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窓の中に蒼穹が広がっている。
青い空、白い雲、鷹が飛翔している。
陽を背負っているため大地に強い影を落としていた。
城に近づく前に姿を変えたかった。
領地内では顔を知られていないかも知れないことも多いだろうけど、さすがに城下町に近づいたら私の顔を知っている民もいる。
「足がつかないように色々揃えたいわ」
私が言った。
「任せてください。自信はありませんが」
余計な一言が気になった。
目を閉じ、思考を回転させた。
「盗品とか売れる場所なら足がつかないんじゃない?」
ラウルが口を開き、悲しそうな目を見せた。
「我が侯国にそんなところがあるわけ」
「ないの?」
「いや、無いとは言えませんが」
「あるの?」
「いや、あるとも言えませんが」
「遠慮なく言って良いよ」
多分、私がお嬢様だから闇の部分を知らせたく無いのだろうけど、私の趣味は本読みだ。ある程度良いことも悪いことも読んで知っている。
「あります。ですが、それはしてはなりません。私たちが良くても、他の者が苦しみます」
悪は悪と繋がっていて、彼らに入った資金が誰かを苦しめる種になる、という事だろうか。
確かにそうかも知れない。
「うん、分かった。私が軽率だった。考えを改める」
「ありがとうございます」
「と言っても対案が無いと困るんだけど」
「漂白の民を使われては?」
「なるほど」
漂白の民とは教団と教義を違えている民たちの事だ。
はるか古代に国を失い、どの民よりも長く存続し続けた。
各地を放浪するので旅商人が多く、宝飾品を取り扱っているものが多かった。
「定住者と交渉するよりはマシね」
「はい、安全性は多少下がりますが」
私は漂白の民に接触して腕輪を銀貨に替えてもらった。
安値を言われたが、足元を見られているのだろう、仕方ないと判断して忘れた。
まだまだ宝飾品はあったが交換せずに革袋の中にしまって首から紐で下げた。
足がつかないように捨てもせず、売りもしなかった。
私は銀貨で庶民の服装に変え、化粧は落として、眉毛を薄くして、化粧直しして顔の雰囲気を変えた。
「じゃあね、驢馬くん」
漂白の民に頼んで、農夫の元に驢馬の返却を頼んだ。
指輪は農夫にあげてもよかった。
元々は領地に住む民たちの金だ。
農夫が少しぐらい得をしても問題無いだろう。
「驢馬が行ってしまった。寂しい」
「お嬢様、まだ私がいますよ」
「ラウルは癒されない、驢馬は癒される。動物最高」
「私は驢馬以下ですか」
「以下とか以上とかの話じゃ無い。驢馬がいない」
悲しい。
思えば私の最初のペットだった。
短い間だったけど信頼関係を築けた。
「全部終わったら驢馬飼おう」
私は決意した。
「あっ、美しいお嬢様の眉が」
「私に似ているんでしょ?だったら変えないとだめでしょ」
「それはそうですが」
城下町に入ると、人通りが多くなってきて、いつしか身動きが取らなくなってきた。
小路に逃げて一旦休憩した。
「何が起きたの?」
「聞いてきます」
しばらくするとラウルが戻ってきた。
「お嬢様が民の前に顔を出すそうです。だから一目見ようと民たちが我先に城の方へ向かっているみたいですね」
「それは運が良いわね。どんな顔か拝見しましょうよ」
私たちは人とかき分けて城の方へと向かった。
遠くの方から戦意高揚の歌が聞こえ、戦争の始まりを告げる声が響いた。
「どれどれ」
城のバルコニーに白いドレスを着た『私』がいた。
「どうです」
「似ている」
似ている所の話ではない。
『私』がそこにいた。
「お嬢様は、双子でしたか?」
「違う」
これは魔法なのだろうか。
魔法なら顔ぐらい変えられるだろう。
でも、それは逃避なのではないか。
目の前にいるのは、私の姉か妹なのでは?
だったら何故今まで隠していたのだろうか。
そして何故今現れたのだろうか。
バルコニーにいる『私』がこちらを見た。
表情は変わらない、たがその両目の底に激しい怒りの炎が巻き上がっていた。
「逃げよう」
私はラウルの手を掴み、その場から逃げた。
私はあれほどの憎しみを受けたのは初めてだった。