第四十六話『Zero-諦めないということ』(4)-3
「使う時が、来たようだな」
タッチディスプレイを押した後に、パスコードを入力する。
何年前に設置した施策かは、正直忘れた。
確か、もう二〇〇年以上は前だった記憶がある。
自分が散々解析して作り上げた、ガーディアンシステムの致命的欠陥である、負の感情の吸い上げを無くすというバグ取りだ。
負の感情を吸い取られ続けた結果、ほとんどの連中がレヴィナスに喰われたのを、ハイドラは今でも思い出す。
だが、ガーディアンシステムはプロトタイプエイジス最大の切り札だ。それを使わない限り、アイオーンには、ジンには、絶対に勝てない。
だからこそ勝つための策を、自分は練った。
ガーディアンシステムのリミッター解除時、暴走の危険性をなくすためだった。
そして、その装置の片割れが、炎雷に積まれている。
理由は簡単だ。羅針が、そもそもガーディアンシステムの集団リミッター解除を実施することが可能な機体だったからだ。
羅針は全てのプロトタイプエイジスを率いるために作られた、といっても過言ではない機体だった。
だからこそ、他の機体にはなかった脅威的な強度の確保として装甲にRLを用いたし、出力確保のためにSPIRITも積んだ。そして、その出力を用いて、それを最大の矛とした。
そして他の機体が羅針の持つガーディアンシステム集団解除装置を使われることで、羅針が率いる部隊が脅威的な強さを発揮する。
単独でも強いが、集団になった時に真の強さを発揮する。それが羅針という機体だった。
そしてそれを受け継いだ機体を、ゼロが持ってきた。
自分の予測は間違っていなかったのだと、ハイドラが思うと同時に、自分の心に希望がわいた。そんな気がした。
衛星軌道上の人工衛星にリンクする。頭部の装置の展開が、完了したと通達があった。
「やれ」
言った瞬間、光が、蒼天の頭上に差し込んだ。
レーザー光。それが人工衛星とリンクしたと伝えられると、すぐにモニターで処理が動く。
すぐさま、この大地に存在しているプロトタイプエイジス全機のOSのアップデートを行い始めた。
それは、いとも簡単に、あっという間に、終わりを告げた。
それが終わった瞬間、蒼天は動かなくなった。
バッテリーが尽きたと同時に、オーバーヒートを起こしたのだ。
やはり、この機体もそろそろ限界なのだ。
蒼天に愛着があるのは、自分がよく知っている。何せ、千年も乗っているのだ。
だが、自分の切り札は、五百年前に手に入れた切り札が、実際には蒼天の中に眠っている。
しかし、まだ目覚めさせる時ではない。
時が来れば、それは自然と目覚める。
それまで、粘ろうか、なぁ、愛機よ。
そんなことを思いながら、戦場の様子を見る。
徐々に、敵を射線軸状に追いやりつつあった。
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急に、空破が動きやすくなった気がする。
レインボウの弾薬は尽きた。レインボウから機体を切り離し、空破単体で動く。
敵が見えたら、殴り飛ばして破壊する。
それをルナは、指示を出しながら繰り返し続けた。
不知火の回収も終わったと、ディスから報告があった。
いつの間にいたのと、言いたくなったが、それどころではなかった。
あれだけの戦闘を繰り広げた後に、二〇〇〇機を相手にするのだ。いくら蒼機兵が加わってくれても、かなりつらい。
息が、上がり始めている。
だが、まだ踏ん張らなくてどうすると、ルナは自分を奮い立たせる。
直後、警報が鳴った。
スコーピオンが、構え始めた。
手には、FM-67マシンガンが握られている。
そして、ロックされた場所も分かった。
ゼロに対してだ。二〇〇〇機による一斉射撃で沈める、いや、沈められなくても冷却バイパス一本でもやられれば、その瞬間に発射までの時間は延びる。
そうなればイーギスの自爆に巻き込まれる。
そうさせる前に破壊するのは、無理だ。
だが、護る必要がある。
エイジスの名を見せろ。そう、ロニキスが言ったのだ。
ならば、自分が護らないで、どうする。
フレーズヴェルグと呼ばれた自分が、それをやらないでどうする。
ルーン・ブレイド三代目戦闘隊長である自分が、部下を護らないで、どうする!
そう思った時、IDSSの波紋が広がった。
ハガナは下がっている。オーラシールドは使えない。
だが、それでも、守り切る。
思った瞬間、ガーディアンシステムの起動を、AIが知らせた。
同時に、空破の腕に、ヒビが入った。
そして、そのヒビから、オーラの壁が出現し、炎雷の前を覆った。
その壁に、何発もの銃弾が当たる。
一発も、炎雷には当たっていない。
自分の気が、吸われる。重いと感じる。
だが、自分が護らないで、どうする。それだけ思って、守り続けた。
チャージが完了したと通達があったのは、スコーピオンが構えを解いた直後だった。
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汗が、滴り落ちている。
その汗が滴り落ちる様も、ゼロには見ることが出来た。
アップデートが行われた瞬間から、少し、身体が軽くなった。
雑音が聞こえなくなったから、というのが大きな理由だろう。
殺せと言っていた声は聞こえない。
代わりに、仲間からの声は聞こえる。
だとすれば、自分が仲間に報いることが出来るとすれば、策を立て、そして、敵を切り伏せること。
そして、諦めないこと。
それが出来るようになればいい。そう、ゼロには思えた。
IDSSの波紋が、大きく広がっていく。
赤く、砲門が揺らいだ。気が、今すぐ撃てと言っている。
だから、それに従う。
「デュランダル・インバースデルタ、ディスチャージ!」
トリガーを、押した。
瞬間、視界が真っ赤に染まった。
自分の気を示す、紅蓮の炎の如き赤。それが、視界一面に拡がり、大地をえぐり取りながら、何もかもを焼き払っていく。
艦船も、M.W.S.も、中継ステーションも、全てだ。
炎。そう、ゼロには感じられた。
照射が終わった時、ただ焼け焦げ、えぐり取られ、大穴が何カ所も空いた大地が見えた。
そして、急報が入ったのは、そのすぐ後だ。
インプラネブル要塞前の敵が、撤退した。そんな報だった。
それで、喚声が聞こえた。
だが、その喚声が、ゼロには遠く聞こえた。
IDSSから、手が落ちた。
機体が、ガクンと沈んだ。
エネルギーが尽きたと、AIが告げた。
俺もエネルギー尽きてるぜ、おい……。
苦笑して、眠ろうと思った。
ひどく、眠かった。