第四話 三度目の対面
「やあ、先生。久しぶり、で良いのかな?」
「ええ。良いと思いますよ。何せあれからかれこれ十年も経ちますから」
返す先生の頭にはところどころ白いものが混ざっていた。
「そうか、もう十年になるのか……悪いね、ずっとここにいるから時間の感覚が薄くなっているんだ」
「構いませんよ。しかしその様子からすると、私の後にここまでたどり着くことのできた人間はいなかったようですね」
以前先生が予想した通り、迷宮の外には小さいながらも町が作られていて多くの冒険者たちが集っていた。
しかし、迷宮の最深部の話は誰からも聞くことができなかったので、おそらく辿り着いたものはいないのだろうと考えていた。
「外のあの子に負けて、意識の無い状態でなら何人かはやって来たね」
「それはたどり着いた内には入りませんよ」
思っていた通りの答えにそう言うと、二人して大声で笑った。
「そういえば先生の仲間たち、あれは一体何をしているんだい?」
主は意識を集中すると、部屋の外を覗き見るようにして言った。先生にはその光景を見ることができなかったが、今頃仲間たちは門番と一緒になって走り回っているはずである。
「ただ私を待っているだけというのも暇なので、門番と遊んであげているそうです」
「それは助かる。僕もいつもあの子の相手をしていられる訳じゃないから」
とんでもないことを言っているはずなのだが、主はごく普通のことのように答える。
「せっかくやってきた相手から殺意や敵意むき出しで向かって来られたら必死に抵抗するのは当然のこと。退屈しているから遊んであげれば良かったのですね」
「思った以上にいろいろと調べてきたんだね」
「彼らと一緒に大陸中を走り回りました。ちなみに門番の対処法は北端の遺跡で見つけました」
その言葉通りこの十年の間ほとんど家にいたことはなく、危うく空家として売りに出されるところだった。
仲間たちや冒険者組合の人間からは「いっそのこと冒険者になればいい」と何度も言われていた。
「それはそれは御苦労さま。ということは先生の仲間たちも、ある程度はこの迷宮についての事情を知っているのかな?」
「私が考え付いた仮説ならば、一通り話しています。どれくらい正解しているのかは分かりませんが、ね」
「そういう割には自信がありそうな顔をしているじゃないか。それじゃあさっそく答え合わせといこうか」
正答率は高くないと踏んでいるのか、主はニヤリと人の悪い笑みを浮かべて続きを促した。
今はそれでも構わない。直にその顔が驚きで満たされるのだから。
「まずは主さん、あなたの正体から参りましょうか。ズバリ今から六百とんで四年前に魔王を倒した英雄トラパ・オジョンですね。そしてこの迷宮に隠された兵器というのは魔王討伐に使用されたものだった」
「どうしてそう思うんだい?」
主の顔から笑みが消えた。
先生の考えが当たっていた以上に、最初から彼の正体というある意味一番の秘密に切りこんだことが効いたのだろう。
「世界を破滅させることができるほどの兵器が必要となればそれ相応の危機が迫ったときでしょう。まあ、平時であっても伊達や酔狂でそれらを作るものがいないとは言い切れませんが、その場合せいぜい一つか二つのはずです。対して、あなたは兵器の『数々』と言った。それほど多くの兵器が必要だった時期といえば、魔王との戦いがあった六百年前しかないはずです」
主は首肯して続きを促した。
「それらの兵器を隠さなくてはいけないと考える者といえば、その危険性を一番知っている、つまり実際に使用して魔王を倒した人々だと考えたのです」
「僕がトラパだとする根拠は?」
「魔王を倒した英雄のなかでその後の所在が知れないのがトラパだけだからです。子供向けのおとぎ話では苦しむ人々を助ける旅に出た、と書かれていますが、おかしなことにそれに該当する伝承は一切ありません。そのため最近の学説ではトラパとは公にできない人間の総称だったとするのが主流です。
しかしその割に伝えられているトラパの人物像は一貫しています。むしろ魔導師のミリエラやクレノ、ハン大僧正の方が矛盾点は多い。これについては魔術師ギルドや神正教会の利権が絡んでいるためでしょう。
結論として、トラパは魔王討伐後早い時期から人々の前に姿を現すことができなくなっていた、と言えます」
「おもしろい考察だけど、それじゃあ確たる根拠とは言えないね」
「はい。ここまでは私の仮説、というより推理でした。しかしそういう視点で見ると、案外近くに答えが隠されていました」
先生は荷物の中から古びた一冊の本を取り出した。
「聖アンドリューの回顧録です。世界を旅した記録ですが年代不明、書き手不明のため長らく空想の産物とされていたものです。最近、ハン大僧正が修道士時代に一時アンドリューを名乗っていたことが分かりました。そしてこの本の中の一節で、彼はあなたとこの迷宮について書き綴っています」
『暗く深い場所で在り続ける友へ』で始まるその文章は後悔と悲しみで満ちていた。
「『はるか南西の地』とも書かれていて、これは大聖堂のあるフフイマルクから見たこの迷宮の方角とも一致します。どうでしょう、間違っていますか?」
主は本に目を落としたまま、ゆっくりと首を横に振った。
「アンドリューの生真面目過ぎる所は治らなかったみたいだね……全く、君が悔やむ必要なんてなかったのに……」
「……彼が神正教会の改革に力を注いだのは、あなたをここから解き放つためだったのかもしれませんね」
結局その夢は叶うことはなかったのだが、彼以降数代にわたって改革は進められた。
そして二百年前の大戦が起こるまでの数百年の間、教会は世界の監視者として平和に寄与していくことになる。