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その狼は群れから離れて生きていた一匹狼だった。
近隣の村でも有名で、人の生活圏にたびたび侵入してきた。
侵入――といっても村の湧き水を飲みに来て、作物を奪う動物を狙って狩りをする。
姿を見せたとしても遠くから人々を見つめているだけで、基本的には人々に危害を加えようとしなかった。
作物を奪う動物を狙うことから、人々からは頭の良い狼だと認識されていたようだ。
私とサウロが小さな村に着き、狼の話をすると親しそうな話からされた。
だが、最近では様子が変わったそうだ。
十数日前、羊を奪われた。
たっぷりと乳の出る羊で奪われた村人は今までの考えを改めた。
「荷物を奪い返したいんだ」
サウロの荷物には狼が好みそうなものは保存食ぐらいしかなかった。
貴重品は多いが、人にしか価値は分からない、食料さえ奪えば他の荷物に興味は無いだろう。
「親方の本職よりも上手いと豪語していた燻製肉が入っていたからなぁ。実際美味いし、売れるくらいの味だったのに」
サウロは心底寂しそうにしていた。
「村の人に相談したけど、どうするのかなぁ」
今夜の宿は、村長が空いた部屋を貸してくれた。
怪我人は薬草を使って手厚く看護されたけど、食事と排泄をするとき以外はずっと睡眠を取っていた。
自らの回復力を最大限に利用しているようだ。
私は男装をしているので、サウロと怪我人の彼と同室だけど、正直落ち着かなかった。
なにしろサウロがそわそわしているのが落ち着かなかった。
彼も女の人と同室で寝るのが気になるのだろう。
流した汗は服の中で濡れたタオルで拭い清めた。
水で清めたので身体が冷えた。
温かくないと身体の疲れが取れない気がしたけど、長旅を続けていけば冷水でもなれていくかも知れない。
布団に潜り込んだ。
「ラウル大丈夫かな?」
「あいつなら大丈夫だと思いますよ。相手がここで大怪我していますから」
でも、あの状況で背中を斬れるかな?
強い剣士達が正面から戦って、片方の剣士の背中が斬られる……。
んー、不自然だ。
そもそも包丁しか持って言ってないからそんな傷になるはずない。
なんか私が把握していない状況に陥った可能性がある。
「背中の傷からして包丁じゃないよね」
「がーっ!」
……寝ている。
しかも尋常じゃないくらい鼾がうるさい。
――四百二十秒後。
「がーっ!」
一秒一秒数えてしまうくらいにうるさかった。
耳元に外で鳴いている虫でも置いた方が良いような気がする。
抜き足差し足で扉から外へ出て、辺りを見渡してみた。
本気で虫を取る気は無いけど、騒音地獄に戻る前に気分転換したかった。
異音がした――草を掻き分ける音だった。
振り返ると、遠くで白い何かがあった。
狼かと思ったけど、違うみたいだ。
小さくて白い何かが消えた。
何だったのか分からなかったけど、他に何の反応も無かったので戻った。