第四十六話『Zero-諦めないということ』(6)
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AD三二七五年七月二四日午前九時三三分
また、目を開けたら見慣れた景色だった。
病室。何度、こうして目覚めればいいんだろうか。柄にもなく、ゼロは思う。
「気が付いた?」
声がした方に、顔をずらした。
ルナが、心配そうな眼で、自分を見ていた。
その眼に、気付けば自分も興味を持った。それが、思えばこの女とのつきあいの始まりだった。
「どうなった?」
「なんとか、作戦は上手くいった。今、別の部隊がこの周辺で調査中よ。それと、みんな待ってる」
「何を、だ?」
「村正の、葬式」
言われて、ようやく、現実に引き戻された気がした。
ついこの間まで聞こえていた村正の声は、とうに聞こえなくなっている。
そして、あの日に、村正は死んだのだ。それが、紛れもない現実だった。
身体をゆっくり起こし、玲に霊安室まで案内してもらった。
まだ、村正の遺体は、冷凍保存されていた。
その肌は白く染まり、怒髪天のようだった髪の毛も垂れ下がり、そして、両方とも腕はなくなっていた。
思わず、背負っていた。
「いいのか? ストレッチャーあるぞ」
「いや、いいんだよ、これで」
軽いぜ、クソ兄貴。
そんなことを、外に出るまでずっと思っていた。
触っただけで、死んだのだと分かった。筋はやせ細り、脈もない。気の流れも、感じられない。
外に出る。日が、草原を照りつけていた。
暑い日になる。そんなことを、ゼロは思った。
周りを見る。見知った仲間と同時に、意外な奴がいた。
ハイドラが、そこにいた。
「てめぇも、いたのか」
「俺は、これからベクトーアのトップと会談する。だが、それとは別に、参加したかった。あいつは、俺の弟みたいなものだったからな」
「そう、だったのか」
「あぁ。俺の後継者は、奴しかいないと、そう思っていたくらいだよ。だが、死んだ。俺が、殺したようなものだ」
ハイドラの拳が、強く握られた。
横には、ビリーとファルコ、そして、仮面を縫い付けた男がいる。恐らくこの男が、プロディシオなのだろう。
名前は、何度か聞いたことがある。ブラッド達と同じ暗殺者ギルドの出身だったはずだ。
そのプロディシオが、竿を一本、出した。
「あいつは、釣りが好きだった。この世ではない何処かで、釣り竿がなければ、あいつも困るだろうしな」
不思議な男だと、何故か思った。狂気じみた外見と、その経歴と裏腹に、優しすぎる。
そんな男達が、ハイドラに魅せられて、そしてこの蒼機兵を作った。
何が目的なのか、そこまではまだ分からない。だが、突拍子もないことをやるのは、ほぼ間違いなさそうだ。
なぁ、兄貴。あんたも魅せられてたんだろ。そんな連中だ。面白ぇことやるに、決まってるわな。
しばらく、退屈しないで済みそうだぜ、俺は。あんたは、釣りでもして、しばらく退屈してろ。
決着は、来世だ。
そう思って、火葬する場所まで、持って行った。
ウェスパーから、着火装置を渡された。
その直後、ファルコが出て来た。
「ゼロ殿。これを、遺骸に被せたいが、よろしいか」
ファルコが、真っ青な、今の空のような旗を持ってきた。
「これは?」
「蒼機兵の、旗です。我々の、以後の印になります」
ゼロは一つ、頷いた。
ファルコが、村正の遺骸に被せた。それで、村正は見えなくなった。
少し、火葬場から距離を置く。
何でも、村正の遺骸を残すわけにはいかないから、ナパームまで用いて徹底的に焼き尽くすらしい。
ど派手な火葬だな、おい。
何故か、ゼロは苦笑していた。
着火ボタンに、手を掛けた。
「あばよ、クソ兄貴」
押した。
瞬間、爆音と同時に、炎が上がった。
天高く上った炎は、瞬く間に遺骸を焼き尽くした。
その炎を見ながら、ゼロは、視界が滲むのを感じた。
泣いている。そう、感じることが出来た。
ルナの泣き癖が、移ったか。
少し、泣こう。
それだけ思って、天を見た。
拳を握る。両方とも、もはや自分の拳ではない。
だが、それでも、痛みだけは感じられる。
それを感じながら、踵を返した。
炎が見えない位置で、顔を覆う。
指の縁からでも、涙が溢れてきた。
こんな姿は、見られたくねぇけどさ、少し、泣いてもいいよな、兄貴。
何故か、涙は止まらなかった。
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炎が、まだ上っている。
蒼機兵の連中は、ずっとこの炎を見ているようだ。それを見て、少しだけ、レムは離れた。
リフレッシュルームに行って、少し、ため息を吐いた。
「レム、どうしたの?」
ルナの声が、前から聞こえた。横に、ルナが座る。
どれだけ時間が経ったのか。一瞬なのか、それとも長時間なのかは、分からない。
ずっと、ルナが傍にいた。
「お母さんの葬式を、思い出したんだ」
「そっか。もう、一三年も前なのね」
レムは、一つ頷いた。
そう、十三年だ。そして、自分はジンに選ばれた母親の魂を、この間殺した。
それは恐らく、ずっと背負うのだろう。
あの世にいつか行ったら、謝れる日が来るのだろうか。それが、今でも不安で仕方なくなる。
「十三年ってさ、長いね」
「そうね。あたしも、同じよ。あの事件から、十年。レムが妹になって、もう十年。気付けば、長いわ」
「あっという間だね。村正も、あっという間だったのかな」
「というと?」
ルナが、こちらに顔を向けた。
「思うんだ。私にとっても、人生はあっという間に色々と起こった。その中で、忘れてること、忘れてないこと、色々とある。でさ、人が死んだら、忘れられる人と、そうじゃない人といる。もしさ、私が死んだら、みんな覚えててくれるかなって、時々思うんだ」
「それに関しては、心配ない」
言うと、ルナが、自分を抱きしめた。
暖かいと、レムは思った。
「あたしが、ずっと覚えててあげる。どんなことになろうが、なんだろうが、絶対に忘れない。忘れたくない。だから、レム、生きて、生きて、生き抜いて、色んな思い出を作ろう。絶対に忘れないものを、作っていこう。前にも言ったように、生きよう、レム」
急に、泣きたくなった。
だが、この姉の前なら、泣いてもいい。そう、思えたのだ。
「姉ちゃん、少し、泣いていいかな?」
ルナが、小さく頷いてくれた。
「思いっきり、泣きなさい。思いっきり泣いて、思いっきり笑ってくれれば、姉ちゃんは、それでいい」
視界が、滲んだ。
大きな声で、泣いた。
泣いたのは、いつ以来だろう。
そんなことを考えても、すぐに消えた。
泣こう。それだけ、レムは思った。