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第二話 二度目の邂逅

「おや?先生じゃないか。まさか本当にまたやって来るとは思わなかったよ」

「ええ。あの門番にリベンジすると皆が乗り気だったので、説得する手間が省けました」


 先生の言葉に主は笑い声をあげる。


「さすがはここまでやって来る冒険者たちだね。一度の負けくらいではへこたれないか」

「前回の敗北をふまえて、いろいろと研究していたようです」

「ふむふむ。それならこちらも手を加えておいて正解だったようだね」

「手を加えた!?どういうことですか!?」


 今度こそ仲間の勝利を信じていた先生が驚きの声を上げる。


「あの子は僕と特訓をしたのさ。だから以前よりは強くなっているはずだよ。ついでに周りに罠を少々仕掛けてみた」


 まさか勝った相手が対策を練ってくるとは思ってもみなかった。しかしそれ以上に重要なのは、目の前のこの男が外にいる門番以上の強さを誇る――彼の言葉を信じるならば――ということである。

 おそらく自分では全く歯が立たないであろう。前回戦うことにならなくて本当に良かった、と先生は心の底から思った。


「それにしても、よく先生だけこちらに来ることができたね?しかもよく見ると無傷だ」


 前回は門番と闘う仲間のサポートをしていたのでいつの間にか傷だらけになっていたのだが、主が指摘したように今回は全くの無傷であった。


「門番との戦いに参加せずに私だけ先に奥に進めるように、仲間たちと取引をしたんです」

「取引?」


 胡散臭い物言いに主が怪訝な顔をする。


「正確には彼らへの特別報酬のお礼です。主さん、前回私にこの迷宮には各階層に脱出の魔法陣があることを教えてくれましたね。それを発見した功績を彼らに譲ったんです」

「発見?あれは昔から設置してあったはずだよ。回収した覚えもない」


 どうやら魔法陣について、主と先生たちでは認識にズレがあるようだ。


「魔物が迷宮の外に出ないように近くに魔物がいると作動できないようになっていたのではありませんか?二百年前の大戦期に魔物が大繁殖してしまったために魔法陣が動かなくなっていた、と考えられます」

「そういえばそんな機能がついていたよ。確かにあそこまで魔物が増えていれば魔法陣の探知範囲のどこかには引っ掛かってしまうだろうね」


 主は納得したのか、ポンと一つ手を打った。


「変わった仕草ですね。理解したと解釈してもよろしいですか?」


 しかしその行動に馴染みのない先生がそう尋ねると、


「あれ?今はこういう動きをしないのかい?……時の流れを感じるねえ」


 感慨深そうにどこか遠くを見つめるような眼をして呟くのだった。少なくても二百年、普通の人間ではまず生きることのできない歳月である。それをなしえている彼は果して幸福なのか、それとも不幸なのであろうか。


「そういう訳で第一階層の魔物を片端から倒して回った結果、第二階層へつながる階段の近くにあった魔法陣を動かすことができました」

「おお、お見事!最近上の方が騒がしかったのはそういう理由だったのか」

「はい。今冒険者たち総出で第二階層の魔物掃討作戦が行われていますから、近々魔法陣が動くと思います。ただ、第三階層以降は魔物の強さがケタ違いになるので魔法陣の作動は難しいでしょう」


 先生の仲間たちによれば、中堅どころの冒険者ですら苦戦する魔物たちとのことだった。


「それに倒し損ねた魔物が再び増えていく可能性もありますし、外から新たにやって来るものもいるでしょう。結局のところ新米冒険者にとっていい腕試しの場所ができただけかもしれませんね」

「つまりは大勢が入れ替わり立ち替わりやって来るという訳だね」


 楽しそうに尋ねてくる主に、先生は首をすくめて同意した。


「冒険者たちの情報網は侮れませんから。第二階層の魔法陣が動き出して安全性が高まれば、これまでの数倍の人出になると思います」


 加えて、時間と金を持て余した貴族連中が冒険気分を味わおうとやって来ることだろう。そうなれば彼らの金目当てに商売を始める者も出てくるはずだ。

 やがてこの地には迷宮を中心とした町が生まれることになるかもしれない。


 しかし、そんな先のことはどうでもいいことだ。

 主には例の魔法を解いてもらわなければならないし、何より聞きたいことが山ほどあるのだ。


「だけど、どうやって仲間に魔法陣のことを伝えたんだい?ここでのできごとは誰にも言えないはずだよ?」


 そんな焦りを見抜いたのか主が問いかけてきた。出鼻をくじかれる形になった先生は不満げな表情をしつつ答えた。


「あなたがかけた魔法は『ここで起きたこと』を話せなくすることでした。だから私は魔法陣のあった場所を『あそこ』だと解釈することで魔法の束縛から逃れられたのです」

「まるで子供の屁理屈じゃないか?そんなことで魔法の効果がなくなるとは思ってもみなかったよ」


 彼はしばらく唖然とした後、心の底から感心していた。


「あの魔法は催眠術や暗示に近いものがありました。そしてそれらの技の肝は、かけている相手に悟られないことです。にもかかわらずあなたは私に魔法をかけたことを言ってしまった。だから私は認識をずらすことで対応できた、という訳です」


 と、先生はいかにも簡単なことのように言ったが、実はそれができるまで相当な時間がかかっている。

 それまでの間、どうやって助かったのかを尋ねてくる仲間たちには「無我夢中だったので記憶が曖昧。思い出すまで待って欲しい」と苦しい言い訳をしていた。


「さすがは学者さんだね。約束通り前回かけた魔法は取り消すよ」


 主が手を叩きパンと小気味いい音を立てると、見えない何かから解放されたように感じたのだが、迷宮に入った頃から感じていた体の重さは消えずに残っていた。

 てっきりこれも魔法の影響であろうと思い込んでいたので、先生は不思議に思った。


「もしかして体の調子が悪いのかい?」


 そんなとき、まるで見計らったかのようなタイミングで主が問いかけてきた。

 心の中を覗き込まれていたようでゾクリと背中に冷たいものが走る。先生の引きつった顔を見て主は「やっぱりか」と呟いた。


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