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 肉体を削ぐように金属が迫ってきた。

 頭髪を千切り、風に舞い散る粒子となった。

 剣術を極めた者は肉体も鍛え上げている。

 候国随一の剣の実力者達の戦いは思わぬ形で終わった。

 ラウルと向き合い、剣を中段に構えていると、背中に熱いものを感じた。

 熱さが痛みに変わるのはすぐだった。

「斬ったのか?」

 ラウルが唖然とした顔をして、憤った表情を浮かべた。

 良い勝負を邪魔されて怒っているようだ。

 俺も同じ気持ちだった

「何でこんな事をしたんだ」

 後ろにいたのは亡き妻の兄だった。

「理由が分からないのか」

 義兄がそれをする理由は分かった。

 だが、そんなに俺が憎かったのは知らなかった。

 気づいた頃には踵を返して、妻の身体に流れた血を持つ兄に迫った。

 あちらへ行ったら妻に何と言い訳をしようか?

 ラウルが自らの武器を投擲して、俺の義兄の手を貫いた。

 ラウルが一斉に飛びかかられ地面に抑え込まれた。

「妹の仇だ。婿殿」

「馬鹿なことは止めろ、二人とも」

 誰かが俺達を制止する声が聞こえた。

 そんなに憎かったのか。

 俺はただあの人が好きだっただけなのに。



 あの人に出会ったのは、俺が十歳の頃だった。

 年齢別の武術大会で俺は優勝して、美しき女性に冠を授けられた。

 成り上がりの騎士の娘と聞いていたが、今まで見たこと無いくらい美しかった。

「よく頑張ったわね」

 そう言って俺の頭を撫で、頬に口付けをしてくれた。

 彼女は俺よりも十歳上でとても美しかった。

「お願いがあります」

「なぁに?」

 美しき女性は俺の言葉を待った。

「結婚してください」

 女性の表情がほころんで、とても美しい笑みを浮かべた。

「君が大人になる頃には、私はおばさんよ」

「好きになるのに年齢なんて関係ありません」

「良い心がけね。でも私だって婚約相手がいるのよ。ごめんなさいね」

 彼女は一年後に結婚した。

 嫁に行くのには少し遅かったが、親が苦心して選んだ相手だったので地位も名誉も何もかも持っている位の高い貴族だった。

 彼女の家からしたらかなりの良縁だった。

 彼女が結婚しても俺は腐らずに剣術を研鑽した。

 帝国やその周辺国を旅して、剣術を磨きにかけていた時も、絶対に俺は彼女と愛し合うことになると思っていた。

 剣術仲間に女性を紹介されても断った。

 馬鹿と言われたが、この確かな恋心を無視できるほど大人ではなかった。

 青春といえることは殆ど無かったが、彼女が俺の青春だった。

 成人する前に、彼女が離縁したことを聞いた。

 子供は一人できたが流産したそうだ。

 離婚の理由は良く聞いていないが、彼女は元夫のことを悪く言わなかった。

 自分が惨めになるから――そう言っていた。

 二人はそれぞれ独りだったから、やがて恋仲になった。

 彼女の家族達からは反対され、彼女も最初は迷っていたが結婚してくれた。

 流行り病で死ぬまで俺達は良い夫婦だった。

 彼女の遺品を整理しているときに、彼女の離婚の理由を知った。

 俺が子供の頃に彼女に告白していたことが離婚の遠因になったそうだ。

 告白したときには子供だったが、俺は候国では随一の剣術家になっていた。

 それは貴族の夫の嫉妬を買ったそうだ。

 夫婦関係は冷めていくもしばらくして妊娠した。

 だが夫は自分の子供とは思わなかったそうだ。

 だから病死させた。

 彼女は亡骸になった赤ん坊を突きつけられて精神を壊された。

 実家からは夫婦関係を直すように言われ、夫からは陰湿な虐めを受け続けた。

 離婚する直前、彼女は精神が壊れたままだった。

 その後、俺と再会したときに、世界が戻ったと日記に書いてあった。



「お前がいなければ、俺達は貴族になれたはずなんだ」

 周りが遠巻きに俺達を止めようと叫んでいた。

 俺は何も言わずに、義兄の隙を待っていた。

 俺と義兄では実力差がある。

 怪我しているとしても、俺の方が断然有利だった。

 手加減するつもりだった。

「あいつもあいつだ。女は男の道具だというのに、なりきれなかった」

 道具……?

「撤回しろ! その言葉は許せない」

「何が?」

 わざと言っているのか?

「俺との実力差は分かっているはずだ」

「俺は俺の価値観で生きてきた。今更撤回する必要も無い」

 義兄は剣を構えた。

 お互い斬り抜けた。

 

 


 何故だろうか。

 何故、俺は相打ちになったんだろう。

 まさか利き腕の右手首を負傷するとは。

 義兄の右足にも深い切り傷を与えたが、こちらが負傷するとは考えていなかった。

 怨念の篭った一撃だった。

 周囲の取り巻きたちが一斉に俺を襲ってきたので逃げた。

 周りも義兄の仲間をしていたようだ。

 ラウルはそのまま連行されていたが、申し訳ないが俺には助ける力は残っていなかった。

 逃げた先に、水かあった気がする。

 落ちた感覚があった。

 最後は溺れるのか。

 だったら斬り死んだ方が良かったかもしれない。

 頭が撫でられている。

 誰だろう?

 彼女は天国にいるのだろうか。

 迎えに来てくれたのかも知れない。

 柔らかいものが唇に触れた。

 途端――苦しみが訪れ、一気に解放された。

「本当だ。本当に蘇った」

 旅商人の格好をした男が騒いでいた。

「私も初めてだから驚いた。でも助かってよかった」

 美しい少年が俺に唇を外した。

「人工呼吸……覚えておいて良かった」

「ここは?」

「動かないで大怪我だから」

 美しい少年はまだ声変わりしていないのだろうか、女性のような声でそう言った。

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