第四十六話『Zero-諦めないということ』(3)-1
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AD三二七五年七月二四日午前五時二九分
既に、七十合にも達している。
ゼロとビリーとの一騎打ちは、既にそこまで白熱した物になっていた。
ビリーは一騎打ちにおいては無類の強さを発揮する。元から対多数より、一対一での勝負を考えているような男だったし、何よりスカンダ自身がそういう調整の元にある。
しかし、あの二人の一騎打ち、あえてやっているのか。そんな気も何処かエミリアにはしていた。
確かにこちらはアリスが合流せざるを得ない状況下に追い込まれた。だが、数だけ見れば同質だし、相手は一騎打ちに夢中になって部隊の指揮がおざなりになっている。
ビリー自身、指揮を執るとなれば、適切な指揮を執る。自分も何度か共闘したことがあったが、その時もまともな指揮を見せていたし、実際戦いやすかった記憶すらある。
だというのに、あれは何をやっているのだろう。
センサーに反応があった。
敵機が、撃ってきた。狙いはレインボウ。
すぐにオーラシールドをレインボウ周囲に展開して、防いだ。
一発が重い。同時に、向かってくる。
敵は一機。特徴的な身体をしているので、すぐに分かった。
レナウニルが、向かってきている。
手に持っていたメガオーラブレードの刀身から、黒い気炎が上った。
オーラシールドナックルの出力を上げて、防いだ。
『腕は衰えていないようだな、ソフィア・ビナイム。いや、エミリア・エトーンマントと呼んだ方がいいか?』
聞いたことのある声だ。確か、プロディシオと言っただろうか。
一回しか任務で一緒だったことはないし、気配もほとんどなかったから、正直あまり覚えていない。
しかし、噂には聞いていたが、パワーが全然違う。相手の出力がこちらの比ではない。
徐々に、押されてきた。
横をブレードが通り過ぎたのは、その後だ。
レインボウ。ルナだ。
「ごめん、ルナ」
『相手は相当なパワーファイターね。しかし、まるで戦い方がバラバラだわ。なんか、何かを待っているみたい……』
ルナがふとそういった直後、ガトリングがこちらに降ってきた。
再度シールドを展開して守りきった。なるほど、シールドの頑強さはやはりリュシフェル時代と全然違う。
正直、やりやすい。
後は、相手の狙いが何処にあるのか、そしてルナを支えきれるか。これだけ考えればいいのだ。
だから再度、オーラシールドナックルの気を調整し、レナウニルに向けて、駆けた。
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サーバールームへの行き方も、頭には入っている。
敵が見えても、疾駆して双剣で刺し殺した。
たまに通信に偽の情報を与えて混乱させる。それも常時繰り返すことで、気付けば自分の周辺にはなかなか敵が出てこなくなった。
出て来ても偶発的な遭遇に過ぎず、気付いた時には斬る。それの繰り返しだ。
怖いくらいに、ゼロが立てた策が動きやすい。そう思えてくる。
仮にゼロがある程度の作戦を立案し、それをルナとロニキスが補完するような形になれば、恐らく桁外れにこの部隊は強化されるのが、レムにも分かるくらいだ。
もっとも、万事が上手くいく作戦はない。それが、父から散々叩き込まれたことでもある。
だからこそ、この場所が問題になる。
サーバールームだ。敵は恐らくいる。それも機器を傷つけないようにするために白兵戦専門の部隊がいるだろう。
自分一人でさて何処まで出来るか。
そう思ったあと、扉の前で、息を吸った。
そして、開けた後は気配のする方へ悉く奇襲しよう。それしか、手は無い。
扉を、開けた。
だが、気配はない。
伏兵が潜んでいる危険性は、十分にある。如何せん、サーバールームはモニターの光とサーバー機器が出しているケーブルの明滅だけが、主立った光だからだ。
背後、上下、前面、側面、全てに神経を研ぎ澄ます。
脚に、何かが当たった。
敵か。
抜いた後、その当たった物を見て、心臓が、一瞬鼓動を早くした。
首が転がっている。それも、ヘルメットを見る限り、フェンリル軍のものだ。
「遅かったな」
知っている声がする。
案の定、モニターの光によく知っている男が照らされていた。
頭蓋骨に似た仮面を付け、大きな鎌を持つ男など、自分が知る限り一人しかいない。
ディス・ノーホーリー。ルーン・ブレイドきっての闇の人間。
「いつの間にいたんだね」
「俺達の仕事は闇だ。影でいくらでも動く。例の発射口から侵入はしたが、幸い敵はほとんど殺されていたからな。あっさりと入れた。シャムシールの回収は俺の部下にやらせている」
「ホントに色々とやってるんだね」
「そうだな。お前の護衛もまた、仕事の一つだ」
確かに、護衛はありがたい。どうせアップロードしてもインストールし終わるまでには時間が掛かる。
中心にある装置を動かしながら、ウィルスのアップロードを始めた。
ウェアラブル端末との接続は、上手くいっている。
時間としては後五分。その五分の間でどこまで敵が来ないか。そして殺されないか。
それが自分にとっての勝利と言う事だ。
「ねぇ、ディスさん」
「どうした」
「ブラッド、死ぬの?」
一つ、ディスが頷いた。
「元々俺達は殺し屋だ。それが表だって出ていることの方が異常だろう」
「そうかもしれないけど……」
「お前は、あいつに少し惹かれているのか」
「それとは、ちょっと違うかな。仲間だし、なんか、それが死んじゃうのが約束されてるってのは、ね。なんか、ちょっとつらくて」
「俺達は闇でしかない。闇の人間は、闇にそのまま葬り去られる。そして、人間はいずれ死ぬ。それだけでしかない」
相変わらず、ディスは淡々と答える。抑揚のない声で、だ。
「弟さん、死んでもそれは変わらない?」
「俺の感情は、既に死んだ。闇でしかない。だから、変わることはない。俺達は所詮殺し屋だ。神はいない。いたとすれば、俺達はこんな仕事をやっていない」
一瞬だけ、表情がいつもと違う陰りを見せた。
少し、ブラッドがたまに浮かべる表情に似ていた。
「お前は俺達とは違う。お前は光の中に生きている。ならば、俺達のようにならなければ、ただそれでいい」
一つ、ため息を吐いた。
ディスにしては、珍しくよく話す。そう思えたのだ。
同時に、あの兄弟の抱える闇は、実際にはどれだけ深いのだろう。
そう思った時、一瞬怖くなった。
ブラッドもまた、感情が死んでいるのだろうか。自分にとっていい兄貴分であるあの男の感情もまた、何処かでコントロールされているのだろうか。
そう思った時、無性に今ブラッド達がどうなっているのか、気になった。
時間通りならば今頃ブリッジにさしかかる寸前になる。
あの演習場で戦っているのだろうか。
そう思って、監視カメラを向けた瞬間、愕然とした。
ブラッドがワイヤーに巻き付けられ、壁に叩き付けられていた。
全員が、かなり傷を負っている。
そしてワイヤーを使う相手がいる。
まさか、相手はエミリオか。
そう思った時、双剣を再度差していた。
「何処に行く気だ?」
振り返ると、ディスが鎌で静止していた。
「でも……!」
「お前は何のためにここにいる? お前にしか出来ない仕事があるからここにいるのだろう。ならば、お前はお前の仕事をしろ。俺が、俺達にしか出来ない仕事をしているように、な」
自分にしか出来ないこと。
確かに、自分は今、その中にいる。だが、それでも少しは手助けしたい。
少し、やりながら考えよう。
そう思って、モニターの一角に監視カメラの様子を映しながら、アップロードの状況を確認する。
自分もまた、自分の仕事をするしか、今はないのだ。




