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鏡の世界に迷い込んだように、私の眼の前には『私』がいた。
「双子だからかな、何となくいる場所が分かったよ」
『私』は私のお気に入りの服を着ている。生地は艶やかな光沢を放って輝いていた。『私』は私の服を完全に着こなしている。ドレスは肩から始まる襞が腰まで通り、霧散するように広がっている。全体的に丸みの帯びたシルエットになっているが、肉体と服が調和していて流線型の美も拡張されていた。襟元はデコルテを大胆に見せているが、卑しさはなく洗練された雰囲気が出ている。スカートは淡い三色の色違いで重ねてありボリュームを作ってある。スカートの内側からスクレット、フリポンヌ、モデストと呼び、それぞれ秘密、浮気女、淑やかな人と言った意味がある。
私は頭を振った。
思考が勝手に現実逃避をして、服のことばかりが気になった。
落ち着いて。
自分の心の中で言い聞かせると、少し気が楽になった。
「あの群衆の中でも姉さんをすぐに見つけたよ」
『私』の言うことは正しいのかも知れない、彼女はバルコニーから群衆の中にいる私を見つけた。
それは視力の良さとかではなく、もっと別の力によるものだろう。
やはり私達は双子なのだろうか。
双子の奇妙な話はよく聞いたことがある。
存在を感じるということは、双子にとって特別なことでは無いのだろうか。
「姉さん、と言っても本当はどっちが先に産まれたか分からないみたいだけどね」
『私』は滔々と語るが、その言葉は跳ねていて楽しそうだった。
「あなたは何をする気なの?」
私が言った。
「私は何もしていないよ。私はただの傀儡、私は利用されることがあっても利用することはできないわ」
傀儡、その言葉が冷たく響いた。
「私が望んで姉さんの地位を奪ったと?」『私』は鼻で笑ってから「そんな実力、私には無いよ」
「だったら誰がこんな訳のわからないことを?」
魔女裁判から始まった一連の出来事に、私はただ流されるだけだった。
その一方的な流れに終止符を打てるかも知れなかった。
「それは言えないわ。これでも色んな人の命がかかっているのよ。その人達が危険になることは嫌なの」
髪をかきあげる仕草が鏡を見ているようだ。
「だったら何で私の前に現れたの?」
「さあ、なんでだろ」
すっと、『私」は無造作に近づいてきた。
皇太子から貰った懐刀に一瞬意識が行ったが、すぐに思い止まった。鏤刻された刀身は美しく、戦いにはそぐわなかった。皇太子はこれを護身用にくれたのかも知れないが、美しき芸術品に暴力性は皆無だった。
それに私には人を傷つける度胸が無い。
私は目を瞑り、次に来るものを恐れた。
無音、温かさに包まれた。
私の顔の横に『私』の顔があった。
眼から涙の玉が落ち、私の肩が濡れた。
「会いたかったよ。たった二人だけの双子だもんね」
私はすっかり面食らってしまった。
言葉すら失っていると、
「でもね、姉さん。私は姉さんのことを愛しているけど」『私』の眼に私の姿が映っていた。「殺したいほど憎いわ。姉さんは私が受けるはずだった恩恵を全て奪ったわ。それを知らなかったのは分かる。でも、それでも、私は憎しみを止められないの」
愛憎。
その言葉が脳裏に浮かんだ。
「子供の頃、姉さんが側にいたら楽しかっただろうな」
『私』はくるりと反転して、屈み、花を見つめた。
ナルシス。
植物園には色んな花が咲いていた。
ナルシスは香水の原料になり、香水は花そのものの香りにとても近かった。
「なんの花?」
『私』が聞いてきた。
知らないのかな?
と、思い教えると、次々に聞いてきた。
そしてその意図がやっと分かった。
花には近くの地面にそれぞれの名称が書かれたプレートが飾られていた。
『私』はそれに気づいていたはずだ。
つまり名称は読めば分かったはずだ。
だけど、聞いた。
「もしかして文字が読めないの?」
「うん。私は何も教えて貰わなかった。文字くらい教えてくれても良いと思わない?」
『私』は悲しそうに笑った。