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TORU 史上最強の悪ガキ  作者: 神村 律子
番外編PART2
21/28

その男、不器用につき

 彼の名は大山おおやまひろし。私立の名門である杉野森学園中等部の二年だ。身長二メートル超、体重百キロ超。すでに柔道界や相撲界、更には格闘技界からオファーがあるほどの体格だ。

 しかし、彼はそのような道に進むつもりはない。

「勿体ないよ、大山君」

 進路指導の先生が言う。

「自分は不器用ですから」

 大山は、ある映画俳優の「決め台詞」を真似て拒否した。

 彼には、たった一つだけ願いがある。自分の尊敬する高等部二年の矢田通のそばにいる事。

 矢田通とは、その名を関東中に轟かせている喧嘩バカである。宇宙人とも戦って二度勝ったという噂だ。大山の憧れの先輩なのだ。

 しかし、大山の本心は、その矢田通でさえ知らない。矢田通には、全く顔が似ていない妹がいる。彼女の名は久美子。中等部は言うに及ばず、高等部、近隣の中高に至るまで、その名を知られた美少女である。大山が、本当にそばにいたいと思っているのは、通ではなく、久美子なのだ。しかし彼はそれを誰にも言っていない。当然の事ながら、久美子もそれを知らない。

「大山だ!」

 付近の中学生のワル共は、大山の強さを知っているため、彼を見かけただけで逃げ出す。高校のワル共も、大山の強さと、彼が矢田通と親しいことを知っているため、決して絡んで来ない。むしろこびる連中すらいる。大山はそういう人間が一番嫌いなので、歯牙にもかけないが。

「大山君」

 いつものように校門のところで見張りをしていると、久美子が声をかけて来た。

「あ、く、久美子さん」

 純情な彼は、間近だと憧れの人の顔すら見られない。

「どうしたの、こんなところで? 彼女を待ってるの?」

 久美子の爽やかな笑顔が眩しくて、大山は俯いたままだ。

「いえ、違います」

 久美子さんを待っていたんです、とは決して言わない。

「今日は、大田君はいないのですか?」

 大山は数少ない共通の話題を振った。久美子は苦笑いして、

あきら君は塾だって。冷たいのよね」

 晶とは、矢田通の幼馴染である大田美津子の弟で、久美子のボーイフレンドだ。だから、大山は、晶がいない事に少しだけホッとした。

「では、自分がお供致しますので」

「平気よ。もうこの前みたいな事はないから」

 久美子は笑顔で言った。

「しかし……」

 心配性な大山はそれでも不安だ。

 この前のような事とは、矢田通に恨みがある連中が、久美子をさらって通との喧嘩を優位に進めようとした一件だ。大山は真相を知らないのだが、その連中は久美子が全員倒している。だからそれ以降、そんな間抜けな事をするバカはいないのだ。

「矢田久美子も強い」

 その噂がワル共に広まるのに一週間とかからなかった。しかし、大山の耳にはその噂は届いていなかった。

「じゃ、ウチまで送ってね、大山君」

 久美子はあまりに悲しそうな顔をする大山を見かねて言った。

「は、はい! 全力でお守りします」

「ありがとう」

 二人は家路に着いた。


 久美子と大山の取り合わせは、本当に奇異だった。誰もが振り返る。大山は堪りかねて、

「あの、ご迷惑ですか?」

と囁いた。久美子はニコッとして、

「どうして? 全然迷惑じゃないよ。大山君がいてくれるから、誰も絡んで来ないし」

「そ、そうですか……」

 大山はその言葉に赤面した。しかし、ワル共が近づいて来ないのは、久美子が通の妹だと知られているのと、実は久美子が強いという事が知られているからだ。でも久美子は、晶だけでなく同級生全員に、自分が格闘技を習っている事を明かしていない。晶には、自分が強い事を知られたくないという乙女心なのだ。嫌われそうな気がするらしい。久美子は晶に「LOVE」なのだが、晶は自分に「LOVE」だと思っていないのだ。お互い勘違いしているカップルである。

「!」

 その時だった。舗道の向こうに、その辺りの顔役だと言われているヤクザの幹部が組員を引き連れて現れた。

(どうする?)

 大山は考えた。人通りも少ないから、喧嘩になっても構わないが、久美子さんを巻き込むわけには行かない。彼は考えあぐねていた。

「おお!」

 組員の一人がこちらを見て叫んだ。すると全員がこちらを見て歩調を速めた。

「!!」

 大山はドキドキしていた。

(あの人数じゃ、とても勝ち目はない……。どうする?)

 幾筋もの汗が彼の額を伝わった。

(俺は死んでも久美子さんを守る!)

 大山は死を覚悟した。その時である。

「ああ、久美子さん、今お帰りですか」

 全員、久美子と顔見知りだった。大山は腰が抜けそうになった。


「大丈夫、大山君?」

 ヤクザと談笑した後、久美子は大山が落ち込んでいるのに気づき、声をかけた。

「はい、大丈夫です。すみません、自分、不器用なので……」

「平気よ、大山君。私、凄く感謝してるから」

 久美子の天使のような笑顔に、大山は嬉し泣きをした。

「どうしたの、大山君?」

 驚く久美子。大山は泣きながら、

「自分、大丈夫です。不器用なもので……」

と言い続けていた。悲しいまでに純粋な男である。

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