第四十六話『Zero-諦めないということ』(3)-2
叩き付けられて、肋骨がまた折れた気がした。
最近よく折れるな。
苦笑した後、血混じりの胃液をはき出した。
ワイヤーだ。目にも見えない早さで、まるで生き物のように食らいついてくる。
マクスのワイヤードカタールがはじき返すのがやっとだが、それでもマクス自身も浅手を追っている。
あれ程のワイヤー使いが、こんな状態になるのか。
ブラッドは、相手の技量に半ば呆れていた。
アナスタシアも何度か銃撃で牽制するが、全てワイヤーで壁を作り出して弾かれた。
ブラスカも斬りかかるが、壁に叩き付けられる。
ヤバい。
それだけは、肌でしっかりと分かる。
同時に、イーグですらなく、人間を超えた化け物と対峙するとは、こういうことなのかという気もする。
前に狭霧と戦った時のエミリオの反応は、こんなレベルではなかった。
まるで次元が違う。イーグ四人相手にして、相手は息切れすら起こしていない。
あの赤い眼が、こちらを敵視していると、よく教えてくれる。
あの獣の如き瞳孔は、イントレッセのそれと同じ、いわばアイオーンのものだ。
レヴィナスに侵食されるとこうなる。そのなれの果てがこれなのだとしたら、自分達もいずれああなるのだろうか。
そんなことが、少しボッとした頭によぎる。
マクスのワイヤードランスが、弾かれた。
互いのワイヤーで弾きあっている。
それにアナスタシアが牽制しても、すぐに銃弾に対して壁を作った。
何人も同時に相手をしていなしている。
あのワイヤーをかいくぐる手段さえ見つかれば、どうにかなる気がする。
それが、なかなか見つからない。
「生きてるやろな、ブラッド」
ブラスカが、血を吐いた後、言った。
ゆっくりと、立ち上がる。
「なん、とかな。ブラスカ、あいつのワイヤーの軌道は読めるか?」
「なかなか厳しいやろな。ブラッド、ワイとマクスとアナスタシアで牽制かけるさかい。突破して殴り飛ばせや」
「それが、妥当か。だが、俺の予感だが、すげぇ嫌な予感すんぞ」
「おどれの予感よぅ当たるからのぅ。せやかて、策あるか」
「どうかな。どのみち、あいつ俺達を殺したらレムの所に真っ先にいくだろうしな。そうなりゃ全部ご破算よ」
「あー……ワイらも頭使わなあかんようやな……。策がポンポン浮かぶってすごいさかいなぁ」
「まったくだぜ」
あぁ、煙草吸いてぇ。
そう言いたくなるが、多分吸ったら痛いなと、何処かそんなことを考えている自分もいる。
レムの楽天的な考えが、移ったのか。レムが復帰してから、特にそんなことを考えるようになった。
何か、何か手段がある。そう、言っていた奴がいる。
ゼロが、そうだった。
ルナもまた、そんなことになりつつある。
ならば、自分もそれを習ってみるか。
そう思い、デッドエンドを握り直す。
マガジンの中に弾はまだある。ならば、どうにかする。
眼を全員に向けた後、レムに通信を繋いで、状況と、これからの手順を小声で言った。
そして、目を合わせた瞬間、全員で動いた。
これでいくしか、ないだろ。
まだ、口の中で血の臭いがする。
いつものことだと、ブラッドはいつの間にか思っていた。
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何人来ようが、無駄だ。
自分に力が溢れている。その感覚が、どことなく歪な物であることも、自分には分かっている。
だが、怒りが、自分を推し進めている。何かが、魂に言い続けている。
殺せ。そう、言われ続ける。
どうせ、それは元から変わらない。ベクトーアが自分の全て奪ったのだ。
だから自分も奪うのだ。殺して殺して殺し尽くす。
ベクトーアにかかわった全てを、殺す。
それだけを糧に、鋼糸を振るい続けた。その鋼糸で、敵を斬り、打ち、なぶり殺す。
それが出来る絶好の相手が、今まさにいる。
にやけそうになっている、自分がいる。
一瞬、空気が変わった瞬間に、相手が動いた。
重火器を扱う女が、アサルトライフルの召喚を解除するやいなや、すぐにスモークを召喚した。
小賢しい。
そう思った直後、その方向から銃撃があった。
すぐに鋼糸で壁を作って防御した後、その場所に向けて鋼糸を放つ。
斬った。その感触が、間違いなくある。
だが、直後別の方向から銃撃があった。
今度は真正面。舌打ちをして壁を作り、また放つ。また、斬った。
だが、何故か、人を斬った感触がない。
直後、殺気がした。
上空。ワイヤードカタールの刃だ。鋼糸を振るって、叩き落とした。
また別の方向からも、殺気。
波状攻撃など、俺には無意味だ。
ブラスカの、咆吼が響く。
奴が、奴が一番、殺したい。
そう思った時、自分も気付けば、咆哮を上げた。
鋼糸を振りかぶる。
殺せる距離だ。
思って、降った瞬間、ハルバードで弾かれた。
「何?!」
一瞬、冷や汗が出た。
何故、はじき返せる。
そう思った直後、スモークが晴れた。
眼を、見開いた。
切り裂いていたのは、セントリーガンだ。
あろうことか、あの女は、不敵に笑いながらアサルトライフルを再度召喚している。
そしてここまで来てようやく理解した。
スモークを炊いた理由は、鋼糸の軌道を読みやすくするためだ。
鋼糸は読みにくい。だが、スモークを炊けば、その部分だけスモークが晴れる。
だから、弾くことも出来る。
一度舌打ちしてから、鋼糸で網目状の防御網を作り出し、ハルバードを防ぐ。
直後、何かが、地面を這った。
そして、肩を叩かれた瞬間、殴り飛ばされた。
吹っ飛ばされて、地面に叩き付けられる。
痛みが、少し出て来た。歯も、何本か欠けた。
ハッとした。
自分が今まで立っていた場所に、ブラッドがトンファーを両手に持って、立っている。
ブラスカに意識が集中することを狙ったのだろう。これが本命、というわけだ。
「レム、やれ」
ブラスカが静かに言った瞬間、スプリンクラーが起動した。
直後、指が痛み出した。
鋼糸のユニットが、ギシギシと音を立て始めている。
まさか。
「鋼糸最大の難点は、俺達のような武器に比べて表面積がアホみたいにでかいことだ。それが全部水を吸ってるんだ。重量は、バカみたいにかかる」
ブラッドが、淡々と言った。
これが、こいつらの策か。
しかし、重い。水を吸った糸がレヴィナスになったはずの腕ですら、きしませ始めている。
バキバキと、音が鳴った。そして、鋼糸のユニットが、壊れると同時に、自分の腕が、粉々に砕け散った。
血は、出てこない。
だが、痛みだけはある。
それで、何も考えられなくなった。
いや、一個だけ考えたことがあった。
もうどうでもいい。
全て、殺す。
思った直後、自分の胴体を、何かが貫いた。
レヴィナスの結晶だと、なんとなく分かった。
殺意。それだけはまだ抱いている。
その殺意で、殺してやる。
エミリオが思った瞬間、何かが、自分が何かに変わっていくように感じた。
天井を突き破って、そこら中に糸を垂らした。
何か、知っている腕だ。
あぁ、そうか。狭霧の腕か。
それだけは、感じた。