第四十五話『Luna-月下の出撃』(1)
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AD三二七五年七月二四日午前一時七分
あれは、何だ。
最初に飛び出したのは、その言葉だった。
三万機のスコーピオンを用いて蹂躙する。更には自分が率いる陸上空母の艦隊までいる。
指揮しているのが裏切り者なのが気にくわないが、理にかなった作戦を展開しているし、このまま行けば二日で陥落出来る。
そう信じていた。
しかし、あれが、あの真っ赤な見たことのないプロトタイプエイジスが現れてから、一気に戦場の雰囲気が変わった。そんな風に、ラルゴ・ヴィクトルには感じられた。
フェンリルの陸軍を指揮し、時にシャドウナイツによる指揮権剥脱という妨害に遭いながらも、しかしそれでもなお耐えて掴んだ、フェンリル陸軍総大将という地位に、自分はいる。
だが、それでもなお、戦には拘った。だから最前線に身を置いた。准将になっても、それは何一つ変えなかった。五十年そうやって生きたのだ、変える気もなかった。
自分が艦長を務めるグシオン級陸上空母『スワートレノスタース』。そのブリッジも、ざわめきが少し支配している。
「落ち着け。オペレーター、あの機体の照合データ、あるか?」
「一致するデータ、ありません。ただ、強いて言えば、なのですが」
「なんだ」
「あの機体に搭載されているジェネレーターの波形ですが、あれは、スピリットです」
「何?!」
思わず、身を乗り出していた。
空中戦艦や陸上空母と同じだけの出力を持つプロトタイプエイジスがいる。
それだけで脅威たり得るのだ。
というより、奴は何処から現れたのか、それがまったく分からない。
戦場のど真ん中でベクトーアがわざわざ召還したというのだろうか。それだったらこんな決死隊に近いことをやらせるだろうか。
だが、あれさえ落とせばこの戦はこちらのものだろうとも、ラルゴには思える。
「あの機体の周辺にいるスコーピオン五〇〇、いや、一〇〇〇に奴を追随させろ。数の力で殺してやれ。無人機がこれからの戦に欠かせない物になると、あのイーグに教えてやれ」
かつて戦力差十五倍の状況を覆したプロトタイプエイジスがいた。
だがそれ以上の数をぶつければどうだ。
いくら一機が一騎当千でも、一〇〇〇の数を相手に勝てると思えない。
数の力で蹂躙する。それがこの戦の神髄だ。
念のための一〇〇〇機だ。それで蹂躙出来る。その自信が、ラルゴにはある。
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まんまと引っかかった。
こちらに向かってきているスコーピオンを見て、大真面目に笑いそうになっているゼロがいたことに、一番驚いたのはゼロだった。
実際相手の筋は悪くない。こちらを早期に潰すために一〇〇〇もの数をこちらへぶつけたのだろう。
だから後退した。
案の定、追ってきた。
恐らく相手は無人機。無人機だと言う事は、統率が取れすぎている。
ならば、そこを突く。
徐々に一〇〇〇を西に寄せていく。これで少しずつだが、間延びしていく。
そして同時に、何隊かが前線へと向かっていくのが見えた。
艦隊攻撃用の部隊だろう。あれを失ったら本当に終わる。
そのためには、まずこうして引っ張ってきた一〇〇〇を一機残らず全滅させる必要がある。そして、それを機にこちらの方に攻撃を集めさせる必要も出てくる。
徐々に自分を追う列も、間延びしているのがゼロにも分かった。
前の時もそうだった。有人機は無人機より動きが鈍い。恐らく、無人機の演算を補うシステムを内蔵しているからだ。
しかし、それまで含めて艦隊攻撃部隊を追う連中は誰もこの一〇〇〇の中にいない。
無人機は統率が取れすぎている。そして同時に、著しく柔軟性がない。
一度ターゲットを定めると相手を破壊するまで追い続ける。
ならば、殺せる。
徐々におびき寄せる目的の位置まで持ってきた。
たった四機で戦線を支えている部隊の所。だが、その部隊は恐らくベクトーアで最強を誇る。
ルーン・ブレイドが、そこにいる。
しかも見る限り、率いているのは最強の殲滅力を誇る機体、不知火だ。
なんだか色々と増加装甲とか施されているが、逆にそれがありがたい。
「おい、そっちの指揮官は誰だ?」
すぐに、戦闘しているルーン・ブレイドの連中に通信を繋いだ。
『ゼロやんけ。おどれ何しとったんや?』
ブラスカが呆れているのか、ため息交じりに聞いてきた。
「指揮取ってるのはてめぇだな」
『せや』
「だったら話は早ぇ。俺の後ろを追ってきている一〇〇〇のうち、後方の動きが鈍い奴だけ吹っ飛ばせ。そいつが有人機だ。そいつを殺せば無人機の能力は大幅に削られるはずだぜ」
『せやったら何度か他の部隊もやっとるさかい。せやけど、おどれの後ろ一〇〇〇もおるやん』
「一〇〇〇程度なら、こいつでボコれる。ついでに言うとだ、教えてやる。頭の潰れた部隊は、弱ぇぞ」
『せやろな。わーった、やったるさかい。今行くで』
不知火が、手を少し動かすと、すぐにルーン・ブレイドが動いた。
いつの間にか知らない機体が二機増えていたが、それが何なのかは分からない。だが、同調してくれるならありがたかった。
すぐさま、後方に回り込んで、十字砲火を浴びせた後、突っ込んだ。
不知火が、やはりこういう時は頼りになった。右へ左へ、すぐに動きながら一機も漏らさず撃破していく。
それに追随するように駆けていく機体がいる。見たことのない機体だが、腕に空破にも似たナックルをしていた。
しかも、反応速度を見る限り、M.W.S.である。その機体が、肩から大型のキャノン砲を構えて、撃った。
光軸が、三機、四機とスコーピオンを貫いていく。
ビーム兵器だ。ということは、あれが空破のデータを元にして作ったという新型のM.W.S.なのだろう。
更にまた手を動かして更に小さく隊をまとめて、突っ込んだ。
目の前の敵をなぎ払いながら、後方の敵を蹂躙していく。
ここで不知火と競い合うように突っ込む機体がいる。
オーラシールドナックルを付けた、見たことのないエイジスだ。
だが、その格闘スタイルはソフィア・ビナイムの駆るリュシフェルのそれに似ている。
一機、また一機。確実に、そして木っ端微塵にシールドナックルで破砕していく。
構えるとすぐさま動く。ルナの動きにも、何処か通じる物があった。
何者なのか、後で聞く必要があるだろう。
後方の軍が瓦解すると同時に、自分を追っていた無人機の動きが、どんどん鈍くなっていった。
演算が限界を迎えているのだ。
こうなっていると、でくの坊と変わらない。
すぐさま、炎雷を反転させて、駆けた。
敵が見える。構えるまでの動作も、遅い。
すぐに、目の前の敵を切り裂いた。
十機、二十機と切り裂き続ける。
弱い。そう思える。また敵が見えた。横になぎ払う。
斬る、斬る、斬る。その作業を、繰り返した。すぐにブラスカも同調して、無人機の群を挟撃する。
互いにかち割ったところで、もう一度陣を割った。それを五度ほど繰り返した。
バラバラになってもすぐにまとまる。故に、一箇所に敵が集まる。
まとめて粉砕する頃合いだろう。肩の武器も、効くかもしれない。そう思って、炎雷の肩に仕掛けられたオーラカノンを構えさせた。
羅針に付いていたオーラカノンが、そのまま融合してきたのだというのは、脳に浮かんでくるイメージですぐに分かった。
背部から展開した後、砲身が伸び、先端に赤い光弾が作られ始める。
IDSSの波紋が、広く広がっている。気が、かなり吸われていくのも、よく分かった。身体が、少し重いのだ。
だが、故に思ったより強力な兵器の可能性が高い。
しかし、この気の吸われ方は、デュランダルのガンモードを放つ時のそれに似ていた。
ならば、雑魚を散らすにはちょうどいい。
「消し飛べ、雑魚共」
IDSSに浮かんだトリガーを、押した。
赤い光軸が、夜の闇を照らしながら、大地をえぐり取りながら、スコーピオンをなぎ払っていく。
まるで、紅蓮の炎。そう、ゼロには感じ取れた。
身体が重いが、自分の気が、村正の気が、合わさっている。そう感じると同時に、化け物が出来たとも、何故か思った。
照射が終わった時、既に、周囲は一面、自分達以外何もいない、無人の荒野と化していた。
一瞬にして、敵味方共々黙った、そんな気配がしていた。
『あんた、いったいどっからそんな機体拾ってきたの?』
最初に静寂を破ったのは、アリスだった。少し呆然とした、そんな声をしている。
「話しゃ長くなる。とりあえず、まだ敵は来るぜ」
『はぁ? マジで?』
「ったりめぇだろ。俺達は五機で一〇〇〇機を殲滅したんだぜ。尚更こちらの方に敵が集中してくンに決まってんだろ。てめぇらはどうだか知らねぇが、まだ俺は持つぞ」
実際、あれだけの出力のオーラカノンを撃っても、まだ自分の気に余裕がある。
SPIRITを導入していることで、気の変換効率がいいのだろう。この装置自体が、羅針から受け継いだ物でもある。
想像以上にでかい拾い物をした。そう思える。
自分の体力はまだ持つ。機体の方も、確認したが、一応半分以上エネルギーは残っている。
それを確認した後、警報が響いた。
敵が接近。数は、五〇〇。
『しつけぇな、おい』
聞いたことのある声がした。確か、前に一度任務で会ったことのある声だ。
デスマスク。そういう呼び名で呼ばれていた、女がいた。本名は確か、アナスタシアとか言った気がする。
その声と同じだった。
「よぅ、久しぶりだな」
『鋼さんよぉ、お前さんめんどいの引き連れてきてどーすんだよ。うちらの体力持たねぇぞ』
「戦闘開始から何時間経った?」
『もう八時間だ、ボケ。お前さんは体力バリバリ余ってるからいいだろーけどさぁ』
「ンな愚痴言ってる間に、どんどん敵は詰めてくるぜ。ついでに教えてやる。今来てるのはさっきの半分だろ」
『だからどうした』
「相手は、相当油断してるぞ。これで潰せると思い込んでる。そこを突く」
『は?』
『後方に回り込みますか、鋼さん』
アナスタシアの声を遮って、聞いたことのある声がした。
ソフィアの声だった。
「なんでてめぇがここにいる。ベクトーアに降ったのか?」
『元々、私ベクトーアの人間でしたから。色々訳あって、ソフィアって言う人格になってたんです。本名は、エミリアです』
その言葉だけで、察した。
人体実験でもしたのだと。故に、ソフィアという人格を上書きされたのだと。
聞かない方が、無難だろう。
そう一瞬思った後、エミリアの言葉に頷く。
「まぁいい。でだ、こっちは少数、寡兵だ。だが、故に機動力は五〇〇の比じゃねぇ」
『せやけど、おどれいつからそないな指揮とかガンガン出来るようになったんや。つい三日くらい前まで猪武者の塊みたいやったんやんけ』
「男子三日会わざれば刮目して相対すべし、だろうが」
実際には半年以上習得には掛かったが、話すのは後回しだ。
また他の連中は呆然としているが、すぐに後方に動く。
敵五〇〇に、横合いから突っ込んだ。
敵が、一瞬にして分断されていく。目の前の敵は、十機、二十機と斬った。
これを七度繰り返したら、敵は潰走した。
まずは一五〇〇。だが、足りない。次の獲物を狩ろう。
そう思って、また少しだけまとめてから、移動した。
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あっという間だった。
急にあのプロトタイプエイジスが現れて、風向きが変わった。
僅か一五分で、一五〇〇機は根絶やしにされた。二〇分の一が一瞬で消えたのである。
しかも、たった五機に、それをやられた。
あの機体が出て来てから、全てが変わり始めている。
艦内に警報が鳴った。敵が突っ込んでくる。
数は二個中隊。プロトタイプエイジスが率いている。風凪という機体だと、オペレーターが知らせた。
「突っ込んでくるか。迎撃用意。敵陣深く入り込んだところを包囲殲滅せよ」
三〇〇程、向かわせた。
相手はプロトタイプエイジスだが、先程の機体の比ではない。
それに、これ以上突っ込ませると、戦線がガタガタになる。
そう思った瞬間、ハッとした。
相手は、それを見越している。あの紅蓮のプロトタイプエイジスのイーグは、間違いなくそれを悟っている。
二〇〇〇が向かおうが三〇〇〇が来ようが、要は引きつけさせればいいのだ。
つまり、あの機体群は本隊であると同時に、艦船攻撃部隊の迎撃層を薄くするための、囮だ。
だとすれば、無視するより他ないだろう。
同時に、迎撃層を増やそうと思った。少し戦線が一時薄くなろうが、知ったことではない。艦船攻撃部隊を潰せば、相手の戦略は瓦解する。
策を巡らせようが、数は力だ。
「その力にどこまで対応出来る、ベクトーア。来てみろ、戦での勝者を見せてやろうではないか」
呟いてから、迎撃部隊の数を一〇〇〇機にするように、指示を出した。