第四十六話『Zero-諦めないということ』(4)-2
頭から、血が出ている。
死ぬ感触はないが、痛みはある。
ヘルメットの破片が、義眼に突き刺さっていた。ヘルメットを、ブラスカは脱ぎ捨てる。
コクピットを強制的に開け、出ると、朝日が昇った。
そして下を見ると、レヴィナスと融合した、エミリオの顔が見えた。
「あぁ、負けたのか」
エミリオが、抑揚のない声で、しゃべった。
「負けやな、おどれの」
「ブラスカ、何故、俺は負けた? 戦略か? それとも、俺が、足りなかったのか?」
「両方や」
「両方?」
「戦略はあった。せやけど、おどれはそもそも、過去しか見てへんかった。今を、見ることをせぇへんかったやないか。前に進まへんもんに、ワイらは殺せへんよ」
「その傷が、前に進む証か?」
「せやな。ワイは、そうやって前に進む以外知らへんからな。義眼が一個なくなろうが、そないなこと知ったことやない。ワイは、どんなズタボロになろうが、前に進む。それが、ワイなりの答えや」
「そうか。それが、俺の敗因か」
エミリオが、小さく笑う。
死が近い。それが、よく分かった。
「なぁ、ブラスカ。撃ってくれないか?」
「痛むんか?」
「そうだな」
「せやったら」
持っていたレイジングブルを、エミリオに向けた。
撃鉄を引く。
「すまないな」
それを聞いてから、撃った。
エミリオの眉間を貫いた瞬間、狭霧が、灰となっていく。
そして、風が吹くと、狭霧は跡形もなくなった。
「世話になりました、隊長」
それだけ言ってから、レイジングブルを、また懐にしまった。
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狭霧まで、やられた。
そしてこちらの機体は、ほぼ動かなくなった。
挙げ句、今情報が入った。
ロキに、華狼の旗が立った、とのことだった。
ロキも制圧された、ということだ。
自分達に、退路も、進路もない。
作戦は、失敗したのだ。そう、イーギスには思えた。
だが、ここで少しでも始末したい。
少なくとも、ハイドラも裏切ったのだ。これで何の気兼ねもなく、始末が出来る。
そう思った時、ボタンを押していた。
ステーションの扉を開けた。
万が一というと気に備えて取っていた二〇〇〇機を、ここで使う。
少しでも動けばいい。足止め出来ればいい。
使って、少しでも、殺す。
一人でも二人でも知ったことではない。
「共に地獄へ行こうか。なぁ、ハイドラ。なぁ、ルーン・ブレイド!」
オペレーターの声が、聞こえた気がする。
やめるべきだと。言った者から、撃ち殺した。
逃げようとしても、演習場があれだけ破壊されたのだ。逃げる場所など、ない。
どうせ、自分は闇の人間だ。それが、闇に帰るだけだ。
その証拠は、残さないようにしなければならない。
自爆装置も、すぐに押した。
カウントが始まる。後、二分。
それで何人か殺せるだろう。それだけで、十分だった。
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警報が、ブリッジに鳴り響いた。
増援。スコーピオン二〇〇〇機。
更に、艦船に高熱源反応が出た。
奴らはこちらを道連れに自爆する気だ。ロニキスは直感的に理解できた。
こちらの体勢はボロボロに近い。残弾も、もう一割弱しか残っていない。
取り付かれたら、終わりだ。
「艦長、鋼より通信!」
「つなげ!」
言うとすぐ、メインモニターにゼロの表情が映し出された。
それで、眼を見てハッとした。
奴は、全く諦めていない。
その眼が、気付けば自分達を奮い立たせている。そんなことも、いつの間にか気付く。
間違いなく、ゼロは希代希の将になる。
そんな男を、それに匹敵する将としての資格を持つ、フレーズヴェルグという存在を、そして自分の部下を、失う気はない。
『艦長、奴を殺す許可さえくれれば、デュランダルを撃つ』
「艦船、破壊出来るのか? 後二分経たずにあの艦船三隻とも吹っ飛ぶぞ」
『前のデュランダルなら無理だったがな。だが、今の炎雷なら違ぇよ。キャノンまで含めて、全体で撃つ。一発しか撃てねぇが、艦船と二〇〇〇機のスコーピオンも全部まとめて始末できる』
「チャージは?」
『一分半でなんとかする』
もはや、これに賭けるしかないだろう。
頷いた後、すぐに、声を上げた。
「全軍に告ぐ! デュランダル発射まで鋼を守り抜け! エイジスの名、見せてみろ!」
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許可は出た。
ならば、迷う必要はないのだ。
ここでイーギスを討つ。それしか、手は無い。
味方側による捕縛が望めない状況となった今、これをやらない限り、こちらがやられる。
しかし、何がイーギスをここまで焦らせているのだ。それが、あまり分からない。
少しすれば、分かるだろうか。
そんなことをゼロは考えながら、炎雷に指示を出した。
オーラカノン、及びデュランダルを、ガンモードへセットしろ、と。
瞬間、オーラカノンが展開すると同時に、オーラカノンの周囲に、また別のユニットが召喚される。
いや、召喚と言うより、そのためだけに一時的に作り出された、というべきか。
砲身は、紅神の全高ほど。背部にも、大型の冷却ユニットが装備されている。
更には各部が展開して、放熱フィンが展開された。
放熱フィンから出る赤い気が、朝日と共に照らし出されている。
カノンが二門、その中心にデュランダルのガンモード。
これによる逆三角形状態。
名付けるなら、デュランダル・インバースデルタ、といったところか。
「デュランダル、設置完了。チャージ完了まで五分です」
「遅ぇぞ! 一分で出来るようにしろ!」
「それでしたら、ガーディアンシステムを起動させます。ただしイーグの生命の保証はいたしません」
「構わねぇ。そのガーディアンシステムとやら、使え!」
「了解しました。ガーディアンシステム、起動。これより、イーグのオーラ吸収リミッターを全面解除。これより無尽蔵の吸収に入ります」
AIがそう言った瞬間、身体が重くなった。今までと比にならないくらいの気が吸われていくのが、すぐに分かる。
デュランダル三門分だ。今までに吸われていた気の量とは、桁が違う。
挙げ句の果てにはリミッターが全部解除された。しかも、急に魂がざわめきだした。
殺せと、何かが訴え続けている。
喰われると、瞬時に分かった。
無理矢理歯を食いしばって、耐える。
徐々に、敵が迫ってきている。
だが、それも少し、遠くに感じる。
『全軍、ゼロを防御! 同時にデュランダルの射線に全部の敵を引き寄せて!』
ルナの声がした。
威勢のいい、いい声だと、ゼロには思えた。
こういう声が、将の資質として一つ大事な所なのだろう。
少し、それで気が戻った。
だが、すぐにさっきの声が聞こえた。
『ゼロ、ガーディアンシステムを起動したな?』
ハイドラから、通信が入った。
「だから……どうしたってんだ……」
『バグ取りを今からやる。それでかなり楽になるはずだ』
「あん……?」
何をやらかすつもりだ。
言いたくても、言葉が出ない。
身体が重い。そう感じることしか、今は出来なかった。




