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芽生えた淡い希望

 

 ハンナはまだ料理を作りにいったまま帰ってこない。 

 これ以上心配はかけられないと、動揺した心を落ち着かせるために一度大きく深呼吸をする。

 

 「まだ、この未来が確定したわけじゃない」

 

 絶望に飲み込まれそうになる思考を、強引に前へと向かせる。

 残り時間は三日、いままでみたく数時間後の未来でない以上、やれることもたくさんあるはずだ。

 俺が余計なことをするせいで、またあのおばさんみたいな悲劇が起きてしまうかもしれない。

 それでも、何もせずにハンナが死んでしまうことを黙って見ていることなんてできるわけがなかった。

 

 「殺される場所と時間がわかってるんだ。ここから連れ出しさえすれば、未来は変えられるかもしれない」

 

 そんなに難しいことじゃない。

 本当に未来を覆せるのかはわからないが、やるだけの価値はあるはずだ。

 

 「そうと決まればあとは実行あるのみ、だな」

 

 ぴしゃりと頬を叩いて、気合いを入れ直す。

 これからの俺の行動全てに彼女の命がかかっている。

 もう、前回のような迂闊な真似はしない。

 

 そう一人決心していると、料理を作り終わったらしいハンナが扉を開けて部屋に入ってきた。

 

 「お待たせしました。簡単なものですが」


 「ありがとう、今日何も食べてなかったから本当助かるよ」

 

 震えそうになる声を、必死に抑えながら笑顔を作る。

 せっかく作ってもらった料理なのに、緊張のせいで上手に味を感じられない。

 

 「うん、美味しい」

 

 「本当ですか? 手料理を誰かに振る舞うなんて初めてなので、ちょっと緊張しちゃいました」

 

 お口にあってなによりです、と控えめに笑う彼女に、ちょっぴり罪悪感を覚える。

 不安定な精神状態でもお腹は減るもので、料理を口に運ぶ手は止まらずすぐに食べ終えてしまった。

  

 「ごちそうさまでした」

 

 「お腹の足しにはなったみたいでよかったです、お皿、片付けてきますね」

 

 「ちょっと待って」

 

 食べ終えた食器を片付けようとしたハンナを、とっさに呼び止める。

 なるべく早いうちに行動に移そうと声をかけたが、そもそも何て言って連れ出すかを考えていなかった。

 

 「あーえっと、そのちょっとわがままついでにもう一つ頼みたいことがあってさ」

 

 「なんでしょう? 私にできることなら」

 

 「俺、さっきも言ったようにこの町にきたばっかりだからさ、よかったら町の案内とか、してもらえたら、な……と……」

 

 話しているうちに、だんだん自分の言っていることに自信がなくなってきて声の大きさも尻すぼみになってしまう。

 いまどき小学生だってもう少しまともな誘い方をするんじゃないだろうか。 

 

 「町……ですか」

 

 そんなダメダメな誘い方に、やっぱりというか、ハンナは微妙な反応をする。

 これがデートの誘いならここで諦めてやっぱなんでもない! とでもいうところだろうが、今はそれどころじゃない。

 無理にでもこの話に乗ってもらわなければ、彼女を助けることができないのだから。

 

 「お願いしたい。だめ、かな?」

 

 迷いを見せている彼女に、もう一押ししてみる。

 ハンナは少しだけ考えるそぶりをしたあとに、わかりましたと頷いた。

 

 「私にできることならと言ってしまいましたからね。いつがいいですか?」

 

 ハンナの答えに俺は心の底でガッツポーズをする。 


 「じゃあ、三日後によろしく頼む」

 

 「三日後ですね、わかりました。それじゃあお皿下げてきます」

 

 そう言って彼女が再び部屋から出て行くのを見届けてから、大きなため息をついた。

 

 「なんとかうまくいった、んだよな……?」

 

 これで三日後のこの時間、彼女はこの部屋に居ることはない。

 あのメールの写真通りにはならないはず。

 

 だが、そんな俺の淡い希望を打ち砕くように、再びスマホが振動を始める。

 メールが送信された時間は前回と変わらず14時23分。

 

 「……だめなのか」

 

 添付されている写真は二枚。

 そのうち一枚目には、どこかの裏路地で血だまりを作っているハンナの姿があった。

 

 

 

 ハンナに別れをつげて彼女の家を出たあと、俺はおぼつかない足取りでふらふらと行く当てもなく町の中を歩いていた。

 

 「……どうしろっていうんだよ」

  

 確かに俺の行動で未来は書き換わった。

 けれど、それは彼女が殺される場所が変わっただけで、死の運命を回避できたわけじゃない。

 

 場所を変えても彼女が殺されたということは、昼間に起きた偶発的な強盗殺人ではなく、誰かが明確な意思を持ってハンナを殺そうとしているからだろう。

 ハンナを殺そうとしている誰かをどうにかしなければ、彼女の運命は変わらない。

 

 「なんの力も持たない俺に、何ができるっていうんだ」

 

 この世界は、俺が生きてきた世界とは違う。

 命のやり取りなんて考えたこともなかったし、人を殺そうとしている人間を見たこともなかった。

 そんな世界で過ごしてきた俺が、どうやって彼女を守れるというのか。

 

 ぐるぐるととりとめもない考えが浮かんでは消える。

 どれだけ考えても、あのメールの未来を変えられるイメージが湧かない。


 

「くそっ、くそっ!」

 

 悪態をつきながら、あてもなく街をさまよっていると、いつのまにか路地裏に迷い込んでいた。

 どんっ、という音ともに、肩に衝撃を感じる。

 なんだと思って顔を上げると、二人組の男が下卑た笑みを浮かべてこちらを睨みつけていた。

 

 「おい兄ちゃん、人にぶつかっといて謝罪もなしか」

  

 「……あ」

 

 何かを言おうとする前に、頬に衝撃を受ける。

 

 「いっつ……」

 

 どうやら殴られたようで、その勢いで地面に倒れこんでしまった。

 頬を押さえて悶えている俺を、男達はおかしそうに笑って見ている。 


 男の一人が俺の胸ぐらを掴んで強制的に、立ち上がらせた。

 

 「はっ、カツアゲか? 俺殴っても、金なんか持っちゃいねぇぜ」

  

 「そうかよ、それは残念だ。じゃあとりあえず憂さ晴らしにもう一発殴らせてもらおうかな」

 

 そういって俺の胸ぐらを掴んでいた男は握りこぶしを作って大きく振り被る。

 俺も目を瞑って衝撃に備えた。

 

 「そこまでにしておきたまえ」

 

 「あ?」

 

 だがいつまで待っても予想していた衝撃は来ずに、代わりに少し老いを感じる渋い声が路地裏に響き渡った。

 

 「二人掛かりで若者を痛めつけるのは、感心しないな」

 

 「げっ、衛兵かよ!」

  

 恐る恐る目を開けると、鎧に身を包んだおじさんが俺を殴ろうとしていた拳を掴んで、ぎりぎりと締め上げていた。

 その手を振りほどき、男達二人は脱兎のごとくその場から逃げ出す。 

 

 「いやぁ君、災難だったね。一人で立てるかい?」

 

 おじさんは男達が去ったのを見届けると、安心してずるずると壁伝いに崩れ落ちた俺に話しかけた。

 

 「あ、はい。大丈夫です」

 

 「そうかそうか。しかし君、こんな裏道に入ってくると危ないぞ。今回はたまたま私がいたからなんとかなったが、最悪殺されかねない。これからは気をつけるように」

 

 「わかりました、すいません、迷惑かけて……」

 

 殴られている最中、もういっそ殺してくれたら楽なんじゃないかと思っていたのは内緒だ。

 命を落としてしまえば、救えない未来に嘆くこともないのに……。

 

 「……まてよ」

 

 確かあの男達はこのおじさんを衛兵だと言っていた。

 ということは、この人は戦う力を持っているということだ。

 

 「じゃあ私はこれで」

 

 「待ってくれ!!」

 

 身を翻して立ち去ろうとするおじさんの腕を掴み、立ち止まらせる。

 

 「なぁ頼みがあるんだ! 助けて欲しい人がいて、それで……」

 

 焦ってまともに思考が働いていない俺は、あんなに後悔したというのに忘れていた警告メールの存在を、ポケットの中で震えだしたスマートフォン越しに感じた。


 「あ……」

 

 見るまでもない。

 これ以上喋ったら、きっと彼女は死ぬ。

 

 「……どうしたのかな?」

 

 いきなり何もしゃべらなくなった俺を、おじさんは不審そうに見ている。

 何か弁解したいが、下手なことを言えばハンナの命が危ない。

 結局何も言うことがおもいつかず、意味のある言葉を発することができなかった。

 

 このままではいけない、という気持ちが頭の中に溢れる。

 今この老騎士を行かせてしまったら、もう残る手立ては一つもない。

 けれど、どうすれば助けを求められるのかが、考えても考えても思い浮かばなかった。

 

 「これから先口にするのは、私の独り言だ。もし違ったら首を横に振りなさい。正しければ、君は聞き流せばいい」

 

 おじさんの言葉にはっとして顔を上げると、彼は俺を安心させるように笑って大丈夫と囁いた。

 

 「君は、何かしらの理由があって口にできない事がある」

 

 俺は、首をふらない。

 

 「君は、誰かの身に危険が迫っているのを知っている」

 

 この問いにも、首は振らない。

 

 「その誰かは、黒髪と赤い目が特徴のハンナという名前の少女だ」

 

 なぜその名前を、と驚いた顔でおじさんの事をみつめるが、首を振る事はしなかった。

 それを見届けて、おじさんは満足いったようにうなずくと、最後の質問だと続ける。

 

 「君は、その犯人と何かしらの関わりがある」

 

 この問いには、全力で首を振った。

 

 「ふむ、なるほどな。安心するといい少年」

 

 そう言っておじさんはニカッと歯を見せて笑い、俺の頭をぽんぽんとあやすように撫でた。

 

 「あの少女が狙われている情報は私たちにも入ってきていてね。今はばれないように警護している最中だ。私がここにいるのは、君があの娘と接触し、不審な行動をとっていたので念のため尾行してたってわけさ」

 

 それを聞いてさらに体から力が抜けていく。

 そうか、もうすでに彼女は守られていたのか。

 

 「……っていうか、そんな不審に見えました? 俺」

 

 「そりゃもう。ずっと一人でぶつぶつ言ってるし、周りもみえていないようだったからね」

 

 ハンナの家をでてからここにくるまでの間、いまいち記憶がはっきりしないし、よほど不審な行動を取っていたんだろうと少し恥ずかしくなる。


 「まぁそういうことだ。君が犯人たちと関わりがないのなら、残りは私たちに任せておきなさい」

 

 「……お願い、します」

 

 もしかしたらなんとかなるかもしれない。

 そんな淡い希望が、この騎士に出会えたことでようやく胸の中に芽生えた。



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