警告
「そもそも考えてみればなんで圏外なのにメールが届くんだよ」
さっきはまだ頭が混乱していたせいで気づくのが遅れたが、ここが異世界ならメールなんて届くはずがない。
それにおかしなことはもう一つ、メールが送信された時間だ。
確か、朝スマホで時間を確認した時は7時半近くだった。
にもかかわらず、今確認したらメールの送信時刻はちょうど目の前で馬車が倒れたのと同じくらいになっている。
「未来からのメール、か。いやちょっとまてよ」
もう一通、届いていたメールがあったことを思い出す。
昨日の夜、気味が悪いと思って放置していた俺が写っている写真が添付されていた物だ。
「やっぱりな」
俺の予想通り、そのメールも送られてきた時間がおかしい。
送信時刻は7時半。
ちょうど俺がスマホを使えるか確認していた時間と一致していた。
急いで朝俺がいた場所まで駆けてもどり、写真に写った景色と目の前の景色を見比べる。
案の定、見知らぬ場所だと思っていた所と、今目にしている風景は全く同じだった。
「ビンゴだな、この写真は未来を写してる」
異世界転移なんていう非現実の極みを体験した後だからか、意外と冷静に目の前の事実を受け入れることができた。
人間の適応力というものは恐ろしい。
「……まてよ、これが俺に授けられた力とか言うんじゃねえよな」
だとしたらあまりにも微妙すぎる。
メールも勝手に送られてくるから俺の知りたい未来が知れるわけでもないし、わかることも写真の情報とそれが起きる時間だけ。
そんなものだけでどうやってこの見知らぬ世界を生きて行けというのか。
「好きな未来を知れるんだったらもっと使い道はあるんだけどな……」
なんてぼやいていると、またブルブルとスマホが振動を始める。
届けられたメールには、またもや未来の時刻が表示されていた。
「時間は今から3時間後、か。結構な頻度で届くんだなこのメール。んで何が起こるって?」
添付された画像を開いた俺は、思わず小さな悲鳴をあげてスマホを手から落としそうになる。
「な、なんだよこれ……」
そこに写っていたのは、背中にナイフを突き刺されて地面に伏し、血だまりを作って絶命している人の姿だった。
しかもよく見れば、倒れているのはさっき俺を追い返した屋台の人だ。
「さすがに見なかったことにはできないよな」
肉を恵んでくれたわけでもないし、別に助ける義理もない気はするが、そこは現代日本人。
自分と声を交わした事のある人間が死ぬのを、黙って見過ごせるはずがなかった。
今来た道を急いで戻り、先ほど後にした屋台を目指す。
さっきまで居た屋台を見つけて駆け寄るが、おばさんの姿はない。
代わりにおじさんが店番をしていたので、荒い息のまま問い詰める。
「そこのおじさん! さっきまでここで店番してたおばさん知らないか!?」
「あぁ? いま裏で仕込みをやってると思うけどなんでだ」
「いや、信じられないかもしれないけど、そのおばさんがあと三時間後に」
そこまで言いかけたとき、まるで俺の言葉を遮るかのように、握ったままだったスマホが振動を始める。
「くそ、またかよ!」
思わず悪態をつきながらメールを開くと、そこに表示されていたのは俺の予想を裏切るものだった。
『警告。それ以上口にしてはならない』
メールの中身は、その簡潔な一文だけ。
いままでのように写真が添付されているわけでも、送信時間がおかしいわけでもなかった。
まるで、いまの自分の行動を監視されていたかのような内容に、思わず背筋に冷たいものが走る。
「おい兄ちゃん、どうしたんだよ」
「あ、あぁ。いや、実はな三時間後にさっきここで店番していたおばさんが殺されるかもしれないんだ」
そう言うと、おじさんははぁ? と怪訝な顔で俺のことを睨みつける。
「こっちはいま商売中で冷やかしに付き合ってる暇はないんだ。さっさとどっかいってくれ」
「ちょっまっ、冗談で言ってるわけじゃなくて!」
と、その時屋台の裏側から悲鳴が上がる。
見れば、一人の男が何かを抱えながら近くの通行人を突き飛ばしながら走っていくのが見えた。
「強盗だ! 誰か衛兵を呼んでこい! 人が刺されたぞ!」
誰かがそう声を張り上げているのが聞こえた。
目の前で店番をしていたおじさんも、惚けて立ち尽くしている俺をつきとばしてそっちの方に駆け寄っていく。
「な、なんで……」
ふらふらとした足取りで、人だかりができている方へと向かう。
「おい! おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
どこか現実感のない頭で、さっきまで話していたおじさんが叫んでいるのが聞こえる。
人の壁をかき分けその中心を見ると、背中にナイフが刺さったまま地面に倒れている人の姿が見えた。
「なんでだよ、三時間後のはずだろ……?」
その光景は紛れもなく、写真に写っていたものと同じ。
三時間後に起きるはずだった、未来の出来事。
それがいま、現実となって目の前で繰り広げられている。
脳裏に浮かぶのは、さっき見た一文。
「それ以上、口にしてはならない」
呆然としたまま、無意識にその言葉が口から漏れ出した。
「俺が、メールの内容を誰かに話したから……?」
それはつまり、今この状況を引き起こしたのは俺の責任……。
そこまで考えて、衝動的に体が動きだす。
目の前の騒ぎに背を向け、なるべく人がいない方を目指して走り出した。
「う、ぐっ……!」
こみ上げる吐き気を必死に抑えながら、体力が限界を迎えるまで走り続ける。
息も絶え絶えになりながら、やがてまったく人気のない所にたどりつき、ようやくそこで足を止めた。
そのまま堪え切れなくなった俺は、胃の中のものを全部地面にぶちまける。
「はぁ……、はぁ……」
荒い息を吐きながら、どさりと膝を地面につける。
頭の中では、自分の行動を責め立てる声が鳴り止まない。
「俺が、余計なことをしたから」
結局、三時間後には死んでいたのかもしれない。
そもそも、未来の運命はすでに決まっていて、覆すことなんてできなかったのかもしれない。
それでも、間違いなく、あのおばさんが生きるはずだった最後の三時間を奪ったのは、俺だ。
「……あ、やばい、かも」
異世界に来たという衝撃、これからの不安、空腹と疲労に、俺の浅はかな行動のせいで起こった悲劇。
その全てが襲いかかり、意識を塗りつぶしていく。
抵抗する間もなく、俺は冷たい地面へと倒れ込んだ。