第六章 狡猾! アスタロト公爵
「このヤロウ、無視しやがったな! ならこっちから行くぞ!」
通君は次に城の鋼鉄製の大扉を蹴破り、中に入った。
あのね、アタシの身体、ボロボロにしないでよね。
「むっ?」
そこは大広間になっていた。
その大広間の反対側に、誰かが立っている。
「ようこそ。姿は卑しいスピカ人だが、中身は違う。転移を使っているのかな? 君が超人化したと言う地球人だね」
立っていたのはアスタロトだった。
こいつのせいで、どれだけ多くの仲間が次元の狭間に落とされたか。
しかも「卑しいスピカ人」とは、何て言い草だ!
アタシが直接ぶちのめしたくなって来た。
「誰だ、てめえは?」
通君はさっきまでとは別人のような口調で言った。
アスタロトはニヤリとして、
「私か? 私がこの宇宙で一番美しくて強い、アスタロト公爵だ」
と耳障りな甲高い声で言った。
その声が大広間の壁で反響して、余計喧しい。
すると通君は腹を抱えて笑い、
「何だ、ニューハーフの貴族か?」
「ニューハーフゥ?」
アスタロトは言語システムをフル稼働させてその意味を探っているようだ。
そしてそれが明らかにバカにされている言葉だと悟ったのか、美青年の仮面を脱ぎ捨てて険しい形相になった。
「貴様、私を愚弄しているのか?」
アスタロトの声がより甲高くなった。
通君はますます大笑いして、
「おめえなんか敵じゃねェよ。早くドレスに着替えてカマ踊りでもして来な」
「貴様、私が一番嫌いな言葉を吐いたね! もう貴様は許さない! 八つ裂きにしてさらにその上八つ裂きにしてやる!」
アスタロトはヒステリックに叫んだ。
余計それっぽくなっている。
通君はギラッと目を輝かせ( さらにくどいようだけど身体はアタシ )、
「うるせェよ、キンキン叫ぶな、カマヤロウ!」
「それ以上私を侮辱する事は許さない!」
アスタロトの姿が不意に消えた。
ヤバい!
奴をマジで怒らせちゃったみたい。
「消えた? でもテレポートじゃないみたいだな」
と通君は呟いた。
そうだ。
アスタロトは素早く動いて消えたようにみせているだけだ。
「貴様、この美しく強い私を侮辱したらどうなるか、思い知らせてやるよ!」
「何?」
通君が声に反応した時、アスタロトは突然通君の背後に現れ、背中に強烈なキックを浴びせた。
「うわっ!」
通君は床を滑り、壁に激突した。
アタシの身体、傷ものにしたら、責任とってもらうからね、もう!
「まだ終わらないよ」
立ち上がった通君の後頭部をアスタロトの肘打ちが襲った。
「ぐはっ!」
通君は顔面から床にめり込んでしまった。
ああ、アタシの美しい顔がァッ! アスタロトはまた耳障りな声で笑い、
「ハハハ! いくら超人化したと言っても所詮は地球人。私に敵うはずがない」
「そうかな?」
「何!?」
アスタロトが調子づいていると、通君はいきなり立ち上がって、また股間にキック。
もう、下品なんだから!
「グオーッ!」
アスタロトは全く無防備だったので、酷くもがき苦しんでいる。
通君はニヤリとして、
「ヘェ、おめえ、男だったんだ? 悪かったな、思い切り蹴飛ばしちまってさ」
「貴様ァッ!」
アスタロトは涙目で通君を睨んだ。
通君は実に楽しそうに笑い、
「お苦しみのところ悪いんだけとさ、俺ってケンカに勝つのに手段は選ばねェ主義でさ」
うん? 河川敷で不良共と戦った時、相手に「きたねェぞ!」とか言ってたのは誰だっけ?
「どりゃーっ!」
通君はまさに容赦なく、まだもがき苦しんでいるアスタロトのボディを連打した。
「グゲゲーッ!」
アスタロトの顔が青から白に変わり、もう少しでKOというところまで来ていた。
「フィニッシューッ!」
通君のアッパーがアスタロトの顎に炸裂、と思ったら、奴は消えた。
しまった、今度はテレポートだ。
「くそっ、逃げやがったか!」
通君は周囲を見渡した。
「どこ行きやがった、カマヤロウ!?」
通君はいきり立って叫んだ。
アスタロトは、美津子ちゃんが幽閉されている地下牢にいた。
彼は明かりを灯し、美津子ちゃんに近づいた。
「うっ…」
美津子ちゃんはいきなり光に照らされて、眩しそうにアスタロトの方を見た。
「誰?」
アスタロトはそれには応えずに、
「フフフ。お前を利用させてもらうよ」
と不気味に笑って言った。
「……」
美津子ちゃんは後ずさりして、壁に張りつき、アスタロトを睨んだ。
( 通…)
通君は目を閉じ、気配を感じようとしていた。
アスタロトが戻って来たら、間髪入れずに連打を叩き込み、逃げる隙を与えないつもりのようだ。
しかしアスタロトはあの金属バットの兄ちゃんよりタチが悪かった。
通君の目の前に現れたアスタロトはし、不敵な笑みを口元に浮かべていた。
「そこか!」
通君が突進しようとすると、アスタロトは通君の右の方を指差した。
「何?」
通君はそちらに目を向けた。
そこにはアークツールス人の兵士2人に腕を掴み上げられた美津子ちゃんの姿があった。
「美津子!」
美津子ちゃんはその通君の心からの叫びに、ついにアタシが本当は通君なのだという事に気づいた。
「通? 通なのね?」
彼女の瞳から大粒の涙がこぼれた。
通君は再びアスタロトを見て、
「てめえ、どういうつもりだ?」
アスタロトはフッと笑い、
「あの娘を傷つけられたくなかったら、大人しくするんだ」
「てめえ…」
アスタロトは勝ち誇ったように笑って、
「ケンカに勝つには手段を選ばない。いい言葉だねェ、地球人君」
「くっ…」
通君はお株を奪われてムッとした。
でもどうするのさ、美津子ちゃんを人質に獲られちゃって。
( エンジェル、聞こえるか? )
と通君の声が、アタシに話しかけて来た。
アタシはビックリして、
( な、何? 話ができるの? )
( できるかどうかわからなかったけど、できて助かったぜ。俺から分離しろ )
( 何でよ? 危険だよ )
( このままじゃ美津子も危ないし、俺にも勝ち目がねェ。お前、分離したら美津子を助けてこの城を脱出しろ。あのカマヤロウは俺が何とかする。あの2人のアークツールス人くらい、何とかなるだろ? )
( でもさ… )
( 迷ってる暇はねェぞ! )
( わかった )
通君がじっと動かずにいるので、アスタロトは不審に思ったようだ。
「何を企んでいる?」
「別にィ」
通君はすまして応えた。
アスタロトはフッと笑って、
「行くよ、地球人!」
と通君に突進した。
通君は大声で、
「今だ、エンジェル!」
( 了解! )
通君の身体が輝き出したので、アスタロトは足を止めた。
「何だ?」
アタシは通君から分離すると、美津子ちゃんを目指した。
「くっ! 貴様ら、謀ったな!」
アスタロトの顔がまた険しくなった。
通君はニヤリとして、
「さァ、これで心置きなくケンカできるぜ」
と言った。
「美津子ちゃん!」
アタシはアークツールス人の兵士をバチバチと倒して、美津子ちゃんを救出した。
「エンジェルさん」
「とにかくここを離れるわよ」
「でも通が…」
「大丈夫! 貴女を安全な場所まで運んだら、アタシが助けに戻るから」
「ええ…」
美津子ちゃんはそれでも不安そうだったが、アタシはかまわず彼女を抱きかかえると、翼を広げて飛び立った。
「うぬっ!」
アスタロトも翼を広げようとしたが、
「てめえはここで俺のサンドバッグになってりゃいいんだよ!」
と通君のフックを腹に見舞われた。
「ぐはっ!」
「おりゃーっ!」
アスタロトのボディを通君のラッシュ攻撃が襲う。
もはや勝敗は決してかに思われた。