第四十五話『Luna-月下の出撃』(3)-2
見下ろす感覚というのは、何か違和感がある。
普段の倍の高さに目線があるのだ。それだけ、レインボウというこの機体はでかい。
常識外れのMSM。それを作ったのが何処か、というのも概ね検討が付いている。
もし想定通りならば、信用がおける設計にするだろう。
「さぁ、暴れてみましょうか」
敵が、向かってくる。こちらもまた、敵に向かって歩を進める。
一歩、二歩、歩いたところで、一気にフットペダルを踏み込んだ。
空破とは比較にならないGが、一気に身体を襲ってくる。
桁外れの推力まで積んでいる。走攻守にこれほどの完璧さを詰め込んだマシンもそうはない。
IDSSに浮かぶ、数多のトリガー。どれがどこのトリガーなのかも、全て頭に入ってくる。
まずは花火を打ち上げ始めましょうか。
ミサイルポットを四機、解放して放った。
着弾が確認され、爆炎が夜を明るく照らす。
それに向かって突っ込む。
警報。敵がまだ近づいてくる。次はと、ガトリングガンを一斉に前方に向けて放った。
場所は全てオートに任せたが、掃射するタイミングはこちらが指を動かし続け、トリガーを外しては触れることを繰り返した。
それでもなお、敵は向かってくる。
なるほど。これが無人機という奴らしい。恐れの感情が欠落していると言うことは、士気がまったく下がらないと言う事を意味している。
厄介だが、人間ほどの臨機応変さは感じられない。
突っ込んだ。敵。見えている。
腕を、振るった。
いや、これを腕と言っていいのだろうか。
マニピュレーターは存在しない。肘から下は、対艦も見据えたパイルバンカーの付いた約二〇mの巨大剣だ。
スパーテインの持っていた大剣の動きを思い出す。
右へ、左へ、なぎ払い続けた。
道が、徐々に出来始める。
だが、まだ足りない。
「レム、直掩援護! マクスさんは後方の敵をなぎ払って他の攻撃部隊の道を作って!」
『了解!』
レムの威勢のいい声がしたと同時に、マクスからも復唱が帰ってきた。
聖兵が空中からフラガラッハを放ち続ける。それで横にいた機体が、五機、六機と四散していく。
自分も、取り付こうとしてくるスコーピオンをなぎ払いながら、進んだ。
距離、残り一km。あと数秒で取り付ける。
直後、敵の動きが変わった。
防衛に回っていたはずの機体が、一斉にこちらを向いた。
一気に防衛網が厚くなった。防衛戦力は既に半減していたが、半減していてもなお五〇〇はいる。
そのクセに相手は、こちらに二五〇差し向けてきた。
まだ来るか。
一度舌打ちする。
『お前が舌打ちするという事は、少し面倒なことが起きていると見ていいか?』
「え?」
聞き慣れた声がした。
直後、目の前に迫っていたスコーピオンの胴体が一閃された。
一瞬だけ、黒い気が見えた。
一閃した先に、機体は見えない。しかし、自分の目の前に展開していたスコーピオンが、黒い気が迸る度に一閃されていく。
陽炎。ディスが来たと、ルナは直感した。
「今まで何処に?」
『後で話す』
それだけ言って、通信は切れた。
相変わらず人付き合い悪いわね、この男は。
少しムッとした直後、上空に反応があった。
輸送機。味方の物だ。
銃撃が上から来たのは、その直後だった。
黒い砲弾。黒の気を帯びた、オーラ兵器だ。
『まだ俺も忘れてもらっちゃ困るぜ、ルナ』
また聞いたことのある声がした。
ブラッドの声だ。
声がすると同時に輸送機から一機、機体が敵密集地ど真ん中に落ちてきた。
ファントムエッジだ。背部のオーラカノンと両腕のデッドエンドレイを何発も放ち、放っては離れることを繰り返す。そんなことをしていると、道が出来た。
そして、ファントムエッジがある程度始末したところを、陽炎が斬る。
あの二人は仲が悪いクセしてこういう所だけは連携が無駄に取れている。昔のクセ、といったところだろう。
ファントムエッジが牽制し、陽炎がすかさず斬る。それは昔から変わっていない。
これで道が出来た。だから、その道をひた走った。
敵艦の前で、飛んで甲板に取り付いた。
後は、自分がこの艦船を沈めればいいだけだ。
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「艦長! 敵、甲板に取り付きました!」
オペレーターの声が、ブリッジに響いた。
前を見る。眼を、見開いた。
ブリッジのガラス越しに見えるその機体の巨大さは、近くで見れば見るほど異様に思えて、同時に、恐怖感を覚えた。
ブリッジを、見下ろされている。
一歩ずつ、一歩ずつ、それは近づいてくる。
まったく、止められなかった。
七五〇も実質差し向けた。だが、急に増援で現れた連中により、その悉くを足止めされた。挙げ句、あのデカブツの強さはこちらの常識を逸脱している。
嫌な汗が、ラルゴは止まらなくなった。オペレーターの怒号が、ブリッジに響き続けている。それだけが、自分を冷静にさせていた。
ベクトーアは、いつあんな物を開発したのか。それは分からない。
分からないが、果たしてあれはベクトーアの物なのか。
ふと、今になって思い出したことがある。
昔、資料で見た。
確か、フェンリルが開発を考えていたペーパープランだ。大型のMSMをプロトタイプエイジスに運用させ、全く違うタイプの拠点破壊兵器とするという発想。
それに、あの機体は似ている。
確か、あれを設計したのは。
思い返して、ハッとする。
設計した男は、その詳細を知る者は、今ダムドにいる。ダムドで外交をしている。
同時に、それ以外の軍事関係は謹慎扱いとなっている。
だが、つまりそれは、いくらでも自分の好きに活動できると言う事に他ならない。
ダムドは中立国だ。それとあの男が繋がっていたとすれば、もみ消しなどいくらでも出来る。
ベクトーアへの兵器の譲渡など、いくらでも出来る。
あの男なら、やりかねない。
フェンリル副会長、そして、シャドウナイツ隊長、ハイドラ・フェイケルならば、やりかねない。
「艦長! 指示を!」
オペレーターの怒号が響く。
だが、計算するより早く、甲板上にいたM.W.S.を腕に付いている剣で真っ二つにしながら、それは近づいてくる。
そして、その機体がブリッジの目の前で止まり、剣の付いた右腕を振りかぶった瞬間、言った。
「そ、総員退か……」
言った直後に、ブリッジの天井が崩れて、そして、ラルゴを飲み込んだ。
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艦橋は、あっという間に縦に真っ二つに出来た。
だが、内部のサブブリッジが生きている可能性がある。
轟沈させるまで、油断は出来ない。それが、陸上空母という物だ。
だからルナは、ためらわなかった。
両腕の剣で、再度ブリッジをなぎ払う。何人か、人や、人であったはずの肉塊が落ちていくのが、ルナの眼にも分かった。
だが、動きは止めなかった。
艦橋の真上から剣を突き刺した後、先端に付いていたパイルバンカーを射出した。
鈍い音を立てながら、何層も貫いていくのは、音で分かった。
杭を戻したら、後は、情報通りの位置を貫く。
SPIRITのある場所だ。
この剣ならば、届く。
二〇mの巨剣とそれと同等の長さを持つパイルバンカーが付いたこの剣ならば、届く。
迷わなかった。
貫く。何層も、貫いていく。
SPIRITを貫いた感触が、機体越しに伝わってきた。
あれだけ周囲に響いていた駆動音が、鳴らなくなった。
もう、ただの鉄くずだ。この艦船に、用はない。
同時に、他の艦船が少し引き始めた。
こちらも引くか。
そう思って、すぐに後退の指示を出した。
他の部隊も同様なのだろう。一斉にインプラネブル要塞へと引いていく。
だが、その列は、異様な熱気が支配している。
勝てるかもしれない。
その、ベクトーアの国民の持つ楽観性が、少しルナにはありがたかった。