その美少女、ガラスのハートにつき
大田美津子は自分が素直でないために、沢本瑠璃佳が不良共に連れ去られ、挙げ句に矢田通が助けに行く事になったのを知り、酷く落ち込んでいた。
「美津子、貴女のせいじゃないから。そんなに落ち込まないの」
親友の宮田香の言葉も、美津子のショックを和らげる事はできなかった。
「私、どうすればいいのかな?」
美津子は遠くの商店街の明かりをボンヤリと見ながら呟く。香は自分に問いかけられたのかどうかわからなかったが、
「沢本さんに謝る必要はないと思う。但し、はっきりさせないといけない事がある」
美津子はキョトンとして香をみた。香は美津子をジッと見て、
「矢田君は美津子の彼氏なんだっていう事よ」
「なっ!」
美津子は真っ赤になった。普段なら怒り出す彼女が赤面したという事は、精神的に参っている証拠だ。以前も宇宙人に連れ去られて酷い目に遭った時、美津子はとても素直になったのだ。
「あ、あいつは私の事なんか、うるさい女くらいにしか思っていないわよ」
美津子は火照る顔を背けて強がりを言う。
「そんな風に思っていたら、命懸けで何だかわからない所にまで貴女を助けに行かないわよ、美津子。もう少し素直になりなさいよ」
美津子は香に言われて、その当時の事を思い出した。
(あんな状況で、あいつは私を助けに来てくれた。それなのに私は……)
いつだってそうだった事を思い出す。
二人がまだ小学校に通っていた時。
美津子は高学年の男子にかまわれて困っていた。それに気づいた通が、身体の大きさが全然違うのに飛びかかって行ったのだ。
「何すんだよ、チビ!」
通は相手に一方的に組み伏せられてしまった。結局通は美津子を助けられず、美津子は騒ぎに気づいた先生に助けられたのだ。
「俺、強くなる。強くなって、美っちゃんを守るから」
涙をグッと我慢しながら、通が言った。美津子は幼心に、
「通ちゃんのお嫁さんになりたい」
と思ったのだった。
そして通は強くなった。いや、強くなり過ぎた。彼とまともに戦って勝てる相手は東京近郊には存在しなくなった。そして彼はある事故をぎっかけに桁外れに強くなった。
「小さい頃は、もっと素直だったのにな……」
美津子は自嘲気味に言った。香はそれを聞いて、
「それはみんなそう。いつの間にか、いろんな事を考えるようになって、素直な心を忘れてしまうものよ」
「偉そうに」
美津子はやっと笑顔を取り戻して言い返す。
「良かった、美津子が笑ってくれて」
香も微笑む。美津子は涙ぐんで、
「ありがとう、香」
一方、通と信一は、公園のジャングルジムの上に並んで座っていた。
「どうして俺に黙ってたんだよ?」
いきなり通が切り出した。信一はそこから見え始めた夜景を見たままで、
「全部僕が片を付けるつもりだった。ワル達も、沢本さんの事もね」
「フーン」
通はそう答えると、ニヤッとした。
「今度からはそういうのなしたぞ、信一。俺の事は俺が片を付けるからな」
「わかったよ」
信一は肩を竦めて応じた。
「で、沢本さんはどうしたの?」
「家に送ったよ。寄って行ってくれって、言われたけど、彼女、父親と二人暮らしらしくてさ。女の子が一人でいる家には上がれないからって、帰って来た」
「お前らしいな」
信一がクスクス笑った。
「うるせえよ」
通はプイと顔を背ける。その時信一の携帯が鳴り出した。
「はい」
信一はジャングルジムから飛び降りて携帯に出た。
「うん、わかった」
それだけ言うと、信一は通を見上げて、
「帰るか?」
「ああ。久美子が心配してるな、多分」
通もジャングルジムから飛び降りる。
「いろいろな意味でね」
信一が戯けて言うと、通はまたムッとした。
「お前、一言多いんだよ」
それでも二人は顔を見合わせて笑った。
美津子と香も家路に着いていた。
「遅くなっちゃったね、美津子」
「そうだね。ごめん、香、変な事に付き合わせちゃって」
美津子が手を合わせて謝ると、
「何よ、他人行儀な。親友なら、これくらい当たり前でしょ?」
「香……」
美津子はまた涙ぐむ。
「あ、いけない」
「えっ?」
香は突然走り出した。
「ごめん、美津子、今日大事な用事があるの忘れてた。先に帰るね」
「ちょっと、香!」
親友じゃなかったの? そう愚痴りたくなる美津子だった。
「勝手なんだから」
追いかけようと思ったが、やめた。美津子はそのままゆっくり歩いて家に向かった。
通と信一も話しながら歩いていたのだが、
「いけない、今日大事な約束があるのを忘れてた! じゃ」
といきなり信一が走り去ってしまった。
「あいつ、ホントに忙しない奴だな。香以外に女がいるんじゃないのか?」
通は妙な疑惑を持った。そんな事は絶対にないのが信一と香なのだが。
「全くよォ」
通は仕方なく一人で歩き出す。そして家まであともう少しという路地の角を曲がろうとした時、反対側から歩いて来る美津子に気づいた。美津子も通に気づいたようだ。
「……」
お互い、何となく気まずいのだが、逃げる事はしない。それでもそのままでいるのを我慢できなくなった通が歩き出し、角を曲がった。
「待って、通」
美津子が呼びかけ、彼に駆け寄った。通は立ち止まった。
(信一の奴、香とはめやがったな)
通は二人の策略に気づいた。
「ごめん、通。私が変な意地を張ったせいで、沢本さんが大変な目に遭って……。ごめん」
通は仰天していた。美津子がそんなに素直に謝ったのを見るのは、生まれて初めてだったのだ。だから、それに対してどういう反応をすればいいのか、すぐには思いつけない。
「昔は私達、こんなじゃなかったのにね。もっとお互いに素直だったのに。いつからこんな関係になっちゃったのか……」
美津子は泣いていた。それを見て通はパニックになりかけた。
「お、おい、泣くなよ、美津子。俺、どうしていいかわからなくなりそうだよ」
「だって……」
それでも泣き続ける美津子。通は困り果てた。対応を考えあぐねていると、美津子が動いた。
「通……」
彼女は通に抱きついて来た。
「わわっ!」
身長は美津子の方が大きいので、傍目には姉が弟を慰めているように見える。
「うう」
身長差のせいで通の顔は美津子の胸に埋もれていた。
(し、死ぬ……)
通はいつ気絶するかわからない程緊張していた。
「私、もう意地張らないから。だから……」
美津子が更にギュッと抱きついて来る。
そして通は気絶してしまった。