その幼馴染み美少女につき
本当に一番強いのは誰なのか?
それがわかる時です。
杉野森学園高等部には、伝説的な男がいる。その名は矢田通。完全に無敵の男である。その名を聞いただけで、ワル共は震え上がり、その声を聞いただけで、一目散に逃げ出してしまう。
大袈裟ではなく、彼の強さは半端ではなかった。宇宙人と戦って、勝ったらしいのだ。最初は誰もがその噂を信じなかった。だが、矢田通がヤクザの組を一つ潰して、喧嘩を売って来た暴走族百人をたった三十分で叩き潰したのが明るみに出ると、「宇宙人でもぶっ倒すかも知れない」という恐怖が広がり、もう誰も彼に戦いを挑もうとする者はいなくなった。
この広い東京、いや、日本で、矢田通に勝てる人間は誰もいないと思われた。
只一人を除いて。
その只一人の人間の名は、大田美津子。矢田通の幼馴染みにして、矢田通が唯一、決して勝てない存在である。杉野森学園高等部では、一二を争う美少女であるが、その気の強さと、矢田通と幼馴染みという事実が仇となり、男共にはそれ程人気がない。と言うより、通が怖くて、誰も美津子に近づけないのだ。美津子は事ある毎に、
「あいつとは、幼馴染みっていうだけで、別に何でもないんだから」
と言うが、周囲は全く彼女の言葉を信じていない。
美津子は喧嘩が強い訳でもないし、通が彼女に頭が上がらない訳でもない。しかし、何故か通は美津子にだけは逆らったりしなかった。
もちろん彼は、他の女子生徒にも暴力を振るったりはしない。それ故、通は女子には人気がある。何かで他校の男共に絡まれたりしても、杉野森学園の生徒だとわかると、大概のワルは蒼ざめて逃げるからだ。まるで通の存在は、水戸黄門の印籠である。
ところが、通は女子に人気はあるがモテる訳ではない。これは逆に、美津子が災いしている。通の彼女は美津子で、通にお付き合いを申し込んだりしたら、美津子にボコられると妙な噂が立っているのだ。
さすがに美津子はこの噂だけは納得が行かず、何とかしようとしたが、そんな事をすればする程火に油だと気づき、今は諦めて何もしていない。
美津子は不良に囲まれても、一歩も引かない。ワル共はやがて美津子の事に気づき、死んでしまうのではないというくらい顔色が悪くなり、地面に頭を擦り付けて謝り、逃げてしまう。
美津子の親友である宮田香は、
「矢田君のおかげだね」
と嬉しそうに冷やかすが、美津子は、
「あいつのせいで絡まれるのよ!」
と取り合わない。本当は、ワル共に絡まれて困っている女子を見て見ぬフリができない美津子が災いを招いているのであるが。
そんな二人のこの奇妙な関係は、安定しているかに思えた。
ところが、事情を知らない神奈川県のレディースの一人が、通の強さに惹かれ、杉野森学園の近くに現れ、その関係が揺らぎそうになった。
その女の名は、城ヶ崎倫子。神奈川にその名を知られた悪の名門であるダルタニアン学園女子高等部の二年だ。彼女は、周囲の仲間に、
「矢田通には、将来を誓い合った大田美津子っていう女がいる。やめときな。そいつは、矢田が唯一頭が上がらない女なんだ。鬼のように強いらしいよ」
などと止められたが、聞かなかった。
「アタシは、アタシの流儀で、必ず通さんをモノにする」
倫子はすっかり通の虜になっていた。
「何?」
美津子は、同じ高等部にいる女子のヤンキー達に学園の裏に呼び出されていた。近くに土地神様を祀った祠がある。祭神は竜神らしい。
「アタシらの仲間が、神奈川のバカに可愛がられた」
「私には関係ないでしょ」
美津子は彼女達を無視して行こうとした。するとその中の一人が、
「関係あるんだよ。そいつは、矢田を狙ってるんだ」
美津子は思わず立ち止まってしまった。
「それでも私には関係ない」
美津子は憤然としてまた歩き出した。
「勘違いしてるよ、大田! そいつは女だ。で、矢田を自分の男にするつもりなのさ」
その言葉に美津子は振り返り、
「それも私には関係ないわ」
と言い捨てると、去ってしまった。
「相変わらずだねえ、大田」
ヤンキー達はニヤリとした。
城ヶ崎倫子は、付近の不良共を女ばかりでなく男まで完全制圧し、その存在感を示し出した。そのため、高等部では職員会議が開かれ、城ヶ崎対策が検討された。
「矢田さんが狙われてる?」
その噂は中等部にまで広がっていた。矢田の舎弟を自称する中等部二年の大山は、その命知らずのバカが女だと知り、余計驚いた。
「何のつもりなんだ、その女は?」
大山は、まさか倫子が通に恋しているとは夢にも思わなかった。
城ヶ崎倫子は只強いだけでなく、美少女でもあった。彼女は、美津子が強いだけでなく学園一の美少女だと聞いていて、尚の事闘志が湧いていた。
「通さんに相応しいのはアタシさ」
倫子は絶対に退くつもりはなかった。
「姐さん、気をつけて下さい。どうやら、狙われているのは姐さんのようです」
校門の前で待っていた大山が美津子に言った。美津子はムッとして大山を睨みつけ、
「その『姐さん』はやめなさいって言ってるでしょ、大山君! 私は極道の女じゃないのよ」
「す、すみません」
矢田さんの「いい人」だから、「姐さん」としか呼べないと思っている大山である。
「いい迷惑だわ、あのバカのせいで」
美津子はプイッとして行ってしまう。
「大山君も大変ね」
香が彼を労った。大山は苦笑いして、
「久美子さんが心配しているので」
「なーんだ、そういう事かァ」
嬉しそうに大山を見上げる香。途端に赤くなり、動揺する大山。
「あ、いえ、その、別に久美子さんに頼まれた訳じゃないですから」
彼は巨漢を揺らしながら走り去った。
「みんな大変ね、いろいろと」
香はニコッとして呟いた。
「待ちな」
美津子は後ろから声をかけられ、立ち止まって振り向いた。そこには城ヶ崎倫子が立っていた。
「誰?」
訝しそうな顔で倫子を見る。倫子はニヤリとして、
「大田美津子だな? アタシは城ヶ崎倫子。神奈川を締めた女さ」
「!」
美津子はギクッとした。倫子の目と雰囲気に「本物」を感じたのだ。その辺のワルとは違う何かを漂わせている。
「通さんに、あんたとアタシのどっちが相応しいか、決めようじゃないの」
倫子は睨みを利かせて美津子に言い放った。ところが美津子は、
「お好きにどうぞ。あんな奴で良かったら、どうぞお持ち帰り下さいな」
と言い返し、歩き出した。
「えええ?」
完全に拍子抜けの倫子だった。そして、
「負けた……」
と呟くと、美津子を追わず、神奈川に帰って行った。
そして次の日。
美津子に更なる伝説ができた。神奈川を締めた城ヶ崎倫子をたった一撃で倒したというのだ。その噂が東京中を駆け巡るのに、一週間とかからなかった。
「何でよ……」
噂を知り、美津子は激しく落ち込んだ。
「どうして私には、そんなおかしな噂がつき纏うのよ!?」
美津子はイライラして叫んだ。香が、
「仕方ないじゃない、そういう運命なんだから」
「面白がらないでよ、香!」
美津子は笑いながら言う香を睨んでから、
「あいつのせいよ。あのバカのせいで、私はこんな目に遭うのよ」
「美津子……」
香は呆れていた。悪い事は全部矢田君のせいなの?
「今度という今度は我慢できない。あいつとは絶交よ!」
「そんな事できないくせに」
香が小声で言うと、
「何か言った、香?」
「ううん、何でもない」
大田美津子は、本当に強いのかも知れない。