」
アスタロトは後退した。
何かとんでもないことが起ころうとしているのに気づいたのだ。
「何て言ったんだよォッ!?」
通君の壮絶の一語に尽きる反撃が始まった。
とにかく息吐く暇もないパンチの嵐。
アスタロトはなす術もなくサンドバッグと化していた。
「何て言ったって聞いてるんだよォッ!」
通君のアッパーがアスタロトの顎を砕いた。
アスタロトはその衝撃で城の天井をぶち抜き、虚空の彼方へ消えてしまった。
「うおおーっ!」
それがアスタロトの断末魔だった。
通君は不意に力が抜けたようになり、バッタリと倒れ伏した。
「通!」
アタシは慌てて駆け寄った。
「通、しっかりして!」
アタシは彼を抱き起こした。
息はしている。
生きてた!
良かった。
「うっ」
通君は意識を取り戻した。
アタシは嬉しさのあまり、彼を抱きしめてしまった。
「良かった、生きててくれて」
「おい、いてェよ、天使女」
「その呼び方はやめてよ! 本当に怒るよ!」
アタシは泣き笑いをしながら抗議した。
その時だ。
「えっ?」
アタシは背後に気配を感じ、振り向いた。
「キャーッ!」
思わず叫んでしまった。
そこにはあのサタンが立っていたのだ。
( ダ、ダメだ。アスタロトにあれほど手こずったのに、サタンに勝てるわけがない )
アタシは今度こそ本当に死を覚悟した。ところが、
「地球人よ」
とサタンは話しかけて来た。
アタシはビックリしてサタンを見上げた。
「私の愚かな部下アスタロトが、私の知らぬ間に仕出かした事を、詫びる」
「えっ?」
アタシと通君はキョトンとして顔を見合わせた。
その時アタシは通君に抱きついたままだったのに気づき、慌てて離れた。
「今後我々は地球人を戦いに巻き込む事はせん。それは約束しよう」
「……」
サタンはフッと笑って、
「しかしお前は強いな。あのアスタロトを虚空の彼方まで飛ばしてしまうとはな。私も一度戦ってみたいが、それは叶うまい」
と言った。
通君はニヤリとして、
「あんたには勝てそうにないな」
「何故だ?」
「あんた、俺の挑発に乗らないタイプだ。そういう奴が、一番手強いんだ」
「なるほどな」
サタンはニヤリとした。
そして彼はアタシを見て、
「ミカエルに伝えよ。私は軍を立て直したら、決着をつけるため、戦いを挑むとな」
「ええ」
アタシはゆっくりと頷いた。
サタンはフッと笑うと、テレポートして消えた。
「すげェ奴だ。あいつに勝つには、俺の寿命じゃ足りないかもな」
「そりゃそうだよ。ミカエル様のライバルだもの」
通君とアタシは立ち上がった。
「さてと。帰るか」
「うん」
アタシはニッコリして応えた。