第四十五話『Luna-月下の出撃』(2)-1
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AD三二七五年七月二三日午後六時二一分
気付けば、周りは敵だらけになった。そこら中から銃を突きつけられ、自分達は袋のネズミという状態になっている。
しかも敵はハイドラと世界最強の傭兵集団ときた。こんな嫌な状況があってたまるかと、心底レムは思った。
いや、敵も味方も、傭兵には存在しない。
雇用主かそうでないか、それだけでしかない。そこに忠義などはなく、依頼と金、そしてある種の仁義で動く。
それを信じ切っていた自分は、やはり何処か甘いのだろう。レムはそう思ってから、ため息を吐いた。
同時に、まさかハイドラがここでダムドを動かすとは思わなかった。
蒼機兵と言ったが、これが何であるかイマイチ判然としない。というより、フェンリルにおけるルーン・ブレイドのような組織である可能性の方が高い。
となると、ここでやることは、コンダクター二名の捕縛。
どうやって脱出する。それを、必死こいて頭を回転させる。
しかし、ルナは黙ったままだ。
何故、黙っている。
そう思ったが、同時に、背筋に汗が落ちる感覚が伝わった。
黒い気が、ルナの周囲に漂っている。
拳をぎゅっと握り、握った直後、『それ』は走った。
ハイドラの元に走りながら、ルナの身体が変異していく。左半身に刻印が刻まれ、そして左腕が巨大なクローと化す。
イド。何故、急に来たのだ。
「何してやがんだ、クソ親父ぃぃぃっ!」
急に、イドが叫んだ。
今までにない、叫び。まるでそれは、人間のそれではないか。
そしてイドは、ハイドラを親父と呼んだ。
両者に、何か関係があるのか。
そう思ったが、考えるのは後だ。これは、チャンスでもある。
案の定、眼がルナに向いている。すぐさま、自分も手頃な敵に走った。
鳩尾を殴り、ダウンしている間に腰に差してあったナイフを抜き取って、相手の腕を突き刺す。
引き抜いた後、すぐにその兵士を蹴り飛ばす。
身体は、何とか動くらしい。それだけは、少しホッとする。
こちらに、銃口が向いた。三人。ナイフを抜いて突っ込んできた。
一人。突きだしてきたナイフを避け、その腕を掴んでから、肘関節を殴って腕をへし折った。
落としたナイフを拾い上げ、自分のいつもの構えにする。片手は順手、片手は逆手。これが、一番しっくりくる。
残り二人。すぐに疾走した。斬る。ただし、腕だけだ。それも、致命傷にはしない。
峰打ちで、仕留める。単純に、腕が変な方向に曲がるだけだ。ナノマシンで治療すればどうにかなる。
甘いなぁ、私は。
自分で、それは分かっている。
だが、恩義もあるのだ。その恩義は、返すだけだ。
「あー、やっぱ強いな、お前さん」
急に、殺気が来た。
頭をかきながら、マクスが一歩出てきた。
手に持っているのは、カタールが二本。それを持ち直し、構える。
「レミニセンス、だっけ? 双剣使いか、あんさん。なかなか面白いな、あのプロトタイプもろともフィギュアとかで出したら多分売れるぞ。てかあのプロトタイプエイジスを3Dスキャナーに掛けさせてくれ。プラモにして俺が模型サークルで売るからさ。な? 頼むって」
呆れて物も言えなかった。
この男、多分プラモとかのマニアか、変態のどちらかだろうと一瞬で理解した。
「あんたさぁ、バカなの?」
「まさか。俺は全部に本気なだけだよ。趣味にも、戦にもな」
不敵に笑った後、マクスが駆けてきた。一度舌打ちしてから、こちらも駆ける。
一合目で切り結ぶ。鋭い金属音。久々に聞いた気がする。
同時に、重いと感じた。
それだけで分かる。この男は、伊達や酔狂でプロトタイプエイジスのイーグになっている訳ではない。
ゼロに匹敵する化け物だ。
一度距離を取ってから、右に向かって駆ける。切り結び、互いの位置が入れ替わる。
やはり、この男は殺す気で掛からない限りこちらが殺される。
十合ほど、打ち合った。
つかみ所の見えない武の形をしている、というのがこの十合でレムが抱いたマクスへの感想だった。
面白い。心底、そう思える。
不敵に笑って、また駆ける。
また、ぶつかった。
直後、マクスが不敵に笑う。その瞬間、一気に自分の体勢が崩れた。
いや、崩された。
ワイヤーが、いつの間にか自分の腕にまかれていた。
「甘い。甘い。甘いぞ、お前さん。俺がただのカタールなんか使うと思ったか? 空間認識能力強化するためなら、俺はこんな変な武器も使うこと躊躇しねぇよ」
動きを見て、背筋が凍った。
ただのカタールではない。その言葉は本当だ。何より、ワイヤーギミック内蔵型カタールだと、自分の右腕に巻き付けられたワイヤーの先に、先程までぶつかっていたはずのワイヤーの刃先が付いているのだ。
完全に、甘さが出た。
何をやってるんだ、私は。
一度、歯ぎしりをしてから、イドを見る。ハイドラが、一瞬だけ驚愕の表情を見せていることに気付いたが、それもすぐに収まった。
直後、視界が反転した。同時に、世界が一気に右に傾いた。
右に投げられた。そう、一瞬で解釈出来た。
「お前さん、横見る余裕とかあんのか?」
マクスが、ため息交じりに言った瞬間、マクスの周辺を、ワイヤーカタールが舞い始めた。
目を見開く。
どうする。あれではまともに近づけない。
近づけば、死ぬ。
それだけは、すぐに思い浮かんだ。
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「まさか、お前、アインか?!」
一瞬で理解出来た。
憎しみ、憎悪、同時に、絶望感。
そして、自分を親父と呼んだ。
アインか、レナ。それ以外は思い浮かばないが、アインだと分かった。
気が、魂が、そう教えているのだ。
自分の息子の一人だ。同時に、救えなかった人間の、一人。
それが今、イドと呼ばれてここにいる。ルナ・ホーヒュニングの中にいる。
一〇〇〇年経って、まさか親子同士で殺し合いをするハメになるとは。いや、いずれそうなると考えないようにしていただけだろう。
ハイドラは、イドのクローと何合も剣劇を交わらせながら、それだけを逡巡した。
「あぁ、そうだよ、クソ野郎が。てめぇのせいで我、いや、俺はどうなったと思ってやがる。散々の迫害と人体実験の果てに、ラグナロクで捨てられ、生きるか死ぬかの瀬戸際常にさまよい続けたんだぜ。レナの奴はとっくの昔に成仏しちまったが、俺の方はそうもいかなかったんでなぁ、あぁ?」
「そうか。お前、本来のイドを喰ったな? アイン、お前がイドに成り代わったか」
「快楽主義者だったからなぁ、あいつ。面白い物見せてやるって言って喰ったよ。大して魂の味ってのは美味くねぇもんだったぜ」
一度、互いの剣劇を弾いて、距離を取った。
カウモータギーを、構え直す。
「だから、俺は、貴様を、いや、全てを、殺す!」
イドが、手に黒い炎を宿し始めた。
だが、遅い。
力を集中させ、イドの前に、立った。
イドがただ、愕然としているのが分かった。
「お前、勘違いをしていないか? 強くなった、と」
一発、腹を殴った。
イドの表情が、苦痛にゆがむ。
「お前は、二五〇年に一度しか目覚めん。そうプログラムされているからな。だが、俺は違う。一〇〇〇年、生き続けた。時という差だけは、絶対に埋め戻せん。そして」
クロー。目の前に来たが、剣劇で止めると同時に、地面に叩き付ける。
「遅い。俺が何の力を持っているか、知らないお前ではないだろう」
「次元相転移……」
「そうだ。俺はセラフィムの能力も持っている。故に、俺はお前のすぐそばに転移することが出来るし、何より、俺を能力だけでどうにか出来ると思うな。俺を倒せるのは、お前ではない」
振りかぶる。
そのまま、カウモータギーを、振り下ろした。地面に、当たった感触がした。
直後、拳が、自分の顔面によってきた。
空いていた手で、それを受け止める。
イドの物より、遙かに重い拳だ。質量とは別の拳。
気が詰まった、拳だった。
ルナ・ホーヒュニング。フレーズヴェルグと呼ばれた女の、自分を倒せる可能性を持つ者の一人の、拳だった。




