エピローグ 永遠にさよなら
アスタロトの生体反応はまだ確認できていた。死んではいないらしい。
「今度こそ戻っては来られまい。いや、もう戻ったとしても、通と戦おうとは思わんだろう」
司令部のVIPルームで、ミカエルが言った。彼は通達を司令部を救ってくれたお礼に招待したのだ。
「そうだといいけどね。ホントにしつこいカマヤロウだからさ」
「サタンも警戒を続けると言って来ている。仮に戻って来ても、今度は彼がアスタロトを許さんさ」
ミカエルはフッと笑って言った。
「ミカエル様って、素敵ね、通兄ちゃん」
瞳が小声で言う。通は呆れて、
「お前のその軽はずみな性格が、みんなに迷惑かけた事を反省しろよ、瞳」
「はーい」
大好きな通兄ちゃんに窘められ、瞳はスゴスゴと引き下がった。
「では、我々は準備があるので失礼する」
ミカエルは部屋を立ち去りながら、
「エンジェル、ゆっくり別れを惜しみなさい」
「はい」
ミカエルはそのままVIPルームを出て行った。
「今の、どういう意味?」
不思議に思った信一が尋ねる。エンジェルは苦笑いして、
「アタシ達、地球侵略を諦めたの」
「え?」
美津子と香は顔を見合わせた。
「そう言えば、エンジェルさんて、侵略者なんだっけ」
改めてギクッとする。
「地球の住環境が、私達に合わないんだ。最初は改善しようと思ったんだけど、それには何百年もかかるらしいし」
エンジェルの言葉に晶が反応した。
「地球人類が、地球を汚染してしまったから、あなた方は侵略を諦める、という皮肉な結果になったのですね」
「そうね」
エンジェルは寂しそうに言った。美津子が通に、
「あんた、一緒に行きたいんでしょ?」
「何でだよ?」
通はそう言ってしまってから、しまったと気づいてエンジェルを見た。
「いいよ、気を使わなくても。アタシはモテるんだから。あんただけが男じゃないし」
「あのなあ……」
あまりにも身もフタもないエンジェルの言い方に通はムッとした。
「アハハ、ふられたあ!」
美津子が笑いながら言ったので、
「う、うるせえよ、ブス!」
「何よ、チビ!」
エンジェルはギクッとしたが、香達は何も反応しない。
「あれ?」
通も切れた様子はない。
(何だ、そういう事か)
やっぱり美津子には勝てない。エンジェルはそれを改めて感じた。
「矢田君て、美津子に何言われても怒らないのね」
香が面白がって言う。
「な、何よ、香。どういう意味?」
美津子は未だに気づいていないようだ。通もムッとして香を見た。
「何だよ、香? 何の事だよ? 俺は年中このブスに怒ってるぞ」
「何よ、チビ! もういっぺん言ってごらんなさいよ!」
美津子がまた「NGワード」を言うが、通は切れない。だから美津子は気づかないのか、とエンジェルは思った。
「ああ、何度でも言ってやるよ、ブス。これで満足か、ブス!」
「あんたねえ!」
美津子が通に掴みかかるのを香と信一が止める。
「お兄ちゃん、いい加減にしてよ!」
久美子が通を窘める。瞳は呆れてそれを見ていた。
「勝てないなあ、美津子姉には……」
彼女はエンジェルを見て、
「そう思うでしょ、貴女も?」
と同意を求めた。エンジェルは肩を竦めて、
「そうね」
そしていよいよ地球に降りる時が来た。通達は転送装置のある場所に移動していた。
「瞳ちゃんは、検査の結果、異常は見られないわ。今後も何も起こらないと思うけど。もし、心配なら連絡頂戴」
エンジェルがそう言うと、
「お前なあ、隣町に引っ越すんじゃねえんだぞ? どうやって連絡するんだよ?」
通がすかさず突っ込む。しかしエンジェルは、
「アタシ達はどんなに遠く離れても、会話できるのよ、通」
と通の耳元で囁いた。途端に通は真っ赤になった。
「貴方とアタシは血を分け合ったの。だから、いつも一緒よ」
エンジェルの言葉に、ほんの少しだけ美津子がギクッとした。
「でも心配しないで、美津子ちゃん。通を連れて行ったりしないから」
「べ、別に私は……」
美津子は赤くなりながらも必死に否定した。
「こいつは関係ねえだろ、天使女!」
通も赤くなった。
「じゃ、地球に送るね」
エンジェルは急に真顔になり、通から離れた。
「多分、永遠にさよならね。みんな、元気でね」
「そんな事言わないで、たまには遊びに来て下さい、エンジェルさん」
信一がいつもの乗りで言う。エンジェルは苦笑いして、
「ありがとう、信一君」
いつの間にか、美津子、香、久美子、瞳が涙ぐんでいる。
「みんな、そんな顔しないでよ。笑って別れましょ? ね?」
エンジェルはそう言いながらも目を潤ませている。
「元気でな、エンジェル」
通が言った。エンジェルはニコッとして、
「やっと名前で呼んでくれたね、通。ありがとう」
「お、おう」
通は照れて俯いた。
「元気でね、エンジェルさん」
美津子達が言った。
「みんなもね」
エンジェルは転送装置のレバーに手をかける。
「さよなら!」
レバーが下がり、通達を光が包む。
「じゃあな、エンジェル」
もう一度通が言った。エンジェルはその声を聞くと、我慢できなくなり、泣き出した。
「大好きだよ、通!」
その声は通に聞こえたかどうか、エンジェルにはわからなかった。通達は光と共に消えていたからである。
そして通達は、自分達の住む町に戻った。
「帰れたな」
通が呟く。
「そうだね」
信一が答える。
「あのね、通兄ちゃん」
いきなり瞳が話し出す。
「何だよ、瞳?」
ビクッとしながらも、通は瞳を見た。美津子達も瞳を見る。
「私、家出して来たの。だから、兄ちゃんの家に住ませてくれない?」
「な、何ーっ!?」
これには久美子も驚いていた。
「そんな、家出だなんて。瞳さん、どうしたんですか?」
「ちょっとお父さんと喧嘩しちゃってさ」
「そのくらいの事で家出するな!」
通が怒ると、
「兄ちゃんだって、昔、漫画捨てられただけで家出したじゃないの。言われたくないわ」
瞳が逆襲した。美津子と香は顔を見合わせて笑った。
「う、うるせえよ! そんな昔の事、持ち出すんじゃねえ!」
通は赤くなって怒った。
「それにさ」
瞳はいたずらっぽく笑って、
「久しぶりに兄ちゃんと一緒にお風呂入りたいし」
通はその発言に崩壊しそうだった。久美子も呆れている。美津子と香は目が点になってしまった。
「アハハ、ウソウソ! もういくら何でも、一緒には入れないよ」
瞳はゲラゲラ笑って通を指差す。
「お前なあ……」
通は脱力してしまった。
「兄ちゃん」
瞳が真顔で言った。
「何だよ?」
それでも通は何かあると思って警戒している。
「助けてくれてありがとう。兄ちゃんなら、必ず勝つって思ってたよ」
「あ、ああ」
違う話か、と安心する通。瞳はまたニヤッとして、
「でさ、私と兄ちゃんの子供なら、世界征服できると思わない?」
「何ーッ!?」
しばらく瞳におもちゃにされる通だった。