第四十五話『Luna-月下の出撃』(3)-1
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AD三二七五年七月二四日午前一時一一分
思い起こすと、やはり掌の上にいるような感覚がある。
ハイドラに上手いこと利用されているような気がするが、どちらにせよあの時はああやってすがるより他に道はなかったし、こうして新しい機体が手に入ったのはいいかもしれない。
契約が成って、ざっと七時間。戦闘開始からも、ほぼそれくらいの時間が過ぎている。
輸送機に乗ってダムドから飛び立ち、格納庫で待機し続けて早三時間。その間に、策を一通り練り上げて、自分達の諜報部を経由して情報を伝えた。
ロニキスからも、作戦の了承をもらい、更にザックスからも問題がないとの指示を受けた。
だが、出来る限り早めにやらない限り、こちらが持たないのは、ルナの眼にも明らかだった。
モニター越しから空から見ると、真っ赤だった。夜なのに、そこら中から上がる火によって明るく照らされ、まるでそこが昼なのではないかと錯覚する。
同時に、その中で異彩を放つ、紅がいる。両刃刀を持ち、敵陣をなぎ払い続ける、紅蓮の魔神。
「紅神……? でも、見た目かなり違うし……」
『羅針……』
セラフィムが、少し呆然とした声で繋いできた。
ついこの間まで脳に直接語りかけていたのに、今は通信越しに聞こえるのが、正直妙な違和感をルナは覚えた。
「羅針?」
『XA-001羅針。実は、あれと紅神を融合させるって言う企画が、昔あったわ。あの紅のエイジス、その想定されていた姿によく似てる……』
ふむ、と唸ってから、ルナはその声を一度思惑の外に置いた。
作戦ポイントまで、後少し。それで、自分はまた、機体の一部になる。
いや、機体の一部の更に一部、か。
空破は今レインボウに接続されている、というよりその一部になっている。
全高五六.二mという巨大な機体の中に空破を入れる、入れ子のような構造の超大型MSMがレインボウだ。
そんな機体のマニュアルを頭に全て叩き込んでから、ざっと四時間が経つ。
『マニュアル、一通り頭に入れたか?』
「あの程度、マニュアルとは言えませんよ。もっと分厚いの何回も読んでますからね」
派遣された整備員が、呆れた顔をした。
だが、ルーン・ブレイドは実験部隊でもある。こういった特殊な兵装には慣れっこだ。
その規模が少し大きいだけ。後はこれを実戦でどう使うか、いや、どうやれば使えるか、それを考えればいいだけのことだ。
IDSSに触れる。頭の中により細かい機体の情報が一気に入ってくる。
後はこちらが暴れてくればいい。
ハッチを開くと同時に、レインボウをハッチギリギリに寄せた。
オーラカノンを向けさせる。
ターゲット。敵艦ブリッジ。
気を吸われる。今までの空破とは違う気の吸われ方だ。考えてみれば、大規模火力を持つ機体には、あまり縁がなかった。
だが、それでも、自分が落ち着いていると分かる。
ロックオンしたと、AIが告げた。
すぐに、トリガーを押した。
青い光軸がオーラカノンの先端から放たれる。
それが敵艦のブリッジを粉々に粉砕し、同時に、敵艦が一瞬で誘爆したのを確認すると同時に、一つ、自分の両方の頬を叩いて気合いを入れた。
さて、暴れてきましょうか、空破。
再度、IDSSを強く握る。波紋が、広がっていく。
「ルナ・ホーヒュニング、空破、出ます!」
そのまま、機体を落下させた。
そこら中に仕掛けられたガトリングを放ちながら、自由落下に身を任せる。
機体は重いが、悪くない。
そして、大地に降り立つ。敵が、地面に転がる石ころのように見える。それほど、小さく感じた。
落下でのダメージを確認するが、特に問題はない。
後は行くだけだ。
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「なんだ、あれは……?!」
それは、降ってきたといった方が正しいか。
オーラカノンと思しきもので、陸上空母一隻は完全に大破した。退艦できていれば、何人かは助かるだろう。
そう判断するよりも先に、ラルゴにはそんな感想が浮かんでしまった。
自分達の船の一キロ先に、そのオーラカノンを撃ったと思しき機体が降ってきた。
だが、あまりに巨大だった。
「オペレーター、データの照合は?!」
「わかりません! 該当データ無し! しかし、信じられません、あの機体の推定全高、五六.二mです!」
「そんな巨大な物動けるか! 所詮虚仮威しに違いあるまい。一〇〇〇機を半分に割るぞ。その半分であれを潰せ」
すぐさま、部隊が割れた。
しかし、見る限りかなりの重武装であることは間違いない。五〇〇で沈められれば御の字、といったところである気もする。
まさかこのタイミングでベクトーアが戦力を逐次投入してくるとは思わなかった。
だが、ここで踏ん張りさえすれば、勝利は見える。
五〇〇が、あの大型兵器に向かっていく。
さて、早くに仕留めてくれ。
それだけが、今のラルゴの願いだった。




