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 建物の中に入ると、極彩色の光が床に落ちていた。

 計画性のない建物の乱立で産まれた小路を通ってきたけど、小路で日の輝きが分かるのは狭い空しかなかった。

 この建物の中には鮮やかな陽だまりがあった。

「屋根に硝子ガラス?」

 教会のステンドグラスの縮小版が、建物の屋根の中心に嵌め込まれていた。

 複雑な色をした光の束を降り注ぎ、石造りの床が花園のように輝いた。

「綺麗ね」

「お嬢ちゃん、お目が高いね。この天窓は候国一の職人の芸術品さ」

 サウロが言った。

「へえ、親方の作品なの?」

 私が言うと、

「違う。俺のだ」

「お前のかよ」

 ラウルが笑窪えくぼを絶やさずに言った。

「そうだ俺のだ。悪いか」

「雨の日は雨漏り三昧だ。未熟者め」

 親方がいうと、

「それは屋根との納まりが悪いだけだよ。親方」

「嵌め込んだのは、お前じゃないか」

「俺は大工ではない」

 サウロは胸を張って言った。

 親方は深い溜息を吐いた。

「ところで何のようだ。その美しいお嬢ちゃんと何か関係が?」



 ラウルがサウロに修行のたびに同行したいと言って、すぐに出発して欲しいと言うと、

「何で、俺がそんなことしないといけないの?」

 当然の疑問だった。

 私が候国の令嬢とは言えない、私の代わりの『私』が何をするか分からないけど、『私』の正体が明らかになる種を放って置くはずが無かった。

 サウロに協力してもらうとしても、知らず知らずのうちに協力してしまった――という話の流れにしたかった。

「ノーヴィザンチに行くまでで良いんだ」

「そんな事を言っても、ほとんど用意をしていないしさ」

「用意が無いのは旅費だけだろ。遊ぶ金と言う名の旅費」

 親方が指摘すると、サウロは頭を掻いた。

 親方の視線は私の顔に止っている。

 気付かれたかな?

 でも、この人なら大丈夫――という感覚があった。

 直感には何の理由も無いけど、何故か信じられる気がした。

「せっかくの旅なんだから、少しぐらい遊びたい……」

「報酬なら」

 私が宝飾品を出そうとすると、ラウルが止めた。

「サウロ、俺はお前にいくつも貸しがあるだろ?」

「星の数ほどあるな」

「旅をするフリをして、ノーヴィザンチに一緒に行くだけで良いんだ。頼むよ」

 サウロは浅く頷いた。

「ああ、分かった。色々あるんだな。事情は聞かないよ」

「ありがとう」

「親友だろ」

 サウロの底抜けの明るさと、ラウルの抑制された笑い顔が印象的だった。



 サウロは動くと早く、ある程度の準備をすると、旅装を整えた。

「早いな」

「急いでいるんだろ」

 サウロはすぐに城下町の騒々しさに気付いた。

 私の顔をチラリと見ると、満面の笑みを浮かべた。

「な、何?」

「彼氏はいますか?」

 ラウルがサウロの後頭部を小突いた。

「止めろ」

「良いじゃん。相手がいないなら俺にもチャンスはあるだろ」

「だから止めろって」

 幼馴染の二人の会話は弾み、私は会話に入れなかったけど、仲の良い雰囲気が心地良かった。

「そうだ。何か武器を持って来てくれたか?」

「あのなぁ、さっきも言ったけど、俺は商人だよ。あるのは台所から持ってきた使い古しの包丁ぐらいだよ」

 ラウルが受け取ると、

「ありがとう。使ったら返すよ」

「いらないよ。嫌がらせか?」

「返しに、会いに行くって意味だよ」

 ラウルは立ち止まって踵を返した。

「さすがだな。音をたてずに追っていたのに気付いたか」

 大男が三人が真っ黒なインバネスコートを着ていた。

 特徴の無い姿をしているので、誰の手のものか分からなかった。

 三人の後ろから喪服の男が歩いてきた。

「おい、ラウル。そんな調理道具で俺と戦うってか?」

「お嬢様、お逃げください。あの男は私でも少し荷が重いです」

 ラウルがサウロに目配せすると、サウロは私の手首を掴んだ。

「行こう。お嬢ちゃん」

「ラウル……」

 殺さないで――と言おうと思ったが、口から出て行かなかった。

 ラウルは命がけだ。

 そんな事を言ったら、ラウルの命の方が危ないかも知れなかった。

「料理人になった気分で戦いますよ。大丈夫です。命は奪いませんから」

「舐められたものだな」

 私はサウロと一緒に逃げた。

 あの男の顔には覚えがあった。

 ラウルが皇帝の御前試合に行く前に、もう一人の候補として上がった騎士だ。

 奥さんが亡くなって喪に服していると聞いていたけど、まだ喪に服したままだったようだ。



 私は逃げ続けたが、三人の大男が追いかけてきた。

 サウロは三人の男を引きつけて、別々の道を行った。

 合流地点は決めていた。

 城下町の東側にある植物園だ。

 色んな花の混濁した香りが漂っていた。

 すでに日は陰っていた。

 サウロもラウルもまだ来なかった。

「ね……」

 暗闇から誰かが話しかけてきた。

「誰?」

「誰なのかな」

 女性の声だった。

 いや、その声はいつも聞いている声だった。

 私とそっくりな声が聞こえた。

「私よ。姉さん」

 そこには『私』がいた。

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