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AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
7th Attack
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第四十五話『Luna-月下の出撃』(4)

AD三二七五年七月二四日午前二時


 喚声が、辺りを包んでいる。

 初日を防いだ。まずはこれが大きいのだろう。


 だが、すぐに次が来る。そんな予感はぬぐえない。

 まだ数はこちらの倍以上あるのだ。しかもこちらの弾薬はかなり喰った。

 たとえ自分達がいくら強い兵器を手に入れても、それを扱える人間がどれだけ持つか、それはかなり厳しいと言える。


 その点で無人機はある種の最適解だ。疲労がない、食料がいらない、睡眠時間も当然いらない。必要なのは燃料と弾薬と機体の冷却時間。それだけでいい。

 人が勝つか、機械が勝つか。その瀬戸際にいる。そういう戦に立っている。ゼロには今そう思える。


 相手の持つ精密さか、それとも人間の臨機応変さか。

 どちらにせよ自分は人間側なのだ。機械に負けるわけにはいかないし、負ける気もない。


 幸いにして今この基地内部で諦めている人間は誰もいない。初日を追い払っただけで一気に士気が上がっている上、背水の陣を敷いたことで後戻りが何一つ出来ない状況に追い込まれた、ある種のヤケクソがそうさせている。

 だが、長くは持たない。そうとも感じる。

 だとすれば、早くに終わる乾坤一擲に賭けるしかない。

 インプラネブル要塞内部の空中戦艦修理ドッグの中で、補給と同時に慌ただしく動いている人を見れば、なおのことそう思えた。


 そう思った時に、基地全体に通信が入った。

 陸軍総大将ウィリアム・ハインツからだった。


『通信越しで済まない。しかし、諸君らはよく戦った。だが、まだ戦は終わっていない。まだ敵は来るだろう。我々の方でも策は練る。だが、もし何か上申することがあれば、すぐに言って欲しい。我々も手を打つ。各自、解散!』


 一斉に、敬礼をした後、方々へ散っていく。

 放送だけだが、それだけで少し中の空気が変わった気がする。一気に場の空気が引き締まった。そう感じた。

 将とは、そういうものなのだろう。そう、ゼロには思えた。


 一度首を回すと、肩を叩かれた。


「どうだった、ハイドラの元にいたのは?」


 ルナだった。やたらでかい機体に乗って陸上空母二隻を鉄くずに変えたというのだから、またこの女は面白い。

 それ以外にも攻撃部隊が二隻沈めた。合計四隻を沈めたことになる。

 まずは初日にしては上々、といったところだろう。


「ま、勉強にはなったぜ。てめぇも、派手に暴れたな。これで残る陸上空母は三隻。橋頭堡をフェンリルはかなり失った。だが、奴らはそう簡単にゃ食い下がらねぇ」

「そう考える理由は?」

「奴らの目的が虐殺だからだ。あの野郎がそう言ってやがったんだ。で、てめぇはどう動く。答えてみろ、隊長。いや、ルナ・ホーヒュニング」


 少し、ルナが目を丸くした。


「ゼロ、少し、雰囲気変わったわね。それと、初めてあたしを名前で呼んだわね」

「半年ぶり、だからかもしれねぇな」

「はぁ? 半年? あんた数時間前にフィリムでジン相手に暴れたじゃない」

「あの光で過去に飛ばされたんだよ」


 言った瞬間、自分の額にルナが手を当てた。ルナ自身も、自分の手を自分の額に当てている。


「熱は……ない、わね……? え、あんたひょっとして若年性認知症にでもなった? 日付見当識完全に狂ってるわよ? まだ戦闘開始してから七時間よ?」

「実際に過去に飛ばされたんだよ。信じらんねぇかもしれねぇが。それも聖戦時代真っ只中にな。だからあんなプロトタイプエイジスがあんだろが」

「まぁ、そりゃ、そうだけど……。じゃあ、ひょっとして、ハイドラの正体もう知ってるの?」

「モルフィアス・バーシュカイン。奴がラフィーネ・クロイスと融合した果てになった、ある意味悲惨な男だ」

「あっさり当てたわね……ってことは、あんたひょっとしてその瞬間見たの?」

「奴がどうしてああなったかまでは見てねぇが、少なくとも俺が拾われた基地で暴走して同僚も敵も殺しまくったのは事実だ。二二七二年の北米でな」


 ふむ、とルナが一度天井を眺めた後、すぐに視点をこちらに戻す。


「北米基地防衛戦、だったかしら。アイオーンが突発的に出現して基地護った。だけどイーグ複数名の戦死があった、って奴」

「歴史にゃそう載ってんのか。ある意味間違っちゃいねぇな。人間同士で殺し合いやってる最中に奴が来たってことを除けば、だが」

「うっわ、ってことはあんたの話通りなら歴史改ざんされてるわけ? 結局世界で一緒に戦ったって嘘だったってこと?」


 頷くと、ルナが肩を落とした。

 そういえばルナの部屋の本棚に聖戦時代の歴史書があるのを見たことがあった。少し、憧れがあったのかも知れない。

 それだけにへこむのが早いのだろう。


「ってちょっと待て。てめぇ、さっきの会話聴く限り、会ったのか、奴に」


 ルナが、一つ頷いた。


「どこで?」

「ダムドで、ね。あたしもジンのあの光見た瞬間に飛ばされたのよ、ダムドに」

「で、そこで奴から機体を提供された、ってことか」

「そうね。あいつが何をしたいのか、そこまでは読めないけど」

「死にたがっている、とは思えねぇな。根幹にはあるのかもしれねぇが、何かをやってから死ぬつもりだろ」

「何か、というと?」

「革命」


 急に、ディスが入り込んできた。

 気配もなく、急にディスの姿がある。仮面は付けていないが、相変わらず能面のように表情は動かない。


「革命、か。だが、奴ら何を奉戴する気だ。大義名分がなけりゃ、革命なんざ成功しねぇぞ」

「俺もそこが気になっている。ハイドラが自分で立つとはどうしても思えない。何かまだ隠している。そう感じる」


 口調も、相変わらず淡々としている。半年前なら、殴り飛ばしたいという感情があったが、今はそれより情報を収集しようと、そう考えている自分がいることが、ゼロには驚きだった。

 ルナは、また天井を見た。

 そして、急に自分の頬をつねる。


「な、何しやがる?!」

「あんた、何者? ホントにゼロ? あんたこんなにベラベラと言葉が出る男だった?」

「半年やってきたんだよ、だからある程度は考えられる。それにだ、男子三日会わざれば刮目して相対すべし、って言ったろうが」


 それで、ルナが手を離した。

 真面目に頬が痛い。


 この女殴りてぇ。


 急にそういう感情が襲ってきたが、何倍にも帰ってきそうだから感情を抑えた。


 呼び出しがあったのはその直後だ。叢雲内の作戦会議室に来いという命令が来た。

 ルナもディスも、自分に付いてきた。


 作戦会議室に入ると、見知った顔がいた。イーグもいれば、艦長もいる。

 思えば、懐かしい顔だとも、ゼロには感じられた。


 暗い部屋に、大量のモニターがある、そんな部屋だ。よく利用していたのを、今更に思い出す。


「ストレイ少尉、貴君の策を聞かせろ」


 ロニキスが、入ってくるなり言った。

 一本のメモリユニットを差し出した。


「策はここに」

「拝見する」


 ロニキスが言うと、レムにそれを預けた。


「また少し古い型の奴だねぇ」


 呵々と苦笑しながら、端末に刺した。


「ちょっと待て、ガキんちょおめぇ復活したのか」

「まーね。私ゃ不死鳥のように蘇ったのさー」

「ラフィーネ、じゃねぇよな?」

「は? なんであんたセラフィムの本名知ってるのさ?」

「知ってるも何も、会ったからな」

(ま、そうよねぇ。記憶戻ってからようやく思い出せたわ。ホントこっちからすりゃ一〇〇〇年ぶりだわさ、ゼロ。ホントにあのクレイモアとか言うのあるとは思わなかったわ、あの無骨フォルム素敵すぎない? ねぇ、あれ絶対に出来いいプラモとかあるっしょ? それ組み立てようよ、いやホントにさー)


 全員が、固まっている。

 自分はあの女をよく知っているが、考えてみればセラフィムとは今までもうちょっと清楚だった気がする。

 だから自分でも思い出せなかったのだろう。それくらい、ギャップが激しい。


「詳しくは後で聞こう……。で、そのデータにある内容は?」

「んーとですね……。何じゃこりゃ? 地下鉄道網? ゼロいつこんなもん手に入れたのさ?」

「二二七二年にモルフィアスからもらったんだよ。それが奴らの輸送ルートと見て、ほぼ間違いねぇ。アフリカからヨーロッパまで直通のルートがありやがるからな」


 一斉に、視線がゼロへと向いた。

 自分も知らなかったが、この組織ですら知らないとなると、相当上手くフェンリルは偽装したと見て間違いないだろう。

 だが、それも漏れてしまえばどうということはない。策はいくらでも立てることが出来る。

 モニターに、鉄道網の地図が表示された瞬間、会議室がざわつき始めた。

「な……?! これほど広大な物が……?!」

「第三次大戦中に作られた物らしいが、誰が作ったかまでは分かんねぇ。だが、こいつを使って輸送を行っていたのは確かだ。真空のトンネルを時速八〇〇〇キロで動いてやがる。つまり、無人機なんざいくらでも送れる」

「これ使って今でも絶賛アフリカからスコーピオンを仕送り中、ってことも考えられるか」


 ブラッドが口を挟んできた。ゼロは一つ、頷く。


「そういうことだ。ていうか、てめぇなら知ってンじゃねぇのか、エミリア」

「まぁ、確かに存在は知ってはいましたけど、私の場合使用を許可されてたのは、ほとんどアフリカ内部だけでしたね。実際にまさかここまで伸びてるルートがあるとは、思いませんでした」


 ごめんなさいと、エミリアが頭を下げた。

 今更謝っても、何も解決しない。だが、存在が確認出来ればまずは十分。


「存在はしている。となれば、あの紙の通りか」


 ロニキスが言うと、紙を一枚、渡された。

 線と丸が、墨で書いてある物。それのコピーだった。


「これは?」

「犬神竜一郎が、国防総省に奇襲に来た際、帰り際に置いていったものだ。暗号だが、ほぼこの鉄道網を指していると言って間違いないだろうな」


 なるほど、見てみると確かにルートは完全に合致する。

 五個の丸が、恐らく部隊を集積させるための拠点だろう。この中の何処かにイーギスはいると、十分に考えられた。


 最初からフィリムまで直通ルートは敷かれているも同然だし、奇襲も仕掛けた放題仕掛けられた。

 少数のシャドウナイツで首都を撹乱しつつも、インプラネブル要塞にベクトーアのほぼ全部隊を集中させる。

 そして、最終的には本隊を地下鉄道で一気に運ぶ。何せ地下は時速八〇〇〇キロで走行している車両だ、三十分もすればすぐさまフィリムに到達出来る。


 問題は何処に本陣があるか、だ。それ次第でいくらでも対策が打てる。そこだけは、ゼロにもよく分からなかった。

 空中戦艦三隻などと言うとんでもない図体だ。補給路のライン上の何処かにいるはずだ。

 しかし、その影だけが一向に見えない。


 急報が入ったのは、二、三話をした直後だった。

 衛兵が駆け込んできたのだ。


「急報! 急報です、艦長!」

「落ち着け、何があった」


 ロニキスが言うと、衛兵が姿勢を正した。

 その直後、後ろから見たことのある男がやってきた。

 ヨシュア・レイヤー・ヴィルヘルト・リッテンマイヤー。ベクトーア会長だった。

 作戦会議室の空気が、一瞬で凍った。


「久しいな、諸君」

「な、何故、こんな所に……?!」

「簡単な話だよ、ロニキス艦長。ちょっとしたビジネスだし、一つ決定打とも言える情報が、ある男から寄せられたのでな」

「と、言いますと?」

「例の消えた空中戦艦の居場所を記したデータを渡されたよ。ご丁寧に偽装不可能な形で、な」

「情報を売った奴がいる、ということですか。しかし、誰……まさか」

「その、まさかだよ、ロニキス艦長。ハイドラだ」


 だいたい、予想は出来ていた。奴はこれでフェンリルと手切れにするつもりだ。

 だが、だとしても分からないのは、奴が何を目指したいのか、だ。


「罠の可能性も考えられますが」

「いや、あいつぁこういう腹芸は結構下手だ。仮にこれが罠だったとしても、釣れる餌がでかくねぇ限り美味くねぇ」


 ロニキスが、ほぅと言った。感心されたのかどうなのかは、よく分からない。


「だが、本物だとして、場所は?」

「ここだ」


 そう言って、ヨシュアが一箇所、ポインターで指した。

 竜一郎から渡された紙の中で、唯一独立した場所にある丸の位置と完全に合致していた。

 そこはちょうど地下鉄道網の中継ステーションも兼ねた場所だ。元々基地だった場所でもある。戦艦三隻を余裕で隠せる。


 ここしかない。そうゼロは確信できた。

 しかもベクトーア勢力範囲内にある。つまり最初から通信などやりたい放題出来た。だからあんなに進行がスムーズに行ったのだろう。


「なるほどな。奴ら上手いこと考えやがったな」

「地形的には……平野ね、見る限りでは」

「後はどうやって潰すか、だ。それさえ見えりゃうちらで出来るんだがな、隊長」


 少し唸る。なんだかんだで基地はかなりの深度にある。これをどうにかしない限り、進軍は難しい。


「アポカリプスを使う」


 一斉に、ロニキスに視線が集まった。


「それは?」

「エクスカリバー級に搭載されている巨大なレールガンだ。あれならば、大深度の物でも船体を露わにするくらいは容易に出来る。唯一の弱点があるとすれば、全ての電力が一時的にそれに集中する。つまり、船体に何一つ防御力がなくなる。回復までには五分は必要だな」

「狙撃できるか?」

「出来る。奴らのレーダー圏外から撃つことは可能だ」

「なら、使うしかねぇだろ」


 自分の言葉に、全員が頷いた。

 それからすぐにそれをベースとした作戦会議を行った。

 作戦は何段階も踏む、ということも決まった。


 自分も、考えていた策を軒並み出した。ほぼ全て、通った。

 ただ、全員から唖然とされていた。それ程、自分は猪武者として見られていた、ということだろう。


 作戦決行の許可が出たのは、それから二時間ほど後のことだった。

 すぐさま出来る限りの弾薬と補給をした後、叢雲単艦、ルーン・ブレイドのみでの作戦決行となった。

 ただ、空中戦艦用光学迷彩シートの貸し出しはありがたかった。これでしばらく衛星網もだませる。


 後は不測の事態がどれだけ発生するか、それ次第で作戦の成否は異なる。

 戦はある意味博打の連続。当たるかどうかを完全に分かる人間などいない。何しろ、戦は生き物なのだ。


 練った策はある。それが上手く稼動するかどうかは、戦次第だ。そして上手くいく保証は何処にもない。

 だが、面白い。

 そんなことを飛び立つ叢雲の窓から外を見ながら、思った。


 月は、ただ大きく映っている。

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