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水をかけられたら、そこは異世界でした 


 ばしゃり。

 冷たい水を顔面にかけられて、勢いよく飛び起きる。

 

 「こんなところで寝てんじゃないよ! 邪魔だよ邪魔!」

 

 「ひゃ、はい!」

 

 見知らぬおばさんにいきなりそう怒鳴りつけられ、思わず上ずった声で返事をしてしまった。

 睨みつける視線から逃れるように、道の端へとそそくさと移動する。

 ようやくはっきりしてきた頭で辺りを見回し、そこでようやく自分の置かれている状況の異常さに気がついた。

 

 「……は、え? どこだ、ここ」


 頭からぽたぽたと水をたらし、訳のわからないことを呟きながらキョロキョロしている俺を、通行人が不審な顔で見ている。

 けれど俺からしてみたら道行く人たちの方がどうかしていると言いたかった。

 現代日本に似つかわない少し古めかしい衣服を着ているわ、黒づくめでとんがり帽子かぶってる魔女っ娘もどきがいるわ、鎧着て腰に剣をぶら下げてる人がいるわ、大規模なコスプレイベントでもやっているのかと思うほどだ。

 

 しかしコンビニか本屋に行く時しか家を出ない俺がそんなイベントに来るはずもなく。

 はたしてここはどこなのかと、脳内が最初の疑問に戻ってきた。


 とりあえず人の視線が怖いので、人気のないところを探して歩き出す。

 見れば見るほど見覚えのない、というか本当に日本なのかと思うような景色を見回しながら、ようやく落ち着ける場所を見つけてそこに腰掛けた。

 

 「なんだってんだよ一体……。ていうか俺は家で寝ていたはずじゃ」

 

 水をかけられる前の記憶で一番新しいのは、発売日から寝ずにやっていたゲームをついに攻略し、満足しながら自分の部屋の布団にはいってスマホをいじってた所までだ。

 

 「あ、そうだスマホ」

 

 とりあえず地図アプリで今いる場所を調べようとスマホを起動するが、今時珍しく圏外が表示されている。

 これでは現在地を調べることができず、電話で助けを呼ぶこともできない。

 

 「くそ、山でも電波が入るご時世に圏外ってなんだよ……」

 

 悪態をついてみてもどうしようもない。

 時刻を確認して役立たずのスマホをポケットにしまう。

 

 スマホに表示されていた時間は午前7時30分。

 普段ならまだまだ夢の中にいる時間のはずだ。


 「夢……、そうか夢かこれは」

 

 納得がいった俺は、古典的だがとりあえず自分の頬をつねってみる。

 

 「いってぇ!」

 

 夢だと思って思い切りつねりあげた俺の頬を、容赦ない激痛が襲った。

 涙目になりながら頬をさすっていると、可哀想な物でもみるような目で俺を見ている通行人と目が合い、そしてすぐに逸らされる。

 

 「夢じゃないなら誘拐されたか、それともこないだ読んでたラノベよろしく異世界転移でもしたか?」

 

 後者だったら最高なのになぁ、と顔を上げた俺の目の前を、どう考えても日本にはいない竜的な生き物が、のっしのっしとゆっくり通り過ぎていった。


 ……あれ? これマジで異世界転移ですか?

 

 

***

 

 

 状況を整理しよう。

 いつも通りゲーム三昧の一日を終え、布団に入って目が覚めたらそこは異界の土地だった。

 状況整理終わり。

 

 「いやいやいやいや」

 

 あまりにも現実味がない事に、脳が混乱しっぱなしだ。

 だが一度異世界転移という可能性が思い浮かぶと、もうそれにしか思えなくなってくる。

 

 「このなんちゃって中世ヨーロッパ風の景色といい、コスプレにしか見えない通行人と言い、これはもう当たりじゃないか?」

 

 よし、とりあえず俺は異世界に転移してしまったという仮定のもとで動こう。

 これがたとえ本当に大規模コスプレイベントだとしても、最悪少し恥ずかしい思いをするだけで済むし。

 

 「さて、異世界物とくれば何かしらの加護とか祝福とか超強い能力がもらえたりするもんだ。一体俺にはどんな力が眠ってるんだろうか」

 

 年甲斐もなく上がってきたテンションのまま、妙な格好でポーズを決めてみたりした。

 魔法の一つや二つでも出るかと思ったが、特に何の反応もない。

 その代わり、周囲の視線は一層冷たくなった気はする。

 

 「……まぁそのうちわかるだろ」

 

 さすがに何もないなんて事はないはずだ。

 だってそんな事されたら死んでしまうし。

 見知らぬ世界で着の身着のまま生活しろとか、コミュ障ひきこもりにできるわけないじゃないですか。

 

 「とりあえずこれからの方針を決めないとな」

 

 お約束ならこの後冒険者ギルド的な物とか酒場的な場所に行って有名冒険者になるとか、王城から使いがやってきて、勇者として魔王を倒す使命を与えられたりするはずだ。

 とりあえず、王城からの使者らしい人は近くに見当たらないので、ギルド的な物を探してみようと足を踏み出そうとした。

 

 と、まるでそれを遮るかのように、ポケットに入れっぱなしだったスマホがブルブルと振動する。

 何だろうと思って取り出すと、画面には一通のメールが届いたと表示されていた。

 

 「また差出人不明か……」

 

 迷惑メールを弾くために、電話帳に登録している人からしかメールは届かないようにしている。

 にもかかわらず、メールの送り主は差出人不明となっていた。


 またというのは、昨日もこんな事があったからだ。

 

 昨日、夜寝る前にスマホをチェックしたら珍しくメールが届いてたので中を見ると、差出人不明と表示されていた上に、変な写真が添付されていた。

 俺がスマホをいじってる姿が写っていて、背景は記憶にない景色というなんとも気持ち悪い写真だった。

 

 今届いたメールもそれと同じ物のようで、やっぱり昨日同様写真が添付されている。

 

 「なんだこれ、倒れた馬車?」

 

 写真には、道の上で盛大に馬車が倒れ、積荷がそこら中に散らばってしまっている景色が写っていた。

 

 「また背景は知らないところだし、だれだよこんなメール送ってきたやつ」

 

 わけのわからないメールに首を傾げながらも、迷惑メールの一種だと思ってスマホをポケットにしまう。


 気分を削がれたけど、俺の輝かしい冒険の一歩に向けて再び歩き出すとしよう。

 目指すは冒険者ギルド、そして世界最強の冒険者だ! 

 

 

 

 「……おい、ねぇぞ冒険者ギルド」

 

 時刻は昼過ぎ、一通り街を回ってみたけど俺が思い描いていたような施設は何もなかった。

 街中で武装してる人をちょくちょく見かけるから絶対あると思ったのだが、どうやら見当はずれだったらしい。

 

 「となると依頼斡旋を酒場でやっているパターンだなこれは」

 

 しかし、酒場に入りたくても金を持っていない。

 お金がないという異世界にふさわしくない現実的な理由で、いきなり詰んでしまった。

 

 「ていうか昼、どうしよう……」

 

 ずっと歩き回っていたせいで、少しお腹がすいてきている。

 冒険者ギルドを探す前に、食料の確保を優先するべきだった。

 上がったテンションだけで行動していた数時間前の自分をぶん殴ってやりたい。

 

 すぐ近くにある屋台では、じゅうじゅうと音を立てて肉が焼かれていてより一層食欲をかきたてる。

 ふらふらと誘われるようにそちらへ寄って行き、店の前に立ってみるが、お金なんて持ってないのでどうしようもない。


 「そこの兄さん、買わないなら邪魔だからどいてくれる?」

 

 じっと焼かれる肉を眺めていたら、店番をしていたおばちゃんに声をかけられてしまった。

 そそくさと立ち退こうとしたところで、ふと思いついたことを試してみる。

  

 「いや、実はさ、ちょっと今持ち合わせの金が全くなくて、もしよければ余ってる肉なんかゆずってくれたり……」

 

 「馬鹿なこと言ってんじゃないよ。さっさとどいておくれ」

 

 ですよね、と今度こそその屋台から離れる。

 肉の美味しそうな香りをたくさん吸い込んでしまったため余計お腹がすいた。

 

 「異世界きて餓死なんて結末は勘弁してくれよほんと……」


 本格的にどうしようかと悩んでいると、急に背後から物が壊れる音が鳴り響く。

 なんだと思って振り返ると、どうやら荷馬車が転倒したようで、あたり一面に荷物が散乱していた。

 

 「あっぶね。あともう少し向こうにいたら巻き込まれてたかもな」

 

 そう言いながら、なにかが引っかかる。

 はっとしてスマホを取り出し、先ほど送られてきた写真を開いた。

 

 「……どういうことだこれ」

 

 開いた写真と、今自分が見ている景色。

 それは寸分たがわず、全く同じ風景を写し出していた。

 


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