気になるあのひとの?
遅れましたがあけましておめでとうございます。
突然ですが「橘家の材政事情は?」という質問を知り合いから受け、えすの方に掲載することにしました。
「この中の誰かが紫音ちゃんと結ばれたとしたらの話だが」
「待て、何だ急に」
休日の昼食。パスタをスプーンに巻き付けながら切り出してきたのは長男の昴だ。
眼鏡は蛍光灯に反射して光り、兄の眼の色を伺うことが出来ない。
こんな途方もない会話の切り出しは今に始まったことじゃない。ある程度の下らない話なら流すことも出来るが、今回は紫音が絡む話だ。将斗も聞き流すわけにはいかなかった。
ちなみに当の紫音はいません。学校の用事につき不在。つまり今、この食卓には橘3兄妹しかいないことになる。
「急じゃない。前からテーマになっていたじゃないか」
「記憶にないぞ。いつ言っていた」
「最後は3日前かな。『新しい妹を作る手段』というテーマで話したじゃないか」
「暗にも程がある」
昴は弟妹大好き廃人につき、毎日弟妹や紫音、恋愛ゲームの年下攻略キャラについての話題が後を絶たない。だからその話もいつもの戯れ言と認識していたのだが………。
将斗が突き出したフォークをフォークで防ぎ返し、昴は続ける。ここまでナチュラルに変態を表す性格は流石だ。
「やっぱり新しい妹も一緒に住むとなると我が家の資金力の問題が出てくる」
「さらっと話を進めんじゃねぇ」
「そこでだ、紫音ちゃんと結ばれるだろう我ら3人の年収を………」
「だから待て」
将斗が強引に遮る。いや、遮らねばならなかった。
「3人?」
「?当たり前だろう?」
何を言ってるの?バカなの?といわんばかりの表情でこちらを見上げてくるのが腹立たしい。が、大切なのはそこじゃない。
橘3兄妹は長男の昴、次男の将斗、末娘の千晶の編成だ。
つまり3人とは………
「なぜ千晶もカウントされてるんだ?」
注意・日本で同姓結婚は認められておりません。
「?当然だろう、千晶にだって紫音ちゃん√があってもおかしくない」
「おかしいだろうが‼法律的にも兄貴の脳内的にも‼」
「まさか。おかしいのは君だよ将斗。少なくとも僕ら全員には紫音ちゃん√が敷かれている、これは事実なんだ」
「随分身勝手きわまりない事実だな」
「本当のことを言ったまでさ。考えてごらん、君はかつて育児放棄されていた紫音ちゃんを救い出した。この時点で将斗は紫音ちゃん√を確保。
千晶はというと自殺するところを紫音ちゃんに救われた。紫音ちゃん√確保。
最後に僕。『ダブルフェイス』で紫音ちゃんとのフラグを建設。√確保」
「てめぇ!船で紫音に何しやがった‼」
「昴兄ぃ!」
さすがに千晶も反応して弟妹両者から首を絞められることになったが昴の表情は幸せそう。
「ぁー、弟妹が僕を取り囲んで………ぼかぁ幸せもんだ」
「誤魔化してねぇでさっさと答えやがれ」
「ダー、これ以上はワイヤー使うよ?」
流石にそれは嫌だ、と思ったのか昴は恍惚な表情のままつなげた。
「いや、ね?女子同士でも強い絆ってあるじゃないか。千晶と紫音ちゃんの場合それなんだって」
「ぐっ……」
成る程、確かに二人はお互いを本当の姉妹みたいに思っている。将斗か昴、どちらかが紫音と結婚したとしても姉妹関係の継続はありえるだろう。
「そしてそのまま中国かオランダに行く可能性だって………ぁ」
行った。いや、逝った。この妹、容赦ない。
復活した昴は絞められた首を撫でながら話してくれた。
「でも、僕か将斗が紫音ちゃんと結婚する可能性を考えたら、避けて通れない話だと思わないかい?」
「別に………結婚なんてまだ………」
「シャラップ‼」
昴の声が鞭のように叩きつけられる。
「結婚は甘くないんだ‼まだ早い、その考えが命取りなんだよ!気付けばチャンスを失い、ズルズルと………君は五木さんみたいになりたいのか?‼」
「五木さんは関係ねえし、酷くね、それ?‼」
ちなみに五木とは将斗の同僚にてバックサポート的存在です。現在何をしているかというと、前回3兄妹によって破壊された喫茶店モルゲンの復旧作業に追われてます。
「山縣さん………」
骨組みに座りながら片手に金槌。目は虚ろで明後日の方を向いていた。
「?なんだ」
「いますっごく侮辱された気分………この金槌、山縣さんの頭に落としていいかしら?」
「いいわけないだろう‼」
「と、いうわけで3兄妹の年収を調べたいと思います‼」
食卓に並べられた3兄妹の通帳。昴と千晶は帰国してから新しく日本の口座を作ったので、帰国前の通帳と合わせて2つずつ。
「なんでこんなこと……」
悪態を突く将斗に再び愛のシャラップ。
「将斗!昔、父さんが僕らに教えたことを覚えてるか‼」
「……男なら甲斐性を持てってやつ?」
「イェス‼」
なぜそこで英語?
「男なら甲斐性!」
「私、女子………」
「紫音ちゃんと結ばれたいなら‼まずは甲斐性有るところを証明するべきだと思うんだよね‼」
眼鏡が割れそうなくらいの勢いのある眼力。わけのわからないスイッチが入ったようでなによりです。
「なぁ、それ学生の時点で競うべきか?」
将斗がツッコミ(正論)で問うとニヤリ、と、殴りたくなるような笑顔を向けられた。
「将斗、いいんだよ?勝負が怖いなら素直に逃げても」
ブチッと
「さて、最初は誰からいく?」
「………兄貴から言えよ」
「なんで私まで………」
「じゃあ将斗から!」
「俺かよ‼」
将斗はため息を吐きながら通帳を開いた。
彼は上司の天田悠生から報酬を振り込まれている。
一回の任務につき手取りは約20~30万。
一度でも任務をこなせば月額は普通に安定したサラリーマンクラスだろうか。高校生の時点でこれを実現しているのは流石だが………
「………普通すぎるね」
「………………」
「ちょっと、黙っててくれないか?‼逆に千晶は何か言ってくれよ‼」
兄妹に比べて圧倒的に経験の少ない将斗は任務をこなした回数も足りない。つまり任務が回ってこない率がそこそこ高いのだ。下手をすればサラリーマン以下………
「うるせぇ‼」
「まだ何も言ってないよ?」
千晶に理不尽な暴力をふるってから(かわされたが)将斗は通帳を閉じて二人を睨み付けた。
「兄貴達は?どうなんだよ‼」
「……じゃあ私から」
そう言って(嫌々)通帳を開いたのは千晶だった。
ロシアの特殊部隊、クレムリンの一人。
その中でもエースと呼ばれる妹の月収は手取りは若干だが、将斗よりも安定はしている。
「………確かに立派だが………」
「俺とはあまり大差ない気も………」
「ま、結局のところ歩合制で上がるか上がらないかもあるし」
そう言って千晶はロシアでの通帳をペラペラとめくり始めた。
「さあ、最後は僕だね」
………ぅわー、自信満々な笑み。腹立つ。
笑い方からして昴が一番高いのは確実だろう。将斗は苦々しい表情で兄の通帳を覗きこんだ。
月給120万といったところか。
年収1000万超え。
齡20代にして実現してやったよこの兄貴。
どや顔がムカつくなー、あと謎に光るあのオーラ。
「うん、これで決まりだね」
「すり替えんな。いつ年収で紫音と結婚できるって話になった」
「経済的に安定しているのは圧倒的に僕だ。つまり紫音ちゃんに堂々とプロポーズをしてm………」
「おい!」
このままでは本当に紫音に告白しかねない。焦りに頭がパニックを起こしつつある将斗は胸ぐらを………
「あった」
千晶の間の抜けた声で昴は高笑いを止め、将斗は突きだしかけた手を引っ込めた。
「なんだよ」
「クレムリンでは殺した分だけ報酬が加算されるの。これ、加算された分」
そう言って見せてくれた数字を前に………
「ヒイイイィッッ?‼」
兄二人は戦慄を覚えた。
昴の数字を超えているだけならまだ幸せだったろう。
その数は破格を通り越している。年収1000万?平和で結構。
その数字だけ人が殺されたんだぜ。嘘みたいだろ?
「ち、千晶………その数字は一体いつの………」
将斗の手を握る昴の歯はガチガチと震えていた。一方の妹はごく普通の仕草で
「アー………クレムリンに入って間もないから、一番少ない時期かな。高いので………」
「「い、言わなくていい‼」」
………………………………………
………………………………
………………………
………………
………。
「でも私、紫音ちゃんとそんな関係になるはずない………」
友情ENDはあるだろうが間違っても結婚√はないだろう千晶の発言に少しばかり救われた昴と将斗は、突っ伏していた頭を上げた。
「そ、そうだね………」
「だな………」
そもそも全員人を殺めて、貰っている金だ。真っ当に稼いだ金なら3人とも0円である。
「でも参ったな………千晶に負けたなんて………」
「はじめから俺は末妹に勝ててねえよ……」
「紫音ちゃんを養う計画はもう少し先からだね………」
養うつもりだったのか。
だが確かに、結婚するなら男性は甲斐性を見せつけたくなるものだ。
昴の考えにもほんの少し共感できる。
自己解決して締め括ろうとする兄二人。そこへ妹の何気無い質問が追い討ちとなって襲いかかった。
「紫音ちゃんって、いくら貰ってるの?」
「ねえ、紫音ちゃん」
「はい?」
学校の用事を終えて小樽駅で速見愛花と合流し、喫茶店でコーヒーを飲んでいたときだ。愛花が身を乗り出して、エスプレッソを飲む紫音に訊いてきた。
「紫音ちゃんも将斗と一緒に仕事してるんだよね?実際どれくらい貰ってるの?」
真っ先にダウンしたのは将斗だった。額をテーブルに押しつけ、なぜか破滅の呪文を唱えている。
「将斗、そんなことしても、何も落ちない」
紫音の報酬金額も、天空の城も。
妹の指摘がなぜか今はとても痛く思えた。
「なにかを落とす魔法よりも、死の呪文、将斗には必要」
「千晶、人殺しの報酬はノーカンってさっき、話したばかりだよ………」
弟の失墜に同情の視線を向ける昴の顔色も悪い。よほど甲斐性のある男でありたいとのプライドが二人にあったのだろうが、女子である千晶には無縁の拘りだ。
「でも紫音ちゃんってパソコンの仕事、毎日のようにこなしてるよね?」
「「………(コクリ)」」
「仕事の量は今の私達以上かなって………」
「「………………」」
仕事量と金額が見合ったらそれは素晴らしいホワイト企業。
生憎にもそれは限りなくブラックな世界ではよくある話なのだ。
千晶然り、殺した数だけ金額が増える。そして紫音は昴の所属するMI6のハッキング追跡プログラム、Hound dogを撒くことができるほどのウィザード級ハッカーであり、天田が引き受けた依頼だけでなく将斗達の補佐も同時進行で行っている。依頼の数は週に10件を上回るのが通常だった。
一回の依頼料で20~30万。将斗達の補佐一回につき約10万。依頼だけで週に10件以上の計算だと………
「げっ………てことは紫音ちゃんてスゴくお金が………」
「で、でも学費や部屋の家賃あるし………」
「それでもかなりの額が手元にくるじゃん‼」
驚きを越してドン引きしている愛花に対し、苦い笑みを浮かべてしまう。
「でも………私は家族から自立したいから貯めなくちゃならないし………」
「あー………わかる」
家族から家族らしい扱いをされなかった二人はその共通点で仲良くなったようなものだった。
「それでも偉いよね、そこまで自力で稼いで………もし結婚とかしたらお金って、いくらあっても足りないらしいしさ」
そう言って愛花はアイスコーヒーをストローでかき混ぜる。
確かに、と紫音は頷いた。
もし結婚して子供が出来たら学費に生活費に………
そのとき、なぜか橘家の面々を思い出していた。
もし結婚して、あんな暮らしが続けば……
そんな考えを抱いていた自分に驚き、慌ててエスプレッソに口をつける。
変な想像で赤面した自分の顔を見られたくなかった。
(なにを想像しているのですか、私……‼)
結婚についてはまだ考えたくない。
考えたくないのに………………
「………で、」
肩をすくめる千晶の隣で紫音はその惨劇を目撃していた。
午後の6時。夕飯を食べたい時間帯だが………
昴は涙と動揺で焦点の合わない眼を剥きながら、白い紙に遺言を書き綴っていた。
『甲斐性のない私を御許しください、お父様、お母様――』
将斗はというと、算盤をパチパチと弾きながらなにかを呟き続けている。耳を凝らして聞いてみると大人気映画に出てくる死の呪文だ。誰かを殺したいのだろうか?だがなぜ算盤?
紫音が近くにいるというのに二人とも、生ける屍となっている。
無事なのは千晶だけだ。
「……何があったの?」
「………………」
千晶は眼を逸らした。
「千晶ちゃん?」
「……年収の少なさでプライド、壊れたみたい」
「はい?」
やけにお金の話をする日だ。しかしなぜ二人が………
戸惑う紫音から逃げるように、千晶はキッチンに向かう。
「あ、千晶ちゃん、まだ………」
「ニェット。私は何も知らない」
「知ってるでしょ絶対!」
夕食の準備を手伝いつつ、紫音は千晶に質問を重ねる。しかし千晶は終始、申し訳なさそうに流し目をするだけだった。
紫音が、なぜ二人があんなことになっているのか。最後まで知ることはない。
男なら家族を養うべし。幼い頃の教訓を守ったがゆえに自爆していた兄二人を千晶はその夜、宅飲みを開いてカムバックさせることに成功した。
ウォッカという強硬手段で。
「なぁ、千晶。昨日の記憶がないんだが………」
「ダー。ウォッカ、飲みすぎだから」
「………千晶、僕も記憶がないんだ。何かに落ち込んでいたような気はするんだが………」
「思い出さなくて良いことある。はい、水」
水といって今度は日本酒を差し出す。おそロシア、やることが違う。
これにより将斗と昴は再度記憶を失う羽目になった。
前回、モルゲンを破壊された上司達が不憫におもえてこなくもないこの頃