その美少女、一目惚れにつき
私立の名門杉野森学園。幼稚舎から大学まである巨大な教育機関だ。
その高等部にその男はいた。矢田通。勉強はできるが嫌い。スポーツも得意だがやる気がない。でも、喧嘩だけはどんな事があっても受けて立つ、生まれついての喧嘩バカである。
しかし、通の強さは半端ではなく、一部の噂では宇宙人を倒したと言われている。そして付近の暴力団も暴走族も、通の名を聞くだけでビビり、姿を見れば失禁する連中もいるほどだ。その矢田通も、幼馴染の大田美津子だけには頭が上がらないと言う噂も同じくらい伝わっていた。美津子最強伝説は健在なのだ。本人は大迷惑らしいが。
東京・神奈川・埼玉南部では、矢田通を知らないその筋の者、ヤンキーは存在しない。しかし、北関東となると、まだ通の名と顔はそれほど知られていなかった。
「やめて下さい。何ですか、貴方達は!?」
G県。時々関東から外されてしまう影の薄い存在だ。その県庁所在地であるM市の駅前で一人の女子高生が不良共に絡まれていた。その容姿の可憐さから、不良共の目的は察しがつく。
「見ての通りの高校生だよ。ねえ、一緒に遊ばない?」
不良共は総勢五名。その中の一人が言った。女子高生は、
「これから友達と映画を見に行くんです」
「だったらそのお友達も一緒でいいよ」
更に欲望丸出しでそいつは言った。すると、
「やあ、お待たせ。さ、行こうか」
と突然別の男子高校生が現れ、その女子高生を連れて行こうとする。女子高生はキョトンとして、
「あ、あの、えっと……」
と懸命にその高校生が誰なのか思い出そうとする。しかし思い出せない。思い出せないのであるが、その高校生がイケメンなのでウットリしてしまう。
「こらてめえ、何横から割り込みかけてんだよ、ボケが!」
不良の一人がその高校生の肩を掴む。するとその高校生は、
「先約は僕だよ、下品な皆さん。残念でした」
とその手を振り払い、歩き出した。
「待てこら!」
更に不良共が追いかけようとすると、
「お前らの相手は俺がするよ」
と後ろで声がした。不良共が振り返ると、チビッ子が一人立っている。
「何だ、てめえは? 痛い目に遭いたいのか、チビ?」
「ああ!?」
そのチビッ子の目がギラッと光る。
女子高生を助けた高校生が目を伏せる。
「あーあ、知らないぞ」
次の瞬間、五人の不良達がボコボコにされた。助けられた女子高生も引くくらい。
女子高生を助けた高校生が、
「申し遅れました、僕は竹森信一。東京の杉野森学園高等部の二年生です。で、あっちが同級生の矢田通です」
気がすんだのか、ようやく不良共を解放した通が女子高生を見た。
「怪我はないか?」
「は、はい。ありがとうございました。私、M女子高校一年の沢本瑠璃佳です」
瑠璃佳は少し怯えながら言った。信一はその様子に気づき、
「ごめんね。本当はすぐに逃げるつもりだったんだけど、あいつらがNGワードを言っちゃったから、ややこしくなったんだ」
「NGワード?」
瑠璃佳は首を傾げた。通は何故かムッとして、
「行くぞ、信一。ここにもいなかったから、次だ」
「ああ」
サッサと行ってしまう通に肩を竦めてから、信一は瑠璃佳を見た。
「申し訳ない、瑠璃佳さん。縁があったらまたお会いしましょう」
「は、はい」
爽やかな笑顔で立ち去る信一と振り返りもしない通をしばらく見送り、瑠璃佳はショッピングモールへと歩き出した。
そして瑠璃佳は帰宅後、すぐにインターネットで杉野森学園を調べた。
「これって、運命的な出会い?」
彼女の目は、輝いていた。
そして数ヵ月後。
瑠璃佳は父親の仕事の関係で東京に引っ越した。幼い頃に母親を亡くした瑠璃佳は、父親と二人で生活して来た。その父親が東京の本社に栄転が決まり、瑠璃佳に一緒に行ってくれるように言っていたのだ。瑠璃佳は友人達と離れ離れになるのを嫌がり、応じていなかった。だから、ずっと転校を渋っていた瑠璃佳がある日突然、
「転校したい学校が見つかった」
と言い、父親について行く事に同意した時、父親は喜んだが、不審にも思った。
「どうして急に決心がついたんだ?」
「好きな人がその学校にいるの」
「え?」
それはもっと問題だ。父親は密かに溜息を吐いた。しかし、今は一緒に東京に行く事に同意してくれた事が嬉しかった。
瑠璃佳が転校したのは、当然の事ながら、杉野森学園高等部。成績優秀な彼女は、転入試験では何も問題がなかった。
登校第一日目、彼女は誰よりも早く学園に行き、校門で待っていた。ある人物が来るのを。
「あ!」
瑠璃佳は、連れ立って歩いて来る信一と通の姿を見つけた。
「おはようございます!」
彼女は笑顔全開で二人に駆け寄った。通はキョトンとしたが、信一は覚えていたようだ。
「お久しぶりです、瑠璃佳さん。どうしたんですか?」
「転校して来ました。今日から私、後輩です!」
瑠璃佳は息を弾ませて言った。信一と通は顔を見合わせた。
「そうなんだ。よろしくね」
信一はまた爽やかな笑顔で言った。すると瑠璃佳は通を見て、
「あの、その、えっと、あの時からずっと好きです! 付き合って下さい!」
と頭を下げてラブレターらしき封筒を差し出した。
「な、何ィッ!?」
通は仰天した。信一もビックリしている。そして何より驚いていたのは、後から来てそこだけ聞いてしまった大田美津子であった。