第四十六話『Zero-諦めないということ』(1)
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AD三二七五年七月二四日午前五時二一分
侵攻を、再び始める時だ。
数時間前は、陸上空母四隻の轟沈というかなり手痛いことをやられた。補給路はかなり絶たれている、とみていいだろう。
だが、まだスコーピオンの数は十分。相手を殲滅するには十分に足りる。
しかし、出来れば今日中に落としたい。やはりあの四隻を失ったことで、余裕はあまりなくなった。
それに、四隻も落としたとなれば、当然のことながら士気も上がる。あそこの国民のあの楽天的な性質からすると、その士気というのが存外バカに出来ない。
それで戦局が覆ったことを、イーギス自らが体感したからだ。
いざ指揮を執った時、実際練度はフェンリル軍のそれと比較にもならなかった。
優秀な人材が多い。それがベクトーアの強さの秘密でもある。
だからこの戦は長引いた、ともイーギスには思えた。せめてフェンリルに今のベクトーアの半数でいいから同じレベルの人材がいれば、無人機などに頼ることもなかったのだ。
だが、それも今日限りで終わる。
いや、終わらせなければならない。
部隊の補給が整ったとの報告が入った。すぐに前進を指示した。
さて、持ちこたえられるか。
どうなるかはまだ分からない。ただ、それを乗り越えれば、自分はイーギスではない何者かになれるだろうか。
何故か、そんな感情が急にわいた。
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「艦長、全機配置につきました」
日は、まだ昇っていない。まだ辺りは暗闇に包まれている。その暗闇が、こちらの動きを一切隠してくれる。
月も出ていないのが、なおの事良かったと、ロニキスは思った。
モルゴスのレーダー圏ギリギリに止まった。こちらの号令一つで、すぐに部隊が突っ込めるようになっている。
まずは作戦の第一段階だ。そしてこれが成功しなければ、次の策の発動はなく、そして同時に蹂躙される危険すらある。
だが、ロニキスもルナも、ベクトーア全体が、これに乗った。乗らざるを得なかった。
それくらい今の状況は綱渡りだ。陸上空母を四隻落とされ、橋頭堡をかなり失ったフェンリルは、恐らく死ぬ気で攻めてくる。
いや、そういう風にAIを設定する、と言った方が正しいか。どちらにせよ今日以降耐えられる保証はない。
ここで相手の本丸を奇襲して叩き落とす以外、手は無い。
「砲術長、アポカリプスは撃てるか?」
「いつでも」
「砲門開け」
言うと、すぐに叢雲の前面部が展開を始めた。
考えてみれば、これが初めて使うことになる。エネルギーも食い過ぎるから、試射もしたためしがない。
だから、ぶっつけ本番に近い。一応スペックだけ見れば十分な威力は持っている。
確かに、あの砲門を見れば、そうも思える。
展開された巨大な砲門の真横には二本のレールが延び、さながら叢雲そのものが一種の巨大な砲身のようになっている。
充電が始まると同時に、砲身が放電され始めた。
同時に内部の電力がカットされていく様子が、モニターに映った。そこら中が、暗くなっていく。
ブリッジだけは少し明かりがあるが、それもすぐに消え、必要最小限の明かりしか付かなくなった。モニターの明かりが、一番明るく感じる。
それを見ながら、砲術長がターゲットとなる場所を示す。
目標位置、地下鉄道網中継ステーション跡地。
「艦長、いつでも撃てます」
砲術長が、静かに言った。
「よし。アポカリプス、撃ぇ!」
弾丸が放たれた瞬間に、反動が襲ってきた。
ブリッジが、揺れる。船体が揺れているのだと、瞬時に理解できた。
その揺れが収まるより前に、弾丸が目標の場所に着弾し、地面をえぐり出した。
そこには確かに、消えたドゥルグワントの艦隊があった。
三隻分の艦艇がそのまま繋がれている。恐らくあの三隻分全ての演算を無人機の演算サポートに当てているのだろう。
つまり、あれ自体がサーバールームであり、本丸だ。
落とす絶好の機会がやってきた。
揺れが収まると同時に、ロニキスは全機突入の指示を出した。
「艦長、副長より通信です」
「サブモニターにつなげ」
言うと、艦長席脇のサブモニターにロイドの顔が映し出される。表情は、それ程今までと変わらなかったが、眼が少し興奮していた。
『艦長、ストレイ少尉の言っていた話は正解でした。トンネル、確かにありました。これより破壊工作に移ります』
「頼む。しくじるなよ」
『承知しております。艦長こそ、ご武運を』
敬礼して、通信が切れた。
これで首都を襲われる危険性は格段に減る。
さて、どう出てくる、イーギス。
唇を一度なめてから、少しだけ笑った。
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ダメージ音が、ずっとブリッジに響き渡っている。
一度頭を振った後、艦のダメージコントロールを確認させる。
船体にさしたるダメージ無し。ただし、中継ステーションはほぼ使い物にならない。
どうやってバレた。いや、何処から漏れた。
攻撃方法もあらかた検討が付く。こんな場所にピンポイントに撃てる武器など、恐らくエクスカリバー級に付いているアポカリプスだろう。
だが、あれで狙撃するには相当正確なデータが必要になる。それ以前にターゲットが全く分からない状況で偶然に撃ってどうにか出来る代物ではない。
ということは、情報を漏らした人間がいる。そう考えるのが自然だ。
「艦長! 敵、向かってきます!」
「何機だ?!」
「それが、九機です!」
眼を、見開いていた。
たった九機で、ここに攻めてきた。
こんなことを出来て、エクスカリバー級を持っている部隊など、たったひとつしかない。
ルーン・ブレイド。奴らが、たったひとつの部隊でやってきた。
常に正気を失っているかのような連中だ。それくらいやりかねない。
そして奴らが出て来てから押していたはずのインプラネブル要塞攻略も一時後退を余儀なくされた。
ベクトーア最強の部隊であることは、疑いようがない。
ならば、こちらも最強を出すだけだ。
『奴らが、来たか』
静かな声がした。
艦長席脇のサブモニターに、二人の顔が映し出された。
ビリー・クリーガーと、プロディシオだ。
二人とも、耐Gスーツは着ておらず、黒のロングコートを着ているだけだ。
プロディシオは義眼が開き、コクピット内のシステムと一体化されていた。相変わらず思うが、異様な姿だ。
だが、この二人から上がる静かな覇気は、本物だろう。
もっとも、この二人がやられても、もう一段ある。
「ああ。最強が、やってきた」
『だから、小生らの出番か。最強の部隊にはフェンリル最強のシャドウナイツを、か』
「そうだ。それに、今の部隊の指揮は、貴殿らなら任せられる」
『それが仕事なのだろう? ならば俺はいくまでだ』
ひとつ頷いた後、迎撃部隊を出した。
六脚のレナウニルと、骨のようなスカンダを筆頭に、スコーピオンを九〇機。
自分の防衛部隊は、全て有人機にした。無人機では、いざというときの柔軟性がなさすぎる。
そして、その有人機は、自分が育てた精鋭中の精鋭だ。
そう簡単に破らせはしないさ、ロニキス。
来いよ、決着を付けてやる。
何故か、自分が熱くなっている。だが、それでも中にある冷静な自分に、己を監視させた。
熱さだけでは戦には勝てない。すぐに、出撃後にオーラフィールドを艦船全土に覆うように指示をした。
だが、何故こんなに熱くなっているのだろう。
そんなことを、イーギスは不思議に思った。
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敵が出て来た。
思ったよりも早い。そして、動きが違う。
有人機の群れ。それが九〇機ほど。更に率いているのは漆黒に塗られた機体が二機。
AIがすぐに、スカンダとレナウニルだと教えてくれた。
片方はハイドラの組織にもいたが、もう片方はどうだか分からない。
それに、奴らは味方とも思えない。
となれば、敵だ。ゼロは瞬時に理解すると同時に、デュランダルを炎雷の手に握らせた。
案の定、敵艦船は全土にオーラウォールを張ったようだ。周囲に気の反応があることをAIが教えてくれた。
ここまでは自分の想定通りだ。唯一の違いがあるとすれば、敵勢力が思ったより手強いことのみ。
作戦の第一段階はまずまずの戦果だ。次は第二段階。
『こちら魔弾の射手。支援砲撃開始するわよ』
「構わねぇ。やれ」
了解。それだけアリスが言うと、すぐに後方から派手な砲音が響く。
一発の砲弾が、艦船に着弾した。着弾箇所、機体発射口。
案の定、その口だけが破損した。発射口を閉められなくなっている。
如何せん三隻分のサイズだ。すぐさま艦船全土を覆いきれる物ではない。
もっとも、相手はまさかここが攻められるとも考えてはいないだろう。
すぐに、ルナが先頭になって突っ込んだ。
切り結ぶ。二合もぶつからないうちに切り落とそうとしたが、すぐに交わされた。
思ったより相手はやる。そう判断できる。
右側面に抜けてすぐに、部隊を二つに分けた。
それだけ指示してから、すぐさま自分はルナの指揮下に入った。
ルナと自分、エミリア、アリスのみを残し、マクスも含めたそれ以外の戦力は本丸へと突っ込んでいく。
ここで増援としてマクスがいるというのが、正直すごくありがたい。奴ならば自分に匹敵するだけの勇猛さがあるし、自分と違ったトリッキーさもある。
更には、アナスタシアがいる。聞いた時、使えると即座に判断できた。切り札としてはちょうどいい。
作戦第二陣は十分だ。そして自分達はもう一度、九〇機の群れに突っ込んだ。
乱戦になって囲まれればまずいことになる。今こちらには三機しかいない。アリスは後方からの支援射撃を行ってもらう必要があるから、後方にいる。
もっとも、レインボウがありがたい。これだけの図体だが、機動性は下手な機体よりよほどある。
その上あの重武装だ。腕を振るい、剣でなぎ払いながら囲みを突破する。
突破した直後に、アリスが支援砲撃を再度行い、部隊を撹乱させる。それでまた突っ込む。
そうやって、九〇機をこちらに引きつけさせ続ける。
分けた部隊が、突っ込んでいく。
艦船の破壊など考えていない。ただ、中にあるサーバーには用がある。
それさえ潰せば、希望は見える。
そう考えた瞬間、敵が突っ込んできた。
見覚えがある。スカンダだ。
オーラランスを片手に脇に抱えながら突っ込んでくる。
切り結んだ。一度、位置が入れ替わる。
二合目で、つばぜり合いとなった。
「相変わらずの一騎打ちバカだな、クソ坊主!」
『やはりゼロ殿か。総隊長のほぼ計算通りとなったようだな。しかし、それはまた、別のこと』
ビリーの声が、少し弾んでいた。
一度、距離を取った後、スカンダが頭上でオーラランスを回す。
骨のように見えるその身体に、スラスターは一個も見えない。その極限までやせ細らせた、フレームだけに近い身体で回避をし続ける。
その設計の異常性が、ビリーとマッチした。
もっとも、フェンリルのエイジスでまともな機体など、見たことがない。
『小生との一騎打ちに応じよ、鋼よ!』
覇気が、コクピット越しからも伝わってくる。
なるほど、流石村正の兄弟子だった男だ。何処か心に一本、折れない筋が通っている。
ならば、自分も、筋を通そう。
それだけ思って、デュランダルを構え直し、剣先をスカンダに向けた。