第四章 第五次元へ
美津子ちゃんはアスタロトの前に引き出されていた。彼女は気を失ったままだ。
「何だ、この女は?」
とアスタロトは美津子ちゃんを連行して来たアークツールス人に尋ねた。
こいつはアスタロトの部下のようだ。道理で卑怯な事を考えるはずだ。
「あの地球人の女です。この女を使って奴をおびき寄せ、我が軍の洗脳マシンで操り人形にしましょう」
「なるほど」
アスタロトの顔が狡猾さ丸出しになった。
美青年なんていう表現からは程遠い顔だ。そして、
「しかし、来るかな?」
「来ますとも。地球人は情に流され易い種族です」
と言ったアークツールス人の顔も、狡猾さ丸出しだ。アスタロトは元の美青年の顔に戻り、
「わかった。うまくやれ」
「はっ!」
部下はニヤリとして深々と頭を下げた。
アタシ達は鉄橋の下で作戦会議を開いていた。
「奴らが美津子を連れ去ったのはどこだ?」
通君が石を川に投げ込みながら尋ねた。アタシはそんな通君の苛立ちを心の底から申し訳なく思っていたが、今そんなことをクドクド謝ってみても仕方がないと考え、
「五次元の絶対空域。そこに行くにはちょっと手間がかかるよ」
とごく冷静に答えた。すると通君はアタシを睨んで、
「手間だァッ? もっとサッと行ける方法はねェのかよ!?」
と怒鳴り散らした。アタシはそれでも冷静に、
「無理だね。アタシらの仲間がいるとこへならすぐに行けるけど、奴らの空域は、探知するのに時間がかかるんだ。絶対空域って言うのは、常に移動しているからね」
「フーン」
通君はさすがにいくら焦っても仕方ないと気づいたのか、怒鳴るのをやめて河原の石の上にしゃがみ込んだ。信一君が、
「急がば回れって言うからな。エンジェルさんの仲間がいる所に一旦行って、そこから美津子さんがいる所を探した方が早いんじゃないか?」
と助言した。信一君、ナイスフォロー。アタシは通君を見て、
「そうだよ。まずはアタシ達の軍の絶対空域に行って、軍の探知レーダーで探すのが一番確実さ。取り敢えず、アタシらの軍の城に行こう」
と意見した。今度は久美子ちゃんが、
「でも、大丈夫なんですか? 帰って来られるんですか?」
と不安そうに口を挟んだ。香ちゃんも、
「そうね。心配よね」
と言った。すると通君は、
「帰って来られるかどうかなんて、美津子を助けてから考えりゃいいことだ。今はあいつを助ける方法だけ考えりゃいいんだよ」
「それはそうなんだけど…」
久美子ちゃんと香ちゃんは異口同音に言った。アタシは、
「大丈夫。アタシの軍の将軍、ミカエル様に話せば、助けて下さるよ」
「ミカエル? そいつ、つえェのか?」
と通君は突拍子もない事を聞いて来た。アタシは半ば呆れて、
「強いわよ。貴方の1万倍くらいね」
「じゃあまずそいつで肩ならししてから、アーク何とかの城に行くか?」
「バカな事言わないでよ、もう!」
アタシは本気で怒った。
「ミカエル様とサタンは、実力ではほぼ互角と言われているわ。でも2人が戦ったら、いくら高次元の戦いでも、地球に影響が出かねないから、直接対決は避けているくらいなのよ。どちらも貴方が勝てる相手じゃないわ」
しかし、通君にはアタシの忠告は全く通じていなかった。
「じゃあ、美津子を見捨てるって言うのかよ?」
通君も通君なりにいろいろ考えているのはわかるのだが、どうもチグハグでいけない。
「そうは言ってないわよ。だからどうすればいいのか、ミカエル様に相談するのよ!」
「なるほど」
全くこの男、本当に理解してくれたのか、心配だわ。
美津子ちゃんはサタンの城の地下牢に幽閉されていた。僅かな光が、天井の隙間からこぼれているだけで、ほとんど何も見えないところだ。
( ここはどこなの? 一体どうなっているのよ? )
彼女は通君が妙な姿の者と戦っているのを思い出した。
「通…」
極限状態の美津子ちゃんは素直になっていた。
そりゃそうだよな。
こんな所で突っ張ったって、何も解決しない。
「助けて、通…」
彼女の奇麗な瞳から、涙が溢れた。
アタシは通君をミカエル様の所に連れて行く事になったのだが、地球人を連れて五次元に飛んだ事がないので、少しだけ不安だった。
「アタシも初めてなんだ。あまり自信がないんだけど」
「なくてもやるしかねェだろ。今更弱気な事を言うなよ、天使女」
と通君は全く動じていない顔で言った。アタシはカチンと来て、
「アタシは天使女なんて名前じゃない! エンジェル! 今度変な呼び方したら、只じゃ置かないわよ」
「はいはい」
通君は肩を竦めた。あれ? 何だか不安がなくなった。
アタシは深呼吸して準備を始めた。
「えっ?」
通君はアタシに両手を握られ、また真っ赤になった。
もしかしてこいつ、美津子ちゃんと手もつないだ事ないのかな?
「何照れてるのよ? こうしないと、五次元に行けないのよ」
「わかってるよ」
アタシは何となくおかしくなってクスッと笑い、
「目を閉じて、意識を集中して」
通君は目を閉じた。
アタシは翼を広げて通君を包んだ。
「わっ!」
アタシの身体が輝き始めたので、信一君達はびっくりしてアタシ達から離れた。
「お兄ちゃん!」
「矢田君」
久美子ちゃんと香ちゃんは心配そうに見守っていた。
やがてアタシと通君は、光と共に三次元空間から消えた。
「成功したらしいな」
と信一君がホッとした顔で言うと、久美子ちゃんが、
「でも問題はこれからですよ」
「そりゃそうだけどさ。まァ、ここで暗くなってても仕方ないから、家に行こうか、久美子ちゃん」
信一君のお気楽発言に久美子ちゃんは呆れたが、香ちゃんは同意した。
「そうね。もう夜になるし。矢田君家で待ってましょ」
とニコニコ顔だ。何なんだ、このバカップルは…。
アタシと通君は、ミカエル様の城の前で気を失っているところを発見され、ミカエル様の部屋まで運ばれて意識を取り戻した。
「この男が超人化した地球人か」
とミカエル様は椅子に座ったままで尋ねた。アタシは跪いて、
「はい。矢田通と言います」
「よっ!」
通君は右手を上げて応えた。
友達と話してるんじゃないんだぞ!
アタシは彼の頭を引っぱたいて、
「ミカエル様に失礼だぞ! きちんと挨拶して!」
「いってェな。何だよ、お前まで美津子みたいなことを言いやがって!」
通君は何が悪いんだという顔をしてアタシを睨んだ。するとミカエル様は、
「まァ良い。とにかく、よく参った、通。サタンの城に行きたいそうだな?」
「ああ。手っ取り早い方法で頼むよ、ミカエルさん」
この男は本当に口の利き方を知らない男だ。
アタシはもう何も言う気力がなかった。
「サタンの城は、ここから地球人流に言うと、約45億キロメートル先にある」
「45億キロメートル? それ、どれくらい遠いんだ?」
通君はあろうことか胡座をかいて座った。
もう何て奴だ。
アタシは血圧が高くなり過ぎて倒れそうだった。
しかしミカエル様はにこやかなお顔で、
「太陽系の惑星の中に海王星という惑星がある。太陽からその星までの距離とほぼ同じだ」
「海王星? 水金地火木土天海冥…。うわーっ、そんなに遠くなのか?」
本当に理解したんだろうか、この男は。
ちなみに今は水金地火木土天冥海だ。
しかも地球人は冥王星を惑星から準惑星に格下げしてしまっている。
「しかしお前の今のパワーであれば、そこに行き着くのに1時間とかかるまい」
「ホント? そりゃすげェや。どうすりゃいいんだ?」
通君は大はしゃぎだ。
しかしアタシは嫌な予感に襲われた。
( ま、まさか、あれをやらされるのでは…)
その予感は的中した。
ミカエル様はアタシを見てフッと笑い、
「エンジェルと2人、力を合わせれば、一瞬のうちに飛べるようになる」
「えーっ? この女と一緒に行くのかァ? 何か嫌だな」
と通君は鬱陶しそうにアタシを見た。
アタシはムカッとして、
「それはこっちのセリフよ!」
と言い返した。
ミカエル様は、アタシらのケンカを遮るように、
「我々には特殊な能力があり、自分の力を他人に転移させる事が出来る。つまり、エンジェルの翼をお前に与える事ができるのだ」
「えっ? 俺に翼? じゃ、空飛べるの?」
「そうだ」
「ラッキー! やったァ!」
「その代わり、お前は意識のみになり、身体は全てエンジェルになる」
「何ィッ!?」
通君はアタシを見た。
この男、露骨に嫌な顔をして!
アッタマ来ちゃう。
「嫌なのはアタシの方よ! 転移中に、アタシの身体に変な事しないでよ」
「誰が!」
アタシと通君はすっかりいがみ合ってしまっていた。
ミカエル様もさすがに少し呆れ気味だ。
「エンジェル!」
「あっ、はい、申し訳ありません、ミカエル様」
「へへーっ、怒られてやんの」
「うるさい!」
もう、止めどがない奴だ、このチビ助は。