第四十六話『Zero-諦めないということ』(4)-1
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AD三二七五年七月二四日午前五時三四分
何かが、船の甲板を突き破った。
黒い龍が、暴れている。それが敵も飲み込んだ。
位置を考えると、突き出てきた位置は演習場だ。
すぐに、ルナは通信を繋いでいた。
「ブラスカ! そっちは!?」
『ギリギリやけど、生きとる。全員なんとかやな。ブリッジ制圧より先にあれどうにかした方がええぞ』
「何があったの?」
『エミリオが完全にレヴィナスに喰われよった。狭霧と完全に融合しとる。あかんで、これ』
まずい展開になったと、ルナは思った。
しかも、目の前の狭霧から生体反応が何も無い。
あるとすれば、自分に生じている頭痛だ。アイオーンが出た時に生じるこの感覚。
アイオーンと共鳴する性質を用いたというならば、そんなことをした旧人類を呪いたくなってくる。
ディス経由でレムから通信があったのはその直後だった。
『姉ちゃん! こっちはアップロード終わった! インストールも後一分あれば終わる!』
「レム、そっち怪我は?!」
『少し切り傷負ったくらいだよ。大したことは無いけど、そっち行かなくて大丈夫?』
「こっちはどうにかするわ。あんたは自分の仕事に集中して! 終わったらすぐにこっちに来て!」
『了解!』
レムの威勢のいい声と同時に、通信が切れた。
しかし、言った手前、はてあの化け物をどうやって破壊出来るか。それに頭をひねらせる。
ビリーとプロディシオも、戦闘態勢を解いて、狭霧に刃を向けていた。
しかし、瞬間、気が一気に変わったように、感じた。まるでこれを待っていたかのように、ルナには思えるのだ。
何故なのかは、よく分からない。
シャムシールも、なんとか回収を終えている。これで壊したなんて言ったら、なんて言われるか分かった物ではない。
だが、こっちのレインボウも、どれだけ生きられるか、という気がする。
残弾は半分を斬った。
半分以上の敵をエミリア、アリスと共に蹂躙したが、それでもまだ残った。
それに、いくらエミリアが防御してくれていたとは言え、エミリア自身の体力が底を突きそうになっている。
アリスに任せ、一度エミリアを下げた後、炎雷が横に来た。
『隊長、あの龍を、まずどうにかしなきゃやべぇだろ』
「でしょうね。ゼロ、あんた、あの龍の動き見られる?」
『分かるかよ。しかも、さっきからあいつ、様子変だぜ』
「え?」
その通信の直後だった。
龍が二匹、こちらに襲ってきた。
舌打ちしてから避けると同時に、更に三匹の龍が、狭霧の腕から出て来た。
だが、その三匹が、スコーピオンを食い散らかしている。
敵味方もはや関係なく、食えるだけ食う気なのだろう。
いつまでも、野放しには出来そうもない。
狭霧が、ゆっくりと甲板をへし割りながらこちらへ進んでくる。
まるで嗤っているように、狭霧の口元が動いた。
その後、その付近から三機、エイジスが出て来た。
ファントムエッジ、不知火、鳳凰だ。少し、狭霧と距離を取らせる。
『隊長、奴の龍は五匹、一人一匹相手にするのは、どうだ』
「人数だけなら足りるけど、万が一の時の保険が欲しいわね」
『その件なら、小生らが引き受けよう』
突然、ビリーが通信に割ってきた。
『ルナ・ホーヒュニング殿で、間違いござらぬな?』
「あなたが、シャドウナイツの? いや、この感じからすると、蒼機兵、ですね」
『然り。ここにいるプロディシオもまた、同意だ。更に言うなら、もう少しの保険がある』
言うと、レーダーに反応があった。
機数は六〇機を超えている。
蹴散らせないことはないが、敵意が感じられない。
岡を見る。
一列に、機体が並んでいた。
改良型のスコーピオン。いや、形から見ても分かる。スコーピオンとは別の、何かだ。
そして、中心には、蒼天がいる。
その横には、大型のキャノン砲を携えた、左右で装甲が異なるタイプのスコーピオンがいた。
蒼機兵。これが、そうなのだろう。
一度、唾を飲み込む。
気が、今までのフェンリルの兵士とまるで違う。
自分達と匹敵するか、下手をするとそれ以上。
『蹴落とされンなよ』
「分かってる」
ゼロの声で、一度我に返り、狭霧を再度見る。
狭霧が、蒼機兵の方に注目しだし、奇声を発しながら疾駆した。
本当に敵味方構わず殺す気らしい。動く物全てが敵なのだろう。
『全軍、フェンリルはアイオーンを飼っている。全人類を滅ぼすような化け物だ。それを飼う外道に、アフリカの大地を任せることなど、笑止千万』
ハイドラが言うと、大地からクラウソラスを引き抜き、狭霧の方へ刀身を向けた。
『演習の仕上げだ。全軍、奴を、殺せ』
言うと同時に、駆けていた。
まるで一個の青が、大地を駆けていく。統率の取れた、いい動きだった。
こちらも、狭霧の方へと全機を向かわせる。
すぐに、狭霧が五匹の龍を打ってきた。
全部、蒼機兵に向かっている。
避けては、はじき返す。それをやって、やり過ごす。
直後蒼天に全部向かってきたが、その全てを、ハイドラは弾ききった。
あの男には、軌道が見えているのだ。
だとすれば、不可能ではない。
「マクスさん、狭霧の動き、止めること出来る?」
『ワイヤー一〇機全部放って数秒なら』
「了解。なら止めてくれる? タイミングはあたしが指示する。ブラスカ、不知火の全武装のトリガー解除とノーロックで撃てるようにして」
不知火の火力を前面に押し出す。炎雷のデュランダルを使うことも考えたが、あれは威力が大きすぎる。対多数や艦隊ならともかく、一個体を相手にするには難しい。
レムから、インストールが終わったと、連絡があった。
情報がすぐに入った。
インプラネブル要塞前スコーピオンが、全機動かなくなったとのことだ。
そして、イーギス配下のスコーピオンも、動きが鈍くなった。
そこに、蒼機兵が突っ込んでいく。後は蹂躙するだけだった。
ほとんど、ゼロの読み通りに事が運んだことになる。
シャレにならない策略家になってきたと、今になってにやけている自分がいる。
だが、それもこれも、ここで勝たなければ意味がない。
だから、他の機体で徹底的に揺動に当たる。龍を、凌ぎきる。
すぐに、合図をした。
蒼機兵が、すぐに動いた。
ハイドラがクラウソラスで弾くと同時に、ファントムエッジがデッドエンド・レイを数発、狭霧を撃ち込んだ。
それで、龍が一度引っ込んで、すぐにこちらを向いた。
来る。
そう思った瞬間、狭霧が四つ這いになってこちらに突っ込んできた。
狭霧が飛んで、上空から右手を振るう。
黒い龍が五匹、こちらへと向かってきた。
直後、一発の気弾が、横合いから狭霧に直撃した。
聖兵だ。案の定、狭霧の龍が、聖兵へと向かう。
だが、聖兵にはなかなか追いつけない。
「よし、レム、全速力でそのまま龍を引きつけて! マクスさん!」
『あいよ。アナスタシアの機体の演算処理少し借りるぞ』
シャムシールが、動かなくなった。
直後、アルマスが十機、狭霧に向けて放たれる。
狭霧の全身を、アルマスのワイヤーが縛り付けた。
そのまま、地面に叩き付けると同時に、不知火が、突っ込んだ。
咆吼が、聞こえた気がした。
狭霧の持っていたパイルバンカーが、不知火の胸を突き刺した。
破片が、そこら中に飛び散り、同時に、左腕がへし折れた。
だが、まだ不知火が動いている。
そして、一斉に右腕に装備されていたガトリングガンが、コクピットに浴びせられた。
それ以外にも、装備している武器、全てを撃った。
そして、ガトリングをパージすると同時に、オーラハルバードを召喚し、一撃、コクピットに突き刺した。
それで、不知火も、狭霧も、動かなくなった。
ブラスカは、どうなったのだろう。
それだけが、ルナには気がかりだった。