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碧き光のネメシス・えす‼  作者: 北方真昼(北方一家)
3/8

ラブレターフォーゆー

久しぶりのえす!投稿です。

本日も爆発します。




 それはいつも通りの夕方のこと。橘将斗は学校から帰ろうと机に入れていた教材を引っ張り出す。置き勉はしないのが彼のルールだった。

 変化に気付いたのはその時だった。数学の教科書の上に、黄色の便箋が重なっていた。

 あて先、差出人ともに不明。中には花柄の手紙が折り畳まれていた。




 橘将斗さんへ

 面と向かって話せず、ごめんなさい。

 初めて会ったときから貴方が気になっていました。この気持ちは日に日に抑えることが出来なくなっています。

 明日の放課後、視聴覚室に来てください。この思いを告げさせてください。





「………………、………………はぁっ⁉‼」


 なんとも古典的な手法である。しかし人生初のそれは、将斗を混乱させるには充分な爆発力を持っていた。

 橘将斗ラブレター事件の始まりである。




「将斗に………ラブレター………っっ?」


 日下部紫音を家に送り届け、3人だけとなった橘家で将斗は兄妹に緊急招集をかけた。

 お題はやはり先のラブレター。本来なら一人で解決すべき内容だが、ラブレターを受け取ったのが初めてなのもあり、どうすれば良いのかわからなかったのだ。

 コーヒーを手に将斗の第一報告を受けた昴は青ざめた顔でよろめいた。カップと口の距離感が掴めてないのか、黒い液体はダバダバとシャツを汚して行く。


「将斗に………将斗に………嘘だ………将斗にラブレターなんて………」

「バカにしてると見なして良いか?」

「そう見なしてくれて結構だよ………僕は大好きな弟がどこぞの馬の骨に持っていかれるのかと不安で不安で………」

「お前は俺のお父さんか‼大体持ってかれるつもりもねーから‼‼」

「え、断るの?」


 千晶が紅茶にウオッカを注ぐも視線は将斗に釘付けになっており、中身が溢れかえっていた。


「ああ。話したこともねー奴と付き合えるはずないだろ?」

「じゃあなんでわざわざ相談、してきたの?」

「ぅ……それは……ラブレターを貰ったことがないから断ろうにもどうすればいいのやら、わからず……」

「ならっ!僕の出番だね‼」


 コンティニューを遂げた昴が意気揚々と力説する。しかしシャツはコーヒーで汚れたままだった。


「簡単さ!視聴覚室には予め僕が潜入して、ターゲットが来たらワルサーで………」

「殺すなよ⁉撃ち殺すなよ?‼」

「そうだよ昴兄ぃ。会うか会わないかは将斗が決めるんだから」

「そう言うお前はなぜナイフの手入れを始めている⁉」


 無意識だったのだろうか。いつのまにか手にしていたナイフと手入れ用の布を見つめ、千晶はため息を吐いた。


「……イズビニーチェ……私も動揺してるみたい」

「千晶も家族愛に溢れた心の持ち主だからね~」

「「お前ほどじゃない」」


 とは言え、将斗は断る方針なのが明確。それなら相手への断りかたを考えるべきだろう。

 相手もしっかり将斗を諦めてくれるような断りかた。


「どうすればいいと思う?」



 1・昴の経験上より


「任務で女性の相手をすることが多かったからね、僕は」


 弟妹へ自慢できることが嬉しいのか鼻高く語るが、彼の場合それは口説き、そして切り捨てた経験談である。

 だが忘れてはいけない。1名、そういうのを嫌悪するあまりにうっかり、人殺しに走りかねない人物がいることを。


「任務でとある女性と仲良くしてね。肉体関係までは行ってないが、両思い(ま、僕の方は演技だけどね)になるまでこぎつけたよ。

 別れる夜、行かないでとすがる彼女に睡眠薬入りのワインを寝ませてね、耳元で囁くんだ。「君は悪い夢を見ているだけだ。夢は忘れるから夢なんだ」とね。あとは眠った彼女を運んでお終い」

「つまり昴兄ぃの女たらしを将斗に真似ろってことね」

「たらしとは人聞きの悪い。あくまで健全な関係だったよ。ま、情報を聞き出すために多少働いてもらっ…千晶?少し落ち着いてもらおうか」


 ナイフを白羽取りし、押し返そうとする昴。千晶も負けじとナイフを押し付けた。

 まぁ、任務で必要な術だったのだろうがそれを鼻高らかに語ってよいかは別の話だ。特に性暴力を許せない妹にとっては。


「私としてはそれを自慢げに語る昴兄ぃの心境がわからないけど?」

「ま、まぁ、将斗へのアドバイスだよ!そうすれば将斗を相手の記憶から消せるんだ‼暗示みたいなものさ!」

「まて、俺は暗示なんて使えないぞ」

「そこは大丈夫。僕が潜入して暗示をかけてあげよう。ワインも薬も用意しておくから…」

「相手は学生だぞ⁉酒飲んだら一大事じゃねぇか‼」

「あ……」

「それに将斗と同じ学校の子だよ?アンジで忘れても結局学校で将斗と鉢合わせじゃん!」

「鉢合わせ…千晶も漢字を使えるようになったんだね。お兄ちゃんうれし…うぶっ‼」


 ナイフを握ってない方の手で昴の頭部に手刀を叩き込んでいた。

 とにかく酒の問題性と相手も同じ学校という事情を鑑みて、この案は没


 2・千晶の経験上より


「…あー…クレムリンではよく告白は…されてたかも」

「え?本当に?‼」「まじかよ千晶‼」


 将斗が腰をあげ、昴がスナイパーライフルを取り出していた。まぁ、顔は可愛いもんな、この妹…

 人殺しの際には狂ったような眼をするから、あまり可愛いとかそういう観点から見たことはないけど。

 千晶は思い出した記憶を確かめるよう、ゆっくりと話す。


「うん。ラブレターを貰うようになったのは今の学校に行ってからだけど」

「待て、女子高だよな?お前の」

「そうだけど?」

「「……」」


 細かいことは忘れることにする。とりあえず続きをどうぞ。


「なんか、「俺のものになってくれ」って言われる事が多かったなぁ」

「すごいストレートな…」


 随分情熱的な奴等が多いんだな、お前の仲間…


「ナイフの近接戦で負けた方が勝った方の言うことをきく、ってゲームをよくやっててね。それでそういう要求を言われる事があったの」

「「あ……」」


 結果は自然とわかってしまった。ナイフ戦で彼女に敗けの2文字はない。おそらく挑んだ奴等は無惨にも散ってしまったに違いないだろう。


「で、私はそいつらに勝って報酬として購買のピロシキを奢らせてたから食べるには困らなかっ…なんで頭を伏せるの?」

「いや…千晶?」

「さすがにそいつらが哀れに思えてな…」


 エースとはいえ女子に敗け、さらには恋愛より食欲を優先されてしまえば男の面目丸つぶれである。ここは彼女に挑んできた勇者達を称えるべきだろう。

 だがこの経験談は活かせそうにない。なんも知らない女子に「俺に勝てば付き合ってもいい」なんて言ってナイフを渡すなど言語道断だ。


「ちなみに…普段はラブレターを貰ったらどうしてるの?」


 恐る恐る尋ねる昴。これは将斗も知りたかった。相手の性別が何であろうと今回はラブレターである。その話の方が参考になりそうな気がしてきた。


「それは会ってるよ?」

「会うの⁉」「駄目だよ千晶!健全な付き合いが…」

「会ってお昼ご飯に誘われるんだけど、紫音ちゃんと食べたいから断ってる」

「おい!」


 相手がキレそうな塩対応だった。下手すれば紫音にも飛び火しかねない。

 これも将斗の参考になりそうではなかった。





(…結局断りかたが見つからなかった…)


 あれから兄弟で話続けたが、相手を秘密裏に始末するだの変装するだの物騒なワードしか出てこなかった。殺しばかりしてきた彼らにはまともな恋愛経験など皆無。話すだけ時間の無駄であったかもしれない。

 放課後のHRまで、将斗は断りかたを散々考えてもみたがどれも相手が納得するとは思えなかった。

 いや、回りくどいやり方ばかり考えていたからダメだったのだろう。

 断るという方針は変わらない。それなら正攻法で堂々というべきだ。


(やっぱりちゃんと言うべきだよな…)


 気が重くなるが仕方ない。帰ろうと席を立つクラスメート達の波に入り込み、将斗は教室を後にした。


 視聴覚室は学校最上階の教室から離れた場所にある。防音のために重く作られた扉を開き、中を確認する。まだ誰も来ておらず、視聴覚室は静まり返っていた。


(手紙の子は…まだか)


 明確な時間は記されてなかったし、少し待ってみることにする。

 気まずい空気の中、深呼吸して気持ちを落ち着けさせる。

 一人で向き合わねばならない。ここから先は兄や妹のアドバイスは忘れるよう心掛け、手紙の主が来るのを待った。


 静かな時間が5分ほど続いた後、遠慮がちに扉の開く音が聞こえてきた。

 入ってきたのはショートボブヘアーの少女だった。バッジから一年生だとわかる。気弱そうな顔つきで不安げに中を見渡していたが、将斗の姿を確認すると顔に笑みが宿った。


「橘将斗先輩…ですよね?」


 おずおずと尋ねる様は小動物に近い。自分の名前を知っていることから彼女で間違いはなかった。


「そうだけど」

「あ、…あの、今日はきてくださってありがとうございます」


 丁寧な口調で礼を言って、中に入ってきた。近くまで来てわかったが、千晶や紫音よりも背が小さいのに、スタイルは何故か彼女達より上だった。

 何が上かって?そりゃあ、ねえ?


「えっと…君は?」

「わ、私、一年の櫻井智香さくらいともかといいます…」

「そっか…」


 将斗を見上げる少女は恥じらいの笑顔を浮かべていた。見たところイタズラとかそういうのではなさそうだ。

 第一印象からあまり自分で話せる人物ではないのがわかる。それなのにこうして会いに来たというのは、彼女なりに勇気を振り絞って来たのだろう。

 そうなるとやはり胸が痛くなる。もし本当に告白なら、将斗は勇気を出してやって来た少女を断らなくてはならないのだから。


「ところで俺…君と会ってたっけ?」


 委員会や部活動に属さない将斗は他学年との交流など一切ない。だからこの少女を見ても、見覚えに近い感覚すら湧いてこなかった。

 櫻井は慌てて両手を振りながら答えた。


「あ、先輩は私の事知らないと思います。私、先輩と話すの初めてですから」


 話す顔は赤くなっていた。あがり症でもあるらしい。


「じゃあ…」

「その…以前先輩が、母が遭った引ったくりの犯人を捕まえてくれた時、私近くにいたんです」

「引ったくり…?」


 少し記憶を遡って、思わず「あ」と声をあげた。


 詳しくは「えす!」の第一話をどうぞ。あれで将斗は引ったくり犯を捕まえていますから。

 だが今回呼び出してきた少女が、作者ですら忘れていたあの引ったくり事件の被害者家族だとは思いもしなかった。いや、多分作者も後付けで考えたのだろう。それが妥当な線だ。

 とまぁ、メタな話は置いとくことにして。


「君の親だったの⁉」

「はい…あのときは御礼も言えずすいませんでした…どうしても感謝の言葉を伝えたくて…でも先輩の名前を知ったのは最近でした」

「いや、いいって…そうだったんだ」


 あの時のか、と納得してしまう。おそらく将斗を見て、学校で見覚えがある程度には思ってたのだろう。それでようやく名前を知ったから、こうして会いに来て礼を言えた、といったところか。

 ん?そうなると…


「もしかして礼を言うためだけに来てくれたのか?」


 感謝の念だけなら告白という展開はないだろう。鈍感にも将斗はそう決めつけてしまい、無神経な質問をなげかけてしまった。櫻井は体を震わせ、緊張した面持ちで両手の指をいじり始める。


(おや?)


 櫻井が窓際に寄ってこちらに背中を向けたまま深呼吸をし、そして振り返った。一瞬にしてその場の空気が変わってしまう。


(もしかして俺…地雷踏んだ?)


 少女の真摯な眼差しにこちらまで緊張してしまう。


「せ、先輩…」

「う、うん?」

「あの時の先輩がかっこよくて、私、先輩のこと気になって…」

「うん…」


 完全に地雷だった。


「その…先輩のこと、調べたんです…最初は顔しかわからなかったし、友達にもなかなか聞けなかったので、先輩を見かけた時に近くに行ってみたり…」

「……」


 精一杯話す少女を見て、良心がただ痛い。

 こんなに一生懸命な少女を自分は、これから傷つけることしか出来ないのか。

 いっそ受け入れて…?いや、なに考えてるんだ俺!


 雑念を払うように将斗は僅かに頭を振った。すると教室の角と窓の向こうに眼がいった。


「先輩のことを知ってくうちに、私、どんどん先輩のこと…」

「ぶっっ?‼」

「?‼先輩…?どうしたんですか‼」

「い、いや、何でもないよ…」


 いきなり吹き出した将斗を見て少女はポカンとしていた。思いを告げる前だったから少しばかり拍子抜けしたようす。

 だがそれは将斗も同じだった。


 まず教室の角。最初は気付かなかったが、よく見ると机の影に隠れてこちらの様子を窺うものがいた。布で顔を隠しているがわかる。


 妹だ。

 

 そして窓から見える、屋上の上で風に煽られるシートが。たなびくシートの下では長い銃身をこちらに向ける、覆面を被った怪しげな人物


 兄だ。



(おめぇら、何してんだよっっ⁉)


 最初に昴がライトでモールス信号を送ってきた。


――将斗がラブレターを貰うから怪しいなと思って。張り込んでた――

(いつからだよ⁉)

――昼過ぎから――


 続いて千晶は読唇術が使える将斗へ


――将斗がラブレターなんておかしい。絶体罠――

(俺がラブレター貰うことに過剰反応しすぎだろ!大体おかしいと思う理由がおかしいだろ!俺悲しいよ‼)


 兄妹の中では将斗はモテることのない淋しい男としてインプットされてるらしい。

 扱いが酷い、酷すぎる。


 そんなに俺がラブレターをもらうのがおかしいのか⁉



(てか、学校は?)

――抜けた――

――逃げてきたよ――

(おいっっ‼)


「先輩…?顔色悪くなってませんか?」

「え?!いや?ナンでもナイヨ⁉」


 思わぬ伏兵に悪い汗をかき始めてしまう。

 ラブレターを罠だと思い込む思考回路も凄いが、こうして乗り込む行動力!

 …見習ってはいけない、

 とりあえずこの状況を早く切り上げなくては‼関係ない一般市民が1名、殺されてしまう前に!


「そ、そうだ、どこまで話したんだっけ?」

「えっと…」


(罠なわけねーだろ‼)

――いや、罠だね――

――罠だね――

(なんでそう思うんだよ‼)

――その子が将斗を呼び出した場所に、気配を殺してる奴がいる――

――将斗、気付かない?さっきから何者かが様子を見てるんだよ?――


 いや、どう見てもお前らだから‼


――将斗を狙って、奇襲をかける腹だろう。可愛い弟は殺させない――

――将斗を狙撃する魂胆、見え見え。来て良かった。来なかったらどうなってたことか…――


 だからお前らだって!


 そこで将斗はようやく、違和感を覚えた。


(なぁ、もう一人は?)

――ん?千晶かい?学校があるし、呼ばなかったよ――

――昴兄ぃ?流石に呼ばなかったよ?――

「………」


 今わかった。

 状況は最悪だ‼

 昴と千晶は互いが来てるのを知らず、しかも互いを櫻井の雇った刺客だと勘違いしている‼二人とも凄腕の殺し屋だから尚更警戒し合ってるし‼


――僕が彼女を撃つ。将斗は襲撃者を――

――私が狙撃手の相手をする。将斗はその隙に彼女を仕留めて‼――

(仕留めねえよ‼)


 どっちに転んでも櫻井さん死ぬから‼特に千晶は同じ教室にいるんだから彼女の無実に気付けよ‼


「せ、先輩!」


 兄妹に集中していて彼女の話を聞いてなかった。櫻井は将斗の袖をつかむと、固く目をつむって叫ぶように


「私、先輩が好きなんです‼」



 好きなんです、好きなんです…好きなん…好き…き…



 初めての告白に頭が真っ白になる。だが頭が真っ白になるのは、動けなくなるということ。


 将斗が動かなくなったのを見た兄妹はまっさきに、こう疑う。



  動けない今が、敵が将斗を殺せるチャンスだ


 と。



(そうはさせない!)

(させない!)


 昴からすれば櫻井が将斗を刺し殺すチャンス。だが自分はそれを止めるためにここにいる!

 スライドを引いて、櫻井の背中に照準を合わせる。素早く息を吐き出し、引き金を引いた。

 昴の動く気配にいち早く反応した千晶は、物陰から飛び出て将斗へと駆け出す。今の隙に狙撃手が将斗を撃ち殺そうとするだろう。櫻井とやらが将斗を殺す隙だってあるが、そうはさせない!

 ナイフを取りだし、スナップを利かせるようにして櫻井へ投げた。

 2つの殺意が櫻井を襲う‼


「危ないっ!」


 将斗が櫻井を押し倒し、それを防いだ。窓ガラスが割れ、ナイフが頭上を掠める。あまりに急な出来事に櫻井は目を白黒させていた。


「え?え⁉」


 昴は襲撃者(千晶だが)のナイフ投げの技術に息を呑んだ。


(正確な投擲…強い‼)

(確かな射撃精度…先に殺らなくちゃ!)


 窓の燦に足をかけ、女子とは思えない跳躍力で屋上へと飛ぶ千晶。千晶がこちらに接近しようとする魂胆は昴にも読めた。


「くっ…!」


 アンチマテリアルライフルを取り出すと昴は千晶に狙いを定めた。


「お、おい!やめろっ‼」


 将斗の制止もむなしく、轟音をあげて視聴覚室の壁が破壊された。あまりの衝撃に櫻井を抱き抱えたまま将斗は吹っ飛ばされてしまう。窓際の机も木端微塵に砕かれ、椅子が天井を駆けた。


「いいいいぃっっ!?」


 千晶は既に爆撃を逃れ、屋上から昴へ猛スピードで向かっていた。


「ナイフを持ってきて良かったよ‼」


 シートを投げ捨て、千晶を迎撃する昴

 両者のナイフがぶつかり合い、火花をあげた。


(?‼こいつ…)

(かなりの手練れ‼)


 注意・兄妹です。


 互いの位置が何度も入れ替り、素早く繰り広げられるナイフ戦闘

 舞うようにして斬りかかる千晶と、それを冷静に防ぐ昴

 身近でありながら互いに覆面をして顔を隠しているために両者は敵の素性に気づいていなかった。


 注意・何度も言うが兄妹です。


(ナイフだけでは分が悪いか‼)


 昴が拳銃を抜く。千晶もそれに気付き、マカロフを抜いた。

 拳銃の発砲音がナイフのぶつかり合いに混ざり、鳴り渡る。


「だからやめろって‼」


 窓がなくなった壁に身をのりだし、将斗が叫ぶ。しかし二人には聞こえない。容赦のない攻撃で息の根を止めようと殺し合う世界に、離れた場所にいる将斗の声は届かない。

 このままではどちらか死ぬまで止まらない‼


 将斗は櫻井の様子を見た。先のマテリアルライフルで完全に意識を失ったらしい。

 これなら見られる心配はない。壁に突き刺さったナイフを抜きとり、二人に向かって投げつける。ナイフは二人の足元に突き刺さった。


「!なにするんだ将斗!」

「将斗!何を…」


 そこでようやく二人の戦いが収まった。互いの声を認知し、正体に気付く。


「…what ?」「シト?」


 兄妹が向かい合い、顔を見合わせた。両者は

黙って覆面を外し…


「何してるの千晶?」

「昴兄ぃこそ…」

「ようやく気付いたか…」


 沈黙が走る。二人は互いの誤解に気付き始め、そして自分達がしでかしてしまった事態を飲み込んだ。

 ゆっくりと将斗の方を向く。爆発音に気づいた人達が視聴覚室に向かう音が大きくなってきた。


「こっちか⁉」

「すごい音がしたぞ⁉」


「「将斗…」」

「撤収しろっっ!」


 将斗の合図に反応し、二人は武器を担いで屋上からワイヤーを垂らすと、瞬時に姿をくらました。

 直後、大勢の教師や生徒が視聴覚室になだれ込む。


「ここか?‼」

「どうした!」

「なんだこれは!」


 入ってきた人達は視聴覚室の有り様を見てヒィッ!と悲鳴をあげる。


 風通しがよくなったというにはあまりに開放的な空間。破壊された壁からは焼け焦げた表面のコーティングが剥がれ始めている。まるでここだけ、紛争でも起きたのかと疑ってしまうような光景の中、一年生女子を担ぎ上げる二年の橘の姿が。


「橘…」


 将斗を知る教師が恐る恐る尋ねる。


「何があったんだ?」


 言えない。間違っても兄と妹が喧嘩をした名残りですなんて言えるはずない!


「…知りません。急に爆発が起きて、こうなりました」


 むしろそうであってほしい。この前のモルゲン爆発事件といい、自分達一家は爆発が常識のように起きつつある。これが将斗も知らない何者かによる爆発だったらどれだけよかったろう。もしも犯人が特定される事態になったら…賠償する額を考えるだけで寒気がする。





その夜…



「この…バカ兄妹が!」


 将斗の拳骨を受け、頭に大きな瘤を作った昴と千晶は反省の正座をさせられていた。


「sorry…」「イズビニーチェ…」

「学校に忍び込んで視聴覚室の壁をまるごと破壊するバカがいるかっ!」

「「…ここにいます」」

「いてたまるかっ‼」


 兄妹は素直に将斗の怒りを受け止めていた。勘違いから生まれた騒ぎは櫻井知佳の記憶喪失という形で幕を閉じた。

 あの爆発騒ぎでショックを受けた櫻井は当時の記憶を失ってしまった。厳密には、将斗の机にラブレターを入れたくだりから。もしかしたら将斗と関わったことで受けるはめになった騒ぎを頭が忘れようと働いたに違いない。まぁ、ナイフや銃弾が飛び交う記憶など覚えてもロクな学校生活を送れないだろう。忘れておいたほうが彼女のためだ。


「ごめんよ…まさか本当に無実だったとは思わなくて…第3者もいたわけだから」

「殺気もあったし、本当に危ないと思って」

「当たり前だ‼お前らが忍び込んでたんだから‼」

「あ、でもあの子自身が将斗に危害を加えないとは限らなかったんだよ⁉」

「そうだよ!あとから思えばまだ容疑が…」

「だまらっしゃい!」


 再度降り注ぐ拳骨の雨。兄妹は今度こそノックアウトした。


 あのドンパチ騒ぎに巻き込まれ、目の前で一般人を殺されかけ、挙げ句校舎を破壊された将斗の身にもなってほしい。怒るなって方が無理だ。


「あの子はただ、俺と話そうとしただけだ!それ以外になにもない!」

「え、じゃあ告白されたの⁉」

「本当なの⁉将斗!」


 あの場にいたのに何を聞いていたんだ千晶おまえは!

 頭に特大の瘤をこさえて倒れる千晶


「OKしたのかい?!」


 あに千晶いもうとに続き、地に伏した。


「しとらんわ!そもそも記憶すら失ってるわ‼」

「あ、あ~…じゃあ僕の記憶をなくさせる作戦が役立ったんだね…」

「昴兄ぃ、でもそれ、今後としてどうかと…」

「反省しろっ!」


 起き上がるタイミングを見計らい、もう一度拳骨

 将斗が戦闘においてハイスペックな兄妹に勝った瞬間だった。




 喫茶店モルゲンは改築を終え、再始動を控えていた。新しくなったソファーを運び入れ、ひと息つく山縣。五木はグラスを揃えている。


「ようやくここまで来れたな…」

「そうですね~本当に…」


 長かった、とため息をはく。

 屋根が吹き飛んだとかのレベルを越え、柱と土台だけにされてしまった状態から持ち直したのだ。ある意味ゼロから始めたと言ってもいい。


「もう壊されないといいんですけどねぇ…」

「…不吉な発言はやめろ」

「橘さんたちに」

「ありえそうで怖いからやめろ‼」




 この日を境に、橘3兄妹の間で1つの約束事が決められた。

 一般人を巻き込むような行動はしない。暴れるなら任務か、任務関係者の目の届くところで。

 つまり兄妹の認識下ではモルゲンはまだ、暴れても目をつむる範囲に入っていることを山縣と五木は知らない。

 上司の天田がタバコをふかしながら呟いた。


「……二度あることは三度ある……次破壊された時の保険でも用意しとくか……」




 夕飯をいただこうとやってきた紫音は橘家の有り様に唖然とした。

 千晶と昴が血まみれで倒れ、床にめり込んでいる。その傍では将斗の拳が震えていた。昴にいたっては血で「愛すべき弟」などと、ダイングメッセージと捉えるには難しい文字を床に書いている。


「将斗…何があったのですか?」

「知らん‼」

おまけコーナー

櫻井さんのその後…


将斗「あ…」

櫻井「あ…橘先輩…」

将斗「えっと…」

櫻井「ごめんなさい‼」


 将斗を見るなり記憶喪失からくる拒否反応を起こすようになりました。


昴「将斗!ドンマイ‼」

千晶「どんな将斗も受け入れてくれる人、きっといるから‼」

将斗「落ち込んでないから‼大体誰のせいだと…」

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