第四十四話『村正-命の果ての刃』
また、あの渓流に来ていた。
だが、これが最後なのだろうと、ゼロは感じることが出来た。
村正は相変わらず、片腕で釣りをしている。少し力を入れたのか、ひとつだけ声を出して釣り竿を挙げた。
魚が、引っかかっていた。何の魚なのかは、分からない。
「帰る時が、来たンだな」
村正が立ち上がって振り向いた。
やはり何処か、マークに似ている。そう、感じるようになった。何処が似ていると言われると、言葉で表すのは難しい。
しかし、魂がそう感じている。
「ああ。長居、しすぎた」
「どうせ、ここは仮の居場所にすぎないだろ。お前にとっての居場所は、三二七五年のベクトーアだ。ここじゃない」
今戦がどうなっているのか。この半年間、それだけは脳裏を離れなかった。
少しでも役に立てればいい。猪武者としてではなく、策を練る者として、だ。そうありたいと、何故か今は思う。
「ハイドラ兄と、いや、モルフィアスって、言った方がいいか? 改めて考えると、結局千年越しに出会うハメになるんだな。千年後の世界で再会とはな」
「しかし、結局、人間っつーのは千年経とうが本質は変わりゃしねぇのかもしれねぇ、ってのが、俺がこの半年で抱いた一番でけぇ感想だ。今更辛気くせぇこと言っても、何一つ変わりゃしねぇが」
「罪悪感でも、持ってるのか、お前」
「少し、な。だが、遅かれ速かれ俺がいなくても起きた、そんな考えしか浮かばねぇ」
割り切ったと言うより、何度計算しても、そうなったのだ。こうやって襲撃してくる連中は、多分うんざりするほどいた。だから相手は多国籍になった。
何処が主導するか、いつ実行するか、それだけの違いでしかなかったのだ。
右手を握った。あの両刃刀の感触は、今でもしっかり覚えている。
あれもまた、自分の居場所に持って帰る。一〇〇〇年越しに、今度は両刃刀と羅針がワープするというわけだ。
いや、羅針ではない。羅針、紫電、紅神の三者が合わさり、そこに村正の魂を媒介として作り上げる、この世にデータも一切存在しないプロトタイプエイジスが、一〇〇〇年越しに現れる。
拾い物といえ、大きな拾い物だった。
それが、自分の中の意識に、ハッキリと現れている。
同時に、村正が真に滅ぶこともハッキリと分かった。
三種類のレヴィナスを融合するのに使うのは、膨大な命のエネルギー。
それを持つ、イーグの魂。
だから、村正はためらいもなく、使うことに同意した。あの男らしい、即決即断だった。
村正の身体が、粉雪のように散り始めたのは、一度息を整えたときだった。
この時が来たのだと、心でようやく理解が出来た。
死という名の螺旋に、ついに兄は帰るのだ。
「そうか、ついに、消えるのか、兄貴」
「俺は、いびつな形でお前の精神に残っていただけだ。俺の魂を触媒にして、お前の新しい刃は生まれる。いいじゃないか。俺は、その刃の柱になる。また刃になれるんだ、それもまた、面白い」
村正が、不敵に笑った。
結局、勝ち逃げされた気がする。ならば、今世で一勝はくれてやる。
来世でまた戦って、決着を付ければいい。それだけのことだ。
「決着は、来世でな」
「先に待ってる。今度は俺に勝てるだけの力を身につけてこい」
「元より、そのつもりだぜ、クソ兄貴」
「なら、今の世で俺を超えろ。死んだ俺と違って、お前は生きている。まだ伸びることが出来る。だから、超えてから来世で俺に挑め」
「上等だぜ、兄貴」
互いの右腕を、互いの右腕で叩き合う。
乾いた音が鳴った瞬間に、村正が、消えた。
すっと、粉雪のように身体が分解していった。
渓流の風景も、徐々に消えていく。
目を閉じる。
炎が見えた。右腕が、熱く唸っている。
刃。村正は、そう言った。
その熱さを、刃にかざすより、ほかなかった。
目の前に、人の顔が浮かんだ。
知り人だらけだった。仲間がいる。
ベクトーアの連中が、そこにいる。
帰るか、あそこに。
いや、帰ろうぜ、帰って暴れるぞ、なぁ、『炎雷』。
光が差す。魂が、うなりを上げた。
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AD三二七五年七月二四日午前一時五分
『増援まだか?!』
『弾だ、弾をくれ、早く!』
悲鳴だけが、聞こえてくる。
オペレーターの怒号が響いているのに、それを味方兵士の悲鳴がかき消していく。
ロニキスは汗が止まらなくなってきた。
普段の自分なら、こういう時激しく高ぶる。だが、その熱気も、冷汗で流れていくような感じがする。
既に戦闘開始から八時間。稼動時間の短いエイジスを生かすために、一時撤退させるために、M.W.S.を殿に使うという手法で戦い続けて、既に三周期目。
パイロットにも、イーグにも、疲労の色が見え始めていた。
プロトタイプエイジスは、現在二機。風凪と陽炎だ。両者ともに戦陣に参加し、撹乱し続けている。そことルーン・ブレイドだけでも、一部の戦線を維持させることが出来る。
しかし、エイジス五機を連続稼働など出来る訳がなく、そこに生じる隙を埋めるために後退、また後退を繰り返していた。
対する相手は、無人機。疲れなど存在しない。その上無人機後方には陸上空母七隻。これによって燃料、武器弾薬の逐次補給が可能となっている。
これに未だに手が出せないでいる。出そうとしても、あの数のM.W.S.を突破するしかない。しかもそれは、決死隊だ。特攻である。生き残る可能性は皆無に近い。
せめて正面にいる敵M.W.S.が少しずれてくれれば、そこにこちらの機動力に秀でた部隊を突入出来る。
しかし、既に、千機がやられた。エイジスも、五機落とされた。
残り稼働台数は一万機を割った。残りの敵の数、それでもなお二万を凌駕する。
諦める気は毛頭ないが、しかし、どうする。
叢雲も前線に出て片っ端から武器を撃ちまくっているが、それでも敵は収まる気配を知らない。
しかし、気付けばこちらも満身創痍だ。
味方機を回収しては修理して出撃させる。更にはその味方機の支援も実施する。
結果、被弾率も上がり始めた。艦船を覆っているオーラウォールも、稼働率がついに三割を割った。持ってあと四十分。そこまでは維持出来るが、持てなかったら少し後退するしかない。
どうする、ロニキス。
ルーン・ブレイドの長として踏ん張っているが、なかなかに不味い展開だ。
かつて竜三が隊長だった頃にやった撤退戦では、すぐさま味方側に行ける心理的余裕があった。
だが今は、味方は後ろにいない。あるのは前面にいる味方と敵の乱戦のみ。心理的余裕などない。
急に、戦場の気配が一瞬だけ変わった気がした。
何か、知っている気配がする。
イーグだったら気の流れが分かるのだろう。だが、イーグでない自分ですら分かる、何かの気配。
「なんだ……?」
「艦長! 敵陣ど真ん中に、レヴィナスの反応が! これは……召喚です!」
オペレーターの怒号を聞いて、眼が飛び出そうになった。
まさか、ここで敵はプロトタイプエイジスを用いてくるのか。
そうなってくれば、下手をすると一気に戦線が瓦解する。
思った直後、雷が、その戦場を駆け抜けた。
すぐさまその場所がモニターに映される。
その中心に、徐々に人型の巨人が出来上がっていく。
まるでそこから現れたそれは、紅蓮の魔神。
真っ赤に燃えたぎった姿をした魔神が、夜の闇に照らされながら、立っている。
紅神によく似た、プロトタイプエイジスだった。
だが、そこかしこが紅神と違う。背部に大型のオーラカノンを背負っているし、そこら中のデザインがより洗練されている。
紅神のようでいて紅神でない、何かがそこにいる。
しかし、持っている武器はデュランダルだ。ということは、紅神なのだろうか。
「なんだ、あれは?」
「照合データ、ありません。新種の、プロトタイプエイジスとしか……」
オペレーターの一人が、唖然としながら言った。
「そんなバカなことがあるか」
「しかし、そのバカなことのようです。しかも、あの機体、エネルギー量が半端じゃありません。出力が、空中戦艦並みにあります」
「何?!」
いくら出力が桁違いに高いプロトタイプエイジスでも、そこまでの出力を持つのは不可能だ。
あれは、敵なのか、それとも、味方なのか。
甲高いジェネレーターの音が、こんな所にまで聞こえてくる。
敵ならば、地獄が待っている。
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すぅと、一度息を吸った。
「SPIRIT、正常稼動域に達成。関節ロック解除完了、戦闘システム、起動します」
AIが、淡々と物事を告げる。
モニターに映された周囲を見る。
目の前に、スコーピオンの群れがいる。だが、敵は固まっていた。
敵陣ど真ん中、そういったところらしい。
ならば、派手に飾るにはふさわしいではないか。
帰ってきたのだ。本来自分がいるべき世界に。
通信をつなげる。行き先は叢雲だ。
『何者だ、貴様は?』
「悪い、遅れたな、艦長」
ロニキスの眼が、見開いた。
『まさか、鋼なのか?!』
やっと気付いたか。
ゼロは、ため息交じりにそう思う。
『で、お前は味方か、敵か、どっちだ』
「決まってるだろ」
目の前、警告。スコーピオン三機。
デュランダルで、なぎ払った。
真っ二つに、スコーピオンの胴体が分かれている。
なるほど、これがこの機体の力らしい。
「てめぇらを救いに来た。来てやった。策をよこせ、艦長」
ロニキスの顔が、苦笑しているのが分かった。
『少しそこで暴れてみろ』
「敵を引きつける、そしてその間に敵陸上空母の撃破のための部隊を出す、か? だが、数はいるのか?」
『少しなら、な。そろそろ来る』
「ならばいい。勝ち目のねぇ策はごめんだったが、悪かねぇな。それならよ、ある程度の位置は開けた方がいいだろ。西側に少し寄せる。そうすりゃ隙間が出来るはずだ。そこに空母撃破のための部隊を突っ込ませる。それで文句ねぇな」
『あぁ。だが、お前、よくそこまでくみ取ったな』
「その程度わからねぇんじゃ、策を持ってきた意味がねぇだろうが」
『策?』
「この戦そのものに、勝つ策だ」
また、目の前に敵が来た。
今度は十機。
何機来ようが、たたっ切る。
「ゼロ・ストレイ、炎雷、いくぜ」
フットペダルを思いっきり押し込んだ。