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第五話 迷宮の存在理由

「これも何かの縁でしょう、その本は差し上げます」

「良いのかい?原本ではないだろうけれど、それでも安くはないはずだよ?」

「構いませんよ。これまでいろいろヒントをくれたお礼だとでも思って下さい」

「それなら遠慮なく。それと改めて自己紹介をしようか。僕はトラパ・オジョン。この迷宮で魔王を倒した兵器の数々の見張りをしている。つまり、先生の考えていた通りだよ」


 主は負けたと言わんばかりに両手を上げた。


「あなたが出してくれたヒントのお陰ですよ。おっと、名乗って頂いたのにこちらが名乗らない訳にはいきませんね。私はザイル・ラオン、学者稼業の傍ら冒険者をやっています」

「おや?冒険者稼業の傍ら学者をやっているんじゃないのかな?」

「確かに最近はすっかり野外での生活にも慣れてしまいました。静かな部屋で本に囲まれて過ごしていた頃が懐かしいですよ……」


 主の軽口に先生が大げさに肩を落とすと、どちらからともなく笑い声が飛び出してきた。


「いけない、いけない。人と話すのも久しぶりだからつい楽しくて横道にそれてしまったよ。長くなると先生の負担が大きくなるから話を進めようか」


 その言葉に先生は(強い人だ)と思った。

 何百年もたった一人で迷宮の奥に在り続けながらも、心折れることなく、他人を気遣う優しさを無くしていない。

 古来より永遠の命を求める者が後を絶たないが、実際にそうなってしまうとあまりに膨大な時間を前にして絶望してしまうだろう。


「どうかしたかい?」


 いつの間にか考え込んでしまっていたらしく、主が心配そうに声をかけてきた。先生は「何でもありません」と答えると、続きを話し始めた。


「以前あなたは私の疲労の原因となっているものこそがこの迷宮の存在する理由、と言っていましたね」

「そういえばそんなことを言ったような気がする」

「これはライフドレインの魔法の一種で、迷宮の中にいる生き物全てからほんの少しずつ体力や生命力を奪うようになっている。ライフドレインの魔法自体は罠として古代遺跡などによく仕掛けられています」

「そうそう。罠にかかる側の魔力を使って発動するからマナがなくなった今でも動き続けているものが多いらしいね。ここのものはちょっと特殊だけれど」


 一般的には罠に掛った者の命を一瞬で奪うという凶悪なもので、先生がこの十年の間、仲間たちと一緒に各地の遺跡で嫌というほど目にしてきたものであった。


「そうですね。奪った体力を使ってマナを生成して迷宮内に満たしている。あなたが魔法を使えるのは魔法という技術を習得していて、且つマナが存在しているからです」

「半分当たり、という所かな」

「もう半分はあなたの生命維持装置としての役割、ですか?」


 先生の返しに主が目を見開く。


「……まさかそこまで見破られていたのか」

「大戦前は今とは違ってどこにでもマナが存在していましたから、わざわざ作りだす必要はなかったはずです。ですからこの機能は大戦以降に付け加えられたものだと考えられます」

「残念、それははずれ。マナが豊富にあった頃でも迷宮内でたくさんの魔法を使うと一時的に枯渇してしまっていた。いずれは外から流れ込んでくるけれど、それには時間がかかる。脱出の魔法陣のように急を要するものが使えなくなるのを防ぐために作られた機能なんだよ」

「そうだったのか……私もまだまだ想像力と調査が足りませんね」


 仮説が外れたことに悔しがる先生に主が呆れかえる。

 学者という種族はどんな難問であっても正解しなければプライドが傷ついてしまうようだ。


「マナが無い今の世界で生きてきて、マナがあった頃の、しかも限定的な空間でのことに考えを巡らせろというのはなかなかに無理難題だと思うけれどね。それよりもライフドレインが僕の生命維持装置の役割を果たしていることに気付いたことの方が驚きだよ」

「奪われた体力がどこに行くのかを考えた時に真っ先に思いついたのが、そこにいるものたち、つまりあなたやあの門番だったのです。そこに『迷宮の存在する理由』という言葉が重なってきました。世界を滅ぼすほどの兵器の数々をただ隠すだけでは心許ない。決して持ち出されることが無いように見張っておく必要がある」

「罠を設置するだけではすぐに突破されちゃうからね」

「いくつもの迷宮を突破してきた人が言うと説得力がありますね」

「それは先生も同じじゃないのかな?」


 伝承の通りであれば、彼は魔族という異種族が作り出した迷宮すら突破している。

 そのことをからかってみたのだが、この十年間の遺跡・迷宮漬けの毎日を指摘され、先生は苦笑いをするしかなかった。


「とにかく、迷宮に仕掛けられたライフドレインの魔法によって我々侵入者から奪われた体力や生命力は、まず番人であるあなたの生命維持に使われる。そして残ったものがマナに変換され迷宮内に満たされていく、という形になっているのですね。」

「正解。たったあれだけのヒントから答えに辿り着けたのは先生が初めてだよ。奥にある物が兵器じゃなかったら御褒美に何か一つくらいはあげたい所だね」

「それでは御褒美代わりに一つ教えて下さい。なぜあなただけが番人になったのですか?」


 万全を期すなら人数は多いに越したことがないはずである。


「簡単な話だよ。まず一つは誰よりも僕が強かったので、僕一人いれば事足りたから。そしてもう一つ、僕にはここしか居られる場所が無かったから」

「居場所がない?」

「そう。魔王討伐の時の仲間たちはアンドリューだけでなく皆どこかの国や組織のいわば代表者だったんだよ。対して僕は飛び入り参加だった。で、魔王を倒すほどの力を持った人間がどこにも属さずにうろついていたらどうする?」

「危険視されるか、それとも利用しようとするか……確かに居場所はありませんね」


 必要とはされるだろうが、それが主の望む形であるとは限らなかったのだろう。


「そういうこと。皆と違って外でやるべき仕事が無い僕はここへ逃げ込んだという訳」


 何とも暗い過去であるはずだが、主はあっけらかんとした口調で言った。


「辛くはなかったのですか?」

「神様が言うには、生きることとは辛く苦しいことだそうだよ」


 はぐらかされた、と思ったが彼をここから連れ出すことができるわけでもなければ、彼の代わりに番人を務められる訳でもない。

 先生にはそれ以上強く言うことはできなかった。


「さて、あまり長くここにいると体に障る。外も落ち着いたようだし、そろそろお開きにしようか」


 言われて耳を澄ますと、小さく聞こえていた大勢が走り回る音が消えていた。


「また記憶を消すのですか?」


 ふと不安になり尋ねてみる。


「この迷宮の外で得た知識や記憶には関与できないよ。それに先生や先生の仲間たちは誰彼構わずに僕やこの迷宮のことを話したりはしないだろう?」

「そんなことはしませんよ!下手をすればこの迷宮をめぐって戦争が起きかねない!」


 信頼のこもった答えに嬉しくなり、つい大きな声になってしまう。主はそんな先生の様子に微笑みを浮かべたのだった。

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