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妹視点
姉さんは捕まらなかった。
城下町では兵士たちが隅から隅まで探しているようだけど、もう手の届かない範囲に移動しているのかもしれない。
私は兵士と育ての母に何度も詰問されたが、曖昧な答えをした。
賢く思われるより、馬鹿に思われた方がやりやすかった。
周囲から呆れた顔をされた。
私は城に戻され、姉さんの部屋に幽閉された。
服を着たままベットに寝そべるといやな空気に気づいた。
城の中で人と人の感情の衝突が巻き起こり、螺旋しながら降り、冷えた底で渦巻いている。
怒り狂う前のきな臭さを感じる。
私はいつも育ての親に逆らわないように、怒らせないように、腫れ物を触るように生きてきた。
知識とか物事とかは知らないけど、場の空気は手に取るように感じることができた。
知識がない代わりに六感が発達しているのだろうか?
きな臭さをくぐり抜けるように嫌な空気が流れてきている。
城の中、鍵穴を潜り、私の体に巻き付いてきた。
逃げなくては。
廊下への扉は鍵がかかっている。
窓を開け、外壁の様子を見た、手掛かりと足掛かりはあるが私の体力では無理だ。
それでも、外に出なければ。
窓台に足を掛け、体を伸ばして外壁の取っ掛かりに手をかけた。
ばんっ、扉開く音がした。
背中が冷え、嫌悪感の塊が飛んできた。
死んだ方が。
手を離した時、空に浮いた気がした。
手首が掴まれ、部屋の中に戻された。
豪族の一人息子だった。
帝国を裏切ろうと、帝国各地で新興勢力が勢いを増していた。
この候国では目の前の豪族が新興勢力だった。
力で成り上がってきたが、ここ数年は流通を牛耳じるようになり力を増してきた。
ひとみが燃え上り、わたしはゆかに組み伏せられた。
背中に痛みが走り、姉さんの服が上から下に裂かれた。
一瞬のことだったので恐怖より、姉さんの服が壊された怒りが勝った。
力任せに逃げようとすると、背中からのし掛かっていた重みが消えた。
「猿が」
いつの間にか入ってきた魔女が、豪族の息子を蹴り転がしていた。
「邪魔をするな」
「邪魔?」魔女がく、く、く、と笑った。「それを言うのはこの口か」
げしげし、と魔女は豪族の息子を蹴り続けた。
体格差があるので魔女は不利のはずなのだが、豪族の息子は立てないようで蹴られる一方だった。
「止めろ。止めてくれ」
「お前に習って弱い者虐めをしているだけだ。これは愉快だな」
「もう、良いよ。止めて」
豪族の息子の顔から血だらけになっていた。
「優しいな。女を虐げることしか知らない猿を教育するのは世間の為ぞ?」
魔女はそう言ったが、蹴るのを止めてくれた。
蹴るのをやめると、豪族の息子は歩けるようになり、転がりながら逃げていった。
「あれが有力者の息子じゃなかったらな」
魔女は残念そうに笑った。
「さあ、お嬢さん。着替えの時間だよ」
その言葉を聞いた途端、血の気が引いた。
アレだけは嫌だ。
「いや、止めて」
「駄目よ」
魔女の両眼を見ると、吸い込まれるような気がした。
「さあ、着なさい」
昨日、魔女から説明された服は美術館に飾られていた逸品だったそうだ。その着用者は帝国唯一の女帝が着ていたもので、作り上げた服飾家は一国が買えるほどの報酬を貰ったとされた。その後、着用するものがいなかったのは、着用したものが次々に精神を病んでいったためであり、教会から呪物と認定された。
「さあ、早く」
私の意識は飛んでいた。
姉さんの服を脱ぎ、魔女から渡された黒いドレスが私を包んでいく、着脱は縫い糸を外すしか無く、着た途端に背中の方で糸が動いていた。
「仕立て直した甲斐があったわね。女の私が惚れ惚れするほどよ」
糸が動いていく、真っ黒な糸がちくちくと。
「それは私の妹の髪で紡いだ糸よ」
「着たくない」
私の意識が飛んだ。
ぱっ、目の前が明るくなり、私の身は漆黒のドレスで飾られていた。
手の甲、手の平を見た。
「戻ったわ」
魔女はいつの間にか居らず、鍵も空いていた。
玉座の間まで歩いていると、育ての母がいて、私を見ると奇声をあげてきた。
また何か気に入らないことがあったのだろうか。
「またこんな朝遅くに起きたの! いつになったらマトモになるんだい!」
睨んだ。
育ての母はその場で腰が砕けた。
横を通り、
「黙れ」
私は言った。
玉座の間では、私抜きで色んな政治の話をしていた。
私は傀儡だ。
だから無視しているのだろうが、あからさま過ぎて反乱者たちの底が知れた。
私が玉座に座ると、嫌な顔をされた。
「何か?」
ごくり、生唾を飲む音が聞こえた。
それは恐怖の仕草だった。
転瞬、私に向けて矢が飛んできた。
奥の柱の影からだった。
私は右から左へと視線を動かすと、なぜか矢は逸れてしまった。
「しまった。外したか」
姉さんはない派の兵士たちだろう。
捕まる前に第二矢が飛んできた。
これが刺されば終わりだろうか。
矢はまっすぐ飛んできた。
目の前で剣が振り下ろされ、矢が叩き落とされた。
ラウルだった。
隣の兵士から剣を奪い、私を守った。
「余計なことを」
「そう簡単に死を選んではいけません」
ラウルの真心が沁みた。
だが、私は憎しみに支配されていた。
私はまた、姉さんを憎しみ始めていた。
妹視点終わり






