表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

第一話 最初の遭遇

長かったので数話に分けました。

改めてよろしくお願いします。

「知力が三十!これはまたずいぶん高いな。だけど魔力が十四。これじゃあ初歩的な魔術しか使えないか。ふむ、そうすると魔術師ではなく学者さんかな?しかし、体力と生命力が低いなあ!」


 そこまで言うと男は振り返る。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。


「よくここまで来られたね。運が良いのか、それとも悪いのか?ただ単に雇った護衛が優秀だったのか?」


 その言葉に釣られるようにして視線の先の暗がりから別の男が現れた。

 その姿を一言で言い表すのならば、まさに満身創痍。服はぼろぼろで全身を大小様々な傷が覆っていた。


「後者ですよ。彼らは本当に優秀だ。私という足手まといがいなくなった今、あの門番を倒すのも時間の問題でしょう。ちなみに学者だというあなたの推察は当たりです」


 しかし、目と口はまだしっかりしているようだ。


「それは楽しみだ。でもこのままでは彼らが辿り着くよりも前に、あなたの命が尽きてしまいそうだね、『先生』」


 先生と呼ばれた男はとっさにナイフを抜く。

 護身術と言うのも憚られる腕前だが、ここまで連れて来てくれた皆のためにも、何もせずにやられる訳にはいかない。


「いい覚悟だ。せめて苦しまないよう一思いにやってあげるよ」


 男はそう言うと右手に力を込めて先生に向けて差し出した!

 恐怖のあまり身を固まらせて、避けることもできずにその力を受けてしまう先生!


 次の瞬間、その体を覆っていた数々の傷がすっかり癒えてなくなっていた。

 しかし当の本人は自分の体に起きたことに頭の理解がついていかず茫然としていた。


「あの傷のままでは本当に死んでしまいかねなかったからね。勝手に治癒魔法をかけさせてもらったよ」


 先生の顔がよほど面白かったのか、男は大笑いを始めた。

 ひとしきり笑い終える頃には先生も冷静さを取り戻していた。


「なぜ私を助けるような真似をしたのですか?そもそもあなたは何者なのです?どうして失われた治癒魔法が使えるのですか?」


 冷静さと一緒に持ち前の好奇心も取り戻してしまった先生が矢継ぎ早に尋ねると、男は苦笑しながら落ち着くよう手で促した。


「順番に答えていくから焦らない焦らない。まずは、そうだな……自己紹介から始めようか。僕は訳あってこの迷宮の主をしている者だ。アルジでもヌシでも好きに呼んでくれてかまわない」


 男、主の応答に疑問が募る。


「それは一体どういう……」

「ストップ。一応僕の方は答えたんだ。今度はあなたの番だよ」


 質問を止められ、先生はしぶしぶ自己紹介を始める。


「最初にあなたが指摘した通り、私は学者です。今は貴族の子弟に勉強を教える傍ら、実績作りに冒険者の真似ごとをしています。そうそう、呼び方は先生のままで結構ですよ、主さん」


 自分と同様に名を明かさない先生の返しに、主はニヤリと笑みを浮かべた。


「了解した。それじゃあ次の答えに移ろうか。なぜ魔法が使えるのか?それは使えるから、としか答えられないね」

「ありえない!魔法は先の大戦で失われたはずです!」


 約二百年前に起きた世界のほぼ全てを巻き込んだ大戦において大気中を漂うマナが枯渇し、マナを基にしていた魔法は消滅した。

 それから多くの人々の努力の末に現在では個人の体内にある魔力を基にした魔術が広まっているのだが、それは魔法の劣化版に等しいものでしかなかった。


「確かにあれには驚いたね。そのせいで迷宮に来る人もいなくなってしまったから魔物が大繁殖してしまったよ」

「魔物が!?」

「言っておくけれど、持ち込んだのは冒険者たちだよ。主人をなくして野性化したのが今いる魔物の大本さ」


 彼の言うことを信じるならば、この迷宮は少なくとも二百年以上前から存在し、その当時から多くの冒険者に挑まれ続けていることになる。


「二百年以上も誰にも踏破されていない迷宮だなんて……そんなことありえるのか……」


 確かに起源不明とされていたが、想像以上の歳月に先生は驚きを隠せないでいた。

 しかし落ち着いてくると、そんな難攻不落な迷宮の初めての踏破者となれるかもしれない、という欲が出てきた。


「ああ、残念だけれど先生もここで終わりだよ」


 その欲を見透かしたかのような主の言葉にギョッとする。


「単純に時間切れさ。外にいる先生の仲間たちがうちの子に負けたんだ。このままだと死んでしまうからね。手当てをしてあげないと」

「私だけでなく、彼らにも!?なぜそんなことを……?」


 部屋の外へ向かう主に問いかけるも、答えが返ってくることはなかった。

 しばらく呆然と立っていると、先生の仲間を引き連れて戻って来る。


「皆!大丈夫ですか?」

「今は意識がないから話しかけても無駄だよ」

「意識がない!?それも魔法なのですか?」

「そう。……おっといけない、喋りすぎたな。久しぶりのお客さんで口が軽くなっているようだ」


 久しぶりということはかつてここまで来た者たちがいるということに他ならない。そんな失言をする所からしても、口が軽くなっているというのは本当のことのようだ。


「これ以上は本当にまずそうだね」


 考え込む先生の姿に苦笑する主。どうやら彼も自身も失言に感づいたらしい。


「悪いけれど早急にお引き取り願おうか」


 その声に呼応するかのように部屋の隅で魔法陣が輝き出す。その形に先生は見覚えがあった。


「これは……各階層に置かれた魔法陣と同じ……いや、少し違うな」

「迷宮の各階層に描かれた魔法陣は全て、迷宮の外への一方通行になっているんだ。あれはさらにここでの記憶を消す効果が付け加えられているね」

「迷宮の外に!?どうしてそんな機能……」

「悪いけれど、それには答えられない」


 言葉を断ち切り、主は魔法陣を指差した。


「話は終わりだよ。彼らを連れて帰っておくれ」


 その瞬間、先生は強い喪失感を覚えた。このまま彼に従えば迷宮の謎を解き、さらには重大な秘密を知る機会が永遠に失われてしまう。


「嫌だ……」


 気付けば自然と言葉が口からこぼれおちていた。主はといえば、その答えを予想していたようで「ふぅ……」とため息をついていた。


「学者さんだからもしかしたらそう言うんじゃあないかとは思っていたよ。あまりこういう方法は使いたくないけれど仕方がない。いいかい、先生。どうあっても言うことを聞かないというのであれば、彼らにも害が及ぶことになるよ?」


 主は突っ立ったままになっている仲間たちを指差した。


「なっ!?ひ、卑怯だぞ!」


 ここまで不気味に思えるほど親切だった主の手の平を返すような発言に、思わず罵声が口をついてしまう。


「先生が従わないなら彼らの記憶を完全に消して、さらに世界中のどことも知れない場所にばらばらに放りだすよ」


 どちらも先程聞いた魔法陣の効果の応用と言える。つまりははったりの類ではないということだ。先生は迷っていた。

 これまで何度も冒険者に護衛を頼んできたが、彼らのように気が合う連中は初めてだった。さらに、迷宮の最深部まで自分を連れてくる腕前もある。そんな力量のある一団を自分の我が儘でこの世から消し去ってしまっても良いのだろうか?


 しかし、迷宮の秘密も捨てがたい。

 迷っているうちに時間だけが過ぎていった。激しく悩んでいたためか体が重くなってきた気がする。そんな先生の苦悩する姿についには主が折れた。


「分かった、分かりました!先生の記憶は消さないでおくよ!」

「本当ですか!?」

「だけど条件がある。一つは今日のところはこれで帰ること。そしてもう一つ、ここでのことは誰にも言わないこと」

「そんな!?誰にも伝えることができないのならここに来た意味がない!」


 思いもかけない譲歩に喜んだ直後なだけに、主の条件は受け入れがたいものに感じられた。


「これは譲ることができないよ。既に先生には誰にも言えないように魔法をかけてある。ただし、ここに再び来ることができたなら、その魔法を解除しても良い」

「また来ても良いのですか!?」

「来ることができるのならね。この迷宮は何者も拒まない」

「必ず来て見せます!そしてこの迷宮のことを世に広めてみせます!」


 子どものようにはしゃぐ先生に、主は苦笑をもらす。


「本音を言えば、普通は知ることができないことを知り得たのだから、それで良しとしてもらいたいのだけれどね」


 とはいえ学者としての、いや人間としての未知なるものへの探求心がそう簡単に消えるものではないことは分かっていた。


「それではひとまずのサヨナラだ。また会える日を楽しみにしているよ」


 魔法陣が動き出す直前に見えた主の顔は少しさみしそうにも思えたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ