第三話 秘密の暴露
「私の体に何が起きているのかを知っているのですか?」
思わず聞き返してしまったが、冷静に考えると彼はこの迷宮の主なのだから、そこで起きたであろうことについて知っていて当然だといえた。――おかしい。
つい先程の会話の中でも主は転移用魔法陣の停止と再起動に気付いていなかったではないか。
「つまり私の体の不調は、迷宮の根幹に関わっている……」
頭の中で組み上がった仮説が思わず口を吐くと、主の目が鋭さを増す。
「先生は本当に少ない情報から物事を構築する術に長けているね。まさにその通りだ。あなたの体の不調の原因はこの迷宮にあり、それこそがこの迷宮の存在する理由と言って良い」
今までのようにはぐらかすのではなく、正直に答えを告げられて驚く。
つまり現状は――主か先生か、それとも両方なのかは分からないが――それほど切羽詰まったものだと言えた。
「いったい私の体に何が起きているのですか?」
取り返しのつかない状況に陥っているかもしれないという恐怖を抑え込んで尋ねると、
「ああ、それは単なる疲労だよ」
何とも拍子抜けする答えが返って来た。
「疲労?毒か病気ではなくて?」
「そんな危険なものではないよ。だけど正常な判断力を奪うという意味では疲労も油断できないかな」
確かにここだけに限らず迷宮の、特に深部ともなれば一瞬の判断ミスが死に繋がってしまう。しかし長期にわたる迷宮探索において疲労は当然のものでもある。
「あえて言うということは、通常以上の疲労を引き起こす何かがこの迷宮には付け加えられているのですね?」
「当たり」
「はっきり言って不可解ですね。疲労しやすくなる仕掛けが施されているのに、脱出する機能が備えられている。さらに主は侵入者の命を救けている……これではまるで練習場ではないですか……!?」
言葉にするうちに何か閃いたのか、先生の顔が輝き始める。
「そうか!ここは冒険者たちの訓練場なのですね!疲労状態にすることで難易度を上げつつも脱出機能を使用すれば一定の安全性は確保できる!そうなのでしょう!?」
勇んで尋ねるも主はニコニコと笑顔を浮かべたままだった。
「……違うのですか?」
「さて、どうだろうね。おっと、今回も時間切れのようだね。先生の仲間たちが負けたようだ」
「そんな!?あれだけ対策を練っていたのに!?」
「敗因は僕が仕掛けた罠にはまってしまったことだね。前回には無かったものだし、これは仕方ない。むしろ僕との特訓でレベルアップしていたあの子を追い詰めたことの方が驚きだよ。先生、良い仲間を見つけたね。彼らは間違いなく世界でもトップレベルの冒険者たちだよ」
そんな高位の冒険者たちを手玉に取る主は一体どれほどの強さを誇るのだろうか?部屋を出ていくその後ろ姿に先生は薄ら寒いものを感じていた。
そしてその言葉をすぐには信じられず、さりとて真実を確かめに行く勇気も持てずに戸惑っていると、主は残酷な現実を連れて戻って来た。
仲間たちの姿はボロボロだったが、今回も彼の魔法により体の傷は全て治っていた。
「やはり皆、気を失っているのですね?」
「先生一人ならともかく、これだけの人数全てに意識を行き渡らせることはできないからね。不意打ちされて終わり、なんて格好悪いでしょう」
前回と同じならば、仲間たちの意識が無いのは一時的なものだ。そうした安心感があるために主の軽口に先生の顔にも笑みが浮かんでいた。
「それで、今度も私に魔法をかけるのですか?」
一転、真面目な顔になって問いかけると、主は腕を組んで悩み始めた。
「前と同じというのも芸がないね。だけど、言いふらされるのは困る……おっと、先生の疲労が限界を超えてしまうからあまり考えている時間はないな」
疲労の仕掛けは一定の負荷を与える類のものではなく、際限なく効き続けるものらしい。
いずれは疲れ果てて床に突っ伏してしまうことになるのだろうか。そして魔物たちの餌食に……先生は慌てて頭を振って嫌な想像をふき飛ばした。
当の主はというと、まだどうするか決めかねているようだ。
「そうか、話せないようにしてしまえば良いのか」
結局、主が結論を出したのはそれからしばらくしてからのことだった。
大して長い時間ではなかったはずだが脅されたせいか、先生はそれまで以上に消耗してしまっていた――まあ実際の所、迷宮の魔法により疲れさせられていたのだが。
「なんだか物騒な感じに聞こえるのは私の気のせいでしょうか?」
「物理的に何かしようという訳ではないよ。だけどある意味物騒だろうね」
「どういうことですか?」
「この迷宮の秘密を一つ教えてあげるよ。つまり先生には僕たちの共犯者になってもらう」
突然の申し出に驚くと同時に、主の言い回しの不吉さに頭の片隅で警鐘が鳴らされていた。しかし、
「秘密を知ることができるのであれば望むところです」
好奇心には勝てず、半ば反射的に答えていた。
「先生のその決断の速さは好感が持てるね。さて本題だ……この迷宮、具体的言うとこの奥の部屋に隠されているのは世界を滅亡させることができる兵器の数々だ」
「兵器?魔法ですか?」
先生はかつて危険すぎるために『禁呪』とされた魔法があったと、ものの本に書かれていたのを思い出していた。
そのため主が言う兵器もそうした『禁呪』に指定された魔法ではないかと考えたのだ。
「魔法ならまだましだったのだけどね」
しかし、先生の問いかけに主は首を横に振りながらそう答えると、大きくため息をついた。
「ここにあるのは誰でも使うことができる、魔法が込められたいわゆるマジックアイテムというやつさ」
「誰にでも使える……?」
「そう。倫理観が壊れたような連中でも、世界を滅ぼすことに執着しているような人間でも、それこそ生まれたばかりの赤ん坊でも原理的には使用可能だね」
全くもって理解できない、まさに狂気の沙汰である。主との会話は驚くことばかりだったが、今回はそれまで以上の驚きの内容だった。
「どうしてそんな危険なものが存在しているのですか?」
「教えるのは一つだけという約束だよ」
約束というか、主が一方的にそう言っていただけなのだが、話の主導権は向こうにある。これ以上問いただしても答えてはくれないだろう。
「確かにこの秘密は物騒ですね。しかも不用意な一言から世界を滅ぼしかねないから黙らざるを得ない。しかし、なぜ『共犯者』なのですか?」
それでも疑問思ったことがつい口を吐いて出てきてしまうあたり、先生は根っからの学者であるようだ。
「おっと、教えてくれる秘密は一つきり、でしたね」
「そういうこと。まあ、頑張っていろいろ調べてみてよ。次回来た時にでも答え合わせをしてあげるよ」
「簡単に言ってくれますね。私ひとりではここまで辿り着けないから、彼らを説得しなくてはいけないというのに……」
そのことを考えると、今から気が重くなる。意識のない仲間たちを見て、今度は先生が大きくため息をつく番だった。
「あっははははは。それも含めて頑張って、という所かな。それじゃあまた会える日を楽しみにしているよ」
魔法陣が動き出す直前に見えた主の顔は悪戯を思いついた子どものように見えた。