第六章 通怒りの一撃!
矢田通は、従妹である矢田瞳の姿をした強敵アスタロトと睨み合っていた。
「どうした、地球人? 怖気づいたか?」
アスタロトが挑発する。いつもの通なら、そんな事を言われれば絶対に突っ込んでいるはずだが、今回はそれはしない。いや、できないのだ。
(畜生……。もし、本気でぶん殴れば、奴を倒せるかも知れねえ。でも、そんな事をしたら、瞳が……)
彼は瞳を傷つけたくない。そして何より、女の子を殴りたくないのだ。
「本当に怖気づいてしまったようだな。情けない。もはや、お前は私と戦う資格がない。ミカエルを出せ」
アスタロトはニヤリとして言い放った。
『あいつ、調子に乗って!』
エンジェルがいきり立つ。
「天使女、あんな挑発に乗せられるな。熱くなるんじゃねえよ。サッサといい手を考えろ」
あんたにだけはそんな事言われたくない、とエンジェルは思った。
「何だ? ミカエルも怖気づいたのか?」
アスタロトはどんどん調子に乗って来た。
『あのバカがあ!』
エンジェルが沸騰寸前だ。しかし、通は、
「だから熱くなるなって言ってんだろ、天使女! そんな暇あるなら、考えろ」
『わかったよ』
エンジェルも、乗せられ過ぎの自分を恥じた。
「ほう。ここまで言っても動かぬか。ならば、こちらから行くぞ、地球人!」
アスタロトは狡猾な笑みを浮かべ、通に向かって来た。
「死ね!」
通はアスタロトの正拳をかわした。続けざまに回し蹴りが襲いかかる。
「くっ!」
それも紙一重でかわす。
「逃げるだけか、地球人!? 面白くないぞ」
アスタロトはそう言いながら、攻撃を続けた。
「う!」
蹴りが顔を掠めた。エンジェルの美しい顔がスパッと切れ、血が流れる。
『わああん! 通、顔だけは勘弁してよお』
エンジェルの泣きが入った。
「わかったよ」
通は顔を両手でガードし、瞳の姿のアスタロトを睨む。
「そんな事をしても、無駄だああ!」
アスタロトの猛攻が始まった。目にも留まらぬラッシュ攻撃である。
「うおお!」
通はそれを全力でガードし、かわし続けた。
「貴様、それでも戦わぬか!?」
アスタロトの怒号が飛ぶ。だが、通は反撃しない。
「おりゃああ!」
次は蹴り。触れただけで粉微塵になりそうな凄まじさである。
「くう!」
通はたまらなくなり、下がった。
「逃がさぬぞ、地球人!」
瞳の顔がだんだん可愛さを失って行く。
「おい、天使女、瞳の顔が、カマヤロウに似て来たぞ」
通がそれに気づいた。
『同化が始まってるのかもよ』
「どうか?」
通はキョトンとした。
『アスタロトの奴、何か特殊な方法で転移してるみたいなのよ。でなければ、普通は姿がアスタロトで、中身が瞳ちゃんになるはずよ』
「そうなのか」
通は凶悪な顔つきの瞳を見た。
『このまま転移を続けていると、瞳ちゃんがアスタロトに同化されて、彼女の存在が消されてしまうかも知れないわよ』
「何だって!?」
通は仰天した。
「冗談じゃねえ! 瞳がカマヤロウになるって事は、カマヤロウが俺のいとこになるって事か!?」
『いや、そこを心配するんじゃなくてね……』
エンジェルは呆れてしまった。
「くそ!」
通は逃げるのをやめ、アスタロトを睨んだ。
「許さねえ! そんな事は、絶対にさせねえぞ、カマヤロウ!」
アスタロトは、急に止まった通を見て警戒し、
「何だ? 何をするつもりだ?」
と眉をひそめた。
「ダメだ、そうだとしても、無理だ!」
通はそれでも攻撃する事ができない。アスタロトは通の戦闘計数が低下するのを感じ、
「瞳よ、あいつの強さを引き出す方法はないのか? このまま勝っても、つまらんからな」
アスタロトは、前回自分を虚空の果てまで吹っ飛ばした時の通を倒したいのだ。
『アスタロト様、一つだけ方法があります』
瞳が答えた。アスタロトはそれを知り、
「そうか。そんな事で良かったのか。ならば話は簡単だ」
と呟き、ニヤリとした。
その頃、美津子達は、医療施設の中のスクリーンで、通達の戦いを見ていた。
「どうしたんだろう? 二人共動かなくなったわ」
香が信一に囁く。信一はスクリーンを見たままで、
「お互い警戒してるんだろうね。理由はそれぞれ違うだろうけど」
美津子は目を潤ませてスクリーンを見ていた。
「通……」
そんな美津子を、心配そうに見ている久美子と晶。久美子は晶と手を握り合っていた。晶はそのせいでドキドキしている。姉の事も心配だが、今の自分の状況も心配だった。
ミカエルも、司令部のスクリーンで戦いを見ていた。
「アスタロトめ。何を企む?」
彼は腕を組んで眉を寄せた。
アスタロトは通をせせら笑い、
「何だ、空元気か、地球人。情けないな」
「何だと、こらあ!?」
通が挑発に乗せられそうになる。
『ほら通、ダメでしょ!』
「ああ、そうだった」
通はエンジェルに窘められてハッと我に返る。
「ほう。どこまで我慢できるかな? お前は堪え性がないからな」
「……」
通は何も言い返さない。アスタロトはフッと笑い、
「腰抜けか、やはり。倒すまでもない。消えろ、チビ」
と言った。
「げ!」
スクリーンで見ていた信一と香、久美子がビクッとした。美津子は気づいていない。そして、鈍感な晶も。
「知らないぞ、もう」
信一はスクリーンに背を向けた。香も両手で顔を隠す。
「瞳ちゃんが可哀相」
「お兄ちゃん……」
久美子もスクリーンから目を逸らせた。
「何なのよ、みんなして?」
美津子と晶の姉弟は、全く意味がわからないままだった。
「今、何て言った?」
通の戦闘計数が跳ね上がる。アスタロトは計測器がたちまち振り切れたので、狂喜した。
「おおおお! それだ、それだ! それこそあの時と同じ! あの時のお前だ! そのお前を倒してこそ、この戦いに意味があるのだ!」
アスタロトはこれから起こる事にまるで気づく事なく、絶叫していた。
「今何て言ったって訊いてるんだよおお!!」
通が壮絶な勢いでアスタロトに向かった。
「ぐおおおおお!」
瞳の姿なのに、通は容赦なく殴った。
「ブヘ、ゲホ……」
アスタロトは反撃どころか、防御すらできない。
「訊いてる事に答えろ、カマヤロウ!」
いや、そんな状態では、答える事なんてできないし。エンジェルはそう思い、少しだけアスタロトを哀れんだ。そして、前回突然通が反撃し、勝利した理由を知った。
『つまり、NGワードを言ってしまった訳ね、アスタロトが』
「オラオラオラ!」
通の猛攻は続く。瞳の顔はボコボコになって行った。
「答えろーっ、カマヤロウがああ!」
渾身の一撃が決まった。
「うおおおおお!」
するとどうした事か、瞳の身体からアスタロトが分離し、そのまま遥か彼方へと飛んで行ってしまった。
『どういう事?』
エンジェルは呆然としてそれを見ていた。途端に通の意識が飛んだ。
「ああ!」
エンジェルは慌てて入れ替り、落下し始めた瞳をキャッチした。
「大丈夫、瞳ちゃん?」
無事なのか心配で、声をかける。
「平気です……。通兄ちゃんは、あいつだけ殴っていたんですよ」
瞳が答える。確かに彼女の顔は全く傷ついていなかった。
(そんな事ってあるのかな?)
エンジェルは頭が混乱しそうだった。
こうしてまた、アスタロトは矢田通に敗れ、虚空の果てに消えたのである。