35日目 会いたい
2,807文字
介護士になれて早1年。入った当時は何も出来なかった私に、後輩というものが出来た。
桜の花は、雨で落とされ、茶色く変化してる季節の中、自分の仕事内容の他に、仕事内容を分かるまで教えなきゃいけないので、正直言うと作業が遅れるし面倒臭い。
しかし、新入社員に教えてると、一年前まで私達もこんな感じだったんだな。と振り返る事が出来て、厳しくてうるさい先輩に諦めず教えてくれた事に、感謝を感じられるようになった。そして、次は自分たちが教える番なんだと考えると、不思議と苦ではなかった。
今日は、まだまだ新人の藤崎さんと一緒に、(78歳)中島さんの部屋に訪れる。数日前までは、介護士に成り立てで、やっと人の役に立てると嬉しそうに話していた藤崎さんは、何故か今回は表情が暗い事を疑問に思い、別の作業しながら見守る。
「お……おはようございます中島さん。体温測りますので……。」
笑みを引き攣らせながら浮かべ、体温計を右手に持って中島さんに近づく。……すると
「なんだい?またアンタかい。来ないで。気持ち悪い。」
中島さんは、ゴミでも見るように藤崎さんを睨みつけ、左手をホコリを払うように振った。
(あぁ、またこれか。)
業務を果たそうとする介護士に入居者は、介護士が客に手が出せないという事を知っている。なので、家族が遊びに来ない。寂しい。物事が思い通りにいかない。と言う、ストレスを介護士にぶつけるなんて事が当たり前なのだ。
体温計を持ってる藤崎さんは中島さんに嫌がられ、何度か叩かれたり、引っ掻かれたりされながらも、何とか測り終えた。
「お疲れ様です藤崎さん。貴女は業務を全うしたまで。何も悪いことはしていないからね?」
「ま、|マイさん(主人公)〜。」
入居者達に、心も体もボロボロにされていく藤崎さんを、私は励ますことしか出来ない。
要するに、介護職で必要とされてる事は、人の役に立ちたい・困っている高齢者を助けたい。という気持ちの他に、何を言われても上手くかわせられる技術と、酷い言葉に屈しない強い心が必要なのだ。
要は慣れなのだ。
「うぅ……マイさん。」
「ほら、そんな顔しないの!笑顔笑顔!次は橘さんよ。藤崎さんも好きでしょ?」
足元に視線を落としていた藤崎さんは、次の人が橘さんと知ると、途端に表情が明るくなった。橘さんの部屋の前についたら、藤崎さんはノックを忘れながら直ぐにドアを開けた。
「カッちゃん〜!!おはよう!!」
ノックもせずイキナリ入ってきた藤崎さんに、怪訝そうな表情一つも見せず、寧ろ嬉しそうにハニカミながら、ベットの上で橘さんは私達を見た。
「いらっしゃい〜。お早いわねぇ、今日もお仕事かい?」
「うん!さ、カッちゃん、今日も体温測りましょ♪」
「いつも、ありがとうねぇ〜。」
幸せそうに、とろけたような笑を浮かべる藤崎さんに、私は微笑みかけながら、私は自分の仕事をする。
藤崎さんの志望動機は、おばあちゃんっ子だったので、困ってる高齢者を助けられるような仕事がしたいって事だった。
皆がみんな、介護士をいじめる訳では無い。優しく愛してくれる人も居るので、この瞬間は給料をもらった時よりも、私達はやり甲斐を感じるものなのだ。
私も新人の時は、色んな入居者にいじめられ、心が死にそうになりながらも、橘さんのお陰で続けることが出来たのだ。橘さんには、感謝してもしきれないものだ。
こんな感じに私達は、残業も済まし、何とか今日も家に帰る事が出来たのでした。
「ん?」
家に帰ると、4件の着信が入っていた。全て母からだった。今すぐにもお風呂に入りたかったのだが、ため息を吐きながら電話をかけ直す。すると、母は3コールで電話に出て、お見合い話を持ち掛けてきた。
「無理。折角仕事に慣れたのに、仕事辞めて結婚しろってどういう事?ムリムリ、お断りよ。」
【貴方の幸せの為よ。】
「私の幸せは、私が決めるからいいの!」
【馬鹿じゃないの?枯れたら終わりなのよ、女は。早い方がいいの。いい面談あるんだから】
「ふざけないで!」
【明日貴女のアパートに、お見合い相手行くらしいから。準備しなさいよ。】
「……は?え、何で住所」
【私が教えたからに決まってるでしょ。もう少し女性らしくなれる様頑張りなさいよね。職場先には私から言っておいてあるから安心しなさい。ブッ……】
「ちょ!待って!!……切れた。」
それから次の日は、母が言った通り仕事が途中で休む事になっていた。仕方ないから家に帰ると、玄関の前で170cmくらいの男性が待ってた。
男性も何だかんだ、私の母に言いまとめられて、断れなくなっただけの人だと勘違いしてた私は
「すいませんね。うちの母が……。」
と、あやまると、男性は
「いえいえ、私から御母様に無理言った甲斐があります。やはり、写真以上に綺麗なものだ。」
と、言ってきた。
結婚する気のない私。を他所に、母とソイツの行動に嫌気がさしている私は、彼の目の前で「お仕事に専念したいの。」と伝え断る。
しかし、男性はあきらめない。母と手を取り合って、外壁を徐々に埋められていくような恐怖を感じた。
ストレス・フリーになる時間が圧倒的に減り、疲れているさた矢先、藤崎さんの電話によって、橘さんが亡くなられたことが知らされた。
「橘ざん、最後に大好きだったマイさんに会いたい゛って……ズズッ言ってました……グスッ。」
頑なに、結婚を断り続けていた私は、(橘さんが死んでしまった)この事により心が折れてしまい、遂に承諾したのであった。その日の内に、結婚する日も決まった。何とも仕事の早い2人である。
それから20日たった日の夜。退職届も、しっかりと提出し終わってたので後は、荷物を少しずつ家に持って帰ろうと考え、もう薄暗くなっていた廊下を歩いていた。
入居者達は寝てしまっているこの時間。私はなるべく足音を立てないように静かに歩いていた。
暫く歩いていて、橘さんが過ごしていた部屋の前を通り過ぎる時
【…………ねぇ……。】
「!?」
と、声が聞こえてきた気がした。辺りを見渡して確認するが、私以外は廊下にいないので、戸惑う。戸惑っている間にも、声は聞こえていて、むしろ声はだんだん大きくなってきていた。
【あ……いたい。ま……マイちゃんに会いたい。会いたいねぇ】
「……え?」
聞き覚えのある声に驚いて、私は思わず元橘さんの部屋を開けてしまう。すっかり荷物は片付けられて、殺風景になっていた。
この声はこの部屋から聞こえてきてる気がした。
【マイちゃんにも……会いたい。会いたいよぉ】
「橘さん……私ここに居るよ。」
【会いたい……よぉ】
私が何度か、話掛けてみても、会話が成り立つことはなく、か細い声が聞こえ続けただけでした。
それから2日あと、寿退社をしていく私に、藤崎さんは立派な花束を手渡し、見送ってくれた。
ちなみに、死んだ後の橘さんの声は、そこの施設にのみんなに聞いてみたが、誰も聞いた事はないそうです。
フィクションです。




