その男、不器用につきその2
彼の名は大山大。私立の名門である杉野森学園中等部の二年だ。身長二メートル超、体重百キロ超。すでに柔道界や相撲界、更には格闘技界からオファーがあるほどの体格だ。
その風貌から同級生だけではなく、高等部のワル共からも一目置かれ、恐れられている。しかし、そんな彼にも大きな弱点があった。それは「女子」。彼は想像を絶するほど女性に対してウブである。クラスの女子達は大山を怖がって近寄らないので平気なのだが、コンビニやファミレスでレジが女性だと汗まみれになってしまうのだ。そこまでいくと「対人恐怖症」ではないかと悩んだりもしている。彼が汗まみれなのをレジの女性が気づくと、必ず「キモい」という顔をされるのも、そんな反応を助長していた。
それほどウブな大山にも好きな女子はいる。尊敬する高等部の矢田通の妹にして、中等部男子のアイドルである矢田久美子だ。ケンカバカの通とは似ても似つかないほどの美少女で、頭脳明晰、周囲の人望も厚い。とても大山に釣り合うとは思えない存在だ。
(だから、自分は久美子さんを陰ながらお守りする役目に徹する)
大山はあくまで片思いのままで良いと思っている。悲しいまでに一途で純粋な男である。
「おはよう、大山君」
校門の前でその久美子に声をかけられた。
「お、おはようございます、久美子さん」
すっかり狼狽える大山である。久美子はクスッと笑って、
「私は同級生なんだから、ございますはいらないよ」
「いえ、でも久美子さんは通さんの妹さんですから……」
顔を近づけて来る久美子にドギマギしながら、大山は答える。
(これ以上久美子さんと話していたら、どうにかなってしまう!)
「し、失礼します!」
大山はダッと駆け出し、久美子から離れた。
「変なの」
久美子は大山の思いを全く知らないので、兄である通の親しくしている男子として接している。そして、大山の風貌を怖がったりもしない。
「おはよう、久美子ちゃん」
そこへ大田晶が現れた。彼も久美子を好きな一人だ。そして久美子も晶の事が好きなのだが、互いに自分の気持ちを打ち明けていない。只、兄の通は気づいており、
「久美子を嫁さんにしてくれ」
と頼まれている。頼まれた時は、
「断わったら殺される」
と思った晶だったが、もちろん彼も久美子の事が好きなので断わると言う選択肢はなかった。
「通さんも、姉さんをお嫁にもらって下さいね」
晶がそう言うと、通は、
「何でだよ!」
と怒った。通は晶の姉である美津子と幼馴染で、晶は昔から二人を見て来ている。当然将来は結婚するのだろうと思っているが、素直でない通と美津子はそれを認めない。
「おはよう、晶君」
久美子ちゃんの笑顔はいつ見ても可愛い。晶はついにやけてしまう。
「何、晶君? 気持ち悪いよ、思い出し笑いして」
「あ、ごめん」
そんな二人だが、当然一人や二人はそれを快く思わない者がいる。入学当初から二人を知っている者にはそんな大それた事を思う者はいない。何しろ、久美子は宇宙人を倒したと噂の矢田通の妹。そして晶は、その通が只一人勝てないと言われている大田美津子の弟。
「二人の間に割って入ろうなんて、死にに行くようなものだ」
ある男子生徒の言葉である。
「関係ねえよ」
ここに一人のバカがいた。名前は妻葺三四郎。転校生だ。成績優秀、スポーツ万能。顔もそれなりにイケメンだ。彼は久美子と同じクラス、すなわち大山、そして晶とも同じクラスになった。他の女子達は転校生のイケメンにメロメロになっていたが、久美子だけは見向きもしない。それが三四郎のハートに火を点けた。三四郎の久美子を見る眼に危険を感じた大山は、
(あいつ、身の程知らずだ)
と考え、注意する事にした。彼は三四郎を屋上に呼び出した。
「何、大山君?」
他の男子が怖がる大山と一対一になっても動じていない三四郎を見て、
(こいつ、強い)
と大山は思った。しかしそんな事は顔に出さずに、
「矢田久美子さんに近づくな。お前とは釣り合わない」
すると三四郎はニヤッとして、
「おや? 君が久美子ちゃんの彼氏なのかな?」
「か、彼氏!?」
大山は久美子の事を「久美子ちゃん」と呼んでいいのは、晶と通の親友である竹森信一のみと勝手に決めている。しかも言うに事を欠いて大山を彼氏と言った事も許せない。
「違う。だが、久美子さんはお前なんかと付き合ったりしない。近づくな」
「うぜえよ、デカブツ。少し強いと思って、偉そうにするんじゃねえよ」
三四郎の顔つきが変わる。凶悪な目になった。
「俺が誰なのか知らねえようだな!」
三四郎が大山に突進する。大山が身構えた時、三四郎の姿が消えた。
「何?」
大山は辺りを見回すが、三四郎はいない。
「遅いよ!」
三四郎は背後に回っていた。彼の右手には警棒のようなものが握られていた。
「ぐお!」
大山はそれでいきなり首を殴られた。
「うう……」
彼は呻きながらそのまま前のめりに倒れた。
「俺が誰を好きになろうが関係ねえだろ、ブサイクが!」
三四郎は連続して大山の腹を蹴った。
「グフ……」
大山の口から血が吹き出す。
「俺に対する礼儀をわきまえねえてめえが悪いんだよ!」
三四郎は警棒を振り上げ、大山の頭を殴ろうとした。
「う!」
その三四郎の腕をガシッと止めた者がいた。
「邪魔するな!」
三四郎が鬼の形相でその手を振り払って振り向くと、そこには久美子が立っていた。
「何してるのよ、妻葺君?」
久美子はニコリともせずに尋ねる。三四郎は肩を竦めて、
「こいつ、君を襲うつもりだったので、成敗したのさ」
と白々しい嘘を吐いた。そして、
「ちょうどいいや。ここでいい事しない、久美子ちゃん?」
今度は嫌らしい顔つきになる三四郎。しかし久美子は動じない。
「嫌よ」
「嫌じゃねえよ!」
すっかりイケメン返上の三四郎は、久美子に襲いかかった。
「は!」
久美子は三四郎の右腕をねじ上げ、そのまま投げた。
「ぐへ!」
屋上のコンクリートの上に叩きつけられ、三四郎は呻いた。
「これは大山君の分!」
久美子の正拳が三四郎の腹に炸裂した。
「ぐえええ!」
三四郎は涎を吐き散らしてもがいた。
「く、久美子さん……」
起き上がりかけた大山は唖然としていた。
「大丈夫、大山君?」
久美子がハンカチを差し出して言う。
「だ、大丈夫です」
大山は袖で血を拭って、久美子のハンカチを受け取らない。
「見られちゃったね、私の秘密」
ペロッと舌を出して言う久美子に大山は赤面して立ち上がる。
「いえ、自分は何も見ていませんから」
そう言って歩き出す。久美子はニッコリして、
「ありがとう、大山君。じゃあ、二人だけの秘密ね」
「は、はい」
二人だけの秘密。そのあまりにも甘酸っぱい響きに気を失いそうな大山である。
「お、俺も見てたからな、この暴力女……」
そこまで言いかけて、久美子の一睨みにブルッた三四郎は、
「な、何も見てません!」
と言い直した。
そして翌日、三四郎は挨拶もしないまま、転校したのだった。