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AEGIS-エイジス-  作者: ヘルハウンド
7th Attack
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第四十三話『Hydrangea-無情の果て』(4)-3

 知っている気配がした。昔から、感じている気配。気の流れ。

 そして、殺気。

 アフマドもそれを感じたのか、銃撃をぴたりとやめた。ゼロもまた、殺気のする方へ両刃刀を構え直した。


 銃声がしたのは、その直後だ。

 格納庫の入口に向けて、銃弾が一発。


 いや、銃弾と言っていいのだろうか。見切る限りで、それは銃弾と言うには、あまりにも巨大だった。サイズからすると、おおよそ十二ミリはある。

 それを傍目に見て、両刃刀で真っ二つに切り裂くと、殺気が一段と強くなった。

 何度か見たことのある弾丸だった。モルフィアスの使っていた銃剣の専用弾だ。


『それ』は、ため息を吐きながら歩いてきた。

 扉から、悠然と、片手で身の丈もある馬鹿でかい銃剣を構えながら、それをぶれさせずにやってきた。


 モルフィアス・バーシュカイン。いや、それを見て、確信した。

 左半身に刻まれた刻印、そして、赤い、獣の瞳孔をした眼を、片眼に持つ男。

 誰がどう見ても、あの男以外に考えられなかった。

 エビル、ないしは、ハイドラと呼ばれた男。

 やはり、同一人物であることは、間違いないのだろう。


 返り血で緑だった国連軍の制服を真っ赤に染めたその男は、扉の前で立ち止まり、銃剣を中段に構えた。

 血涙を、眼から流し始めたのは、その直後だ。

 憎しみ、恨み、そうした負の感情が、積もり積もった、そんな眼をしている。


「貴様が……貴様が……貴様がラフィを殺した……! 同じように、殺す!」


 言って、アフマドに向かって駆けた。

 一度アフマドが舌打ちしてから、すぐにアフマドも構え直してフルオートでアサルトライフルを撃つ。

 だが、動きが止まらない。

 それどころか、モルフィアスの目の前で、弾丸が消えていく。

 叩き斬っているのではなく、弾丸が消されている。


 これが、奴の切り札の一種なのだろう。アイオーンの持つ、特殊な能力のひとつだろうとは、想像に難くなかった。

 それを見ても、アフマドの表情は変わらない。アサルトライフルを捨て、大型のナイフを二本、両手に持って構えた。


 一合目で、互いの位置が入れ替わった。二合目も、それは同じだ。

 同時に、銃弾がこちらへ飛んできた。両刃刀で切り落とす。


 入れ替わりと同時に撃ってきた。

 どうやらモルフィアスは、こちらも殺す気らしい。いや、恐らく、あれは全てを破壊するまで止まらない。

 だとすれば、ハイドラもそういう状態にあるのだろうか。


 いや、考えるのは後にした方が賢明だろう。思ってから、両刃刀を構え直した。

 いつ隙が出来るか、それを見極めながら、戦場を俯瞰するように見る。それが、今の自分の役目であると、ゼロは自分に言い聞かせた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 指が、少し痺れた。

 モルフィアスの力によってではない。明らかに別の力が及んでいる。結果それが力に反映されていると、アフマドは瞬時に理解した。


 あの赤い眼だ。あれは、この前戦ったトマスと同じ眼だ。

 ということは、アイオーンになった。そういうことなのだろう。


 アイオーンになったからには、始末する。元より、モルフィアスは殺すつもりだった。それには、何一つ変わらない。

 どうせ当初目標のひとつであるイーグの血が混じった子供は二人とも拉致に成功しているのだ。


 なんでも、これから先、この子供を用いた実験を行うらしい。

 反吐が出ると思うが、同時に、これを対アイオーンの決戦兵器にもする気らしい。

 詳細は、それ以上知らない。


 だが、任務はこなす。それは、自分が兵士だからだ。相手が人間だろうが、アイオーンだろうが、倒す対象が変わっただけに過ぎない。

 再度、モルフィアスが中段に構える。こちらもまた、ナイフを両手に持ち直した。


 十、息を吸ってから、再度駆けた。

 ぶつかる。鋭い金属音。鳴ってから、つばぜり合いが起こる。

 ガリガリと、擦れる音がした。


 相手の眼を見る。未だに、血涙を流し続けていた。

 この男にとって、家族が全てだったのかも知れない。

 だが、だとしても、人間として生命を終え、化け物と化したこの男を、生かす程、自分は情けを掛けるつもりはない。

 それに、情けを掛けたら、自分が死ぬ。それ程に、この男の剣には気迫が籠もっている。


「モル。おめぇ、変わったな。殺すことに何一つ躊躇がねぇ。だが、それがいい。今までのお前さんが、甘すぎた。だから、お前は致命的なミスをする。奥さんが死んだのも然り、お前のガキが、既に拉致られたのも、然りだ」

「黙れ」


 少し、モルフィアスの呼吸が乱れた。

 突っ込んでくる。誘いに乗った。上段にモルフィアスが剣先を移す。振りかぶった。

 避けた。地面に銃剣が向く、その一瞬を狙って、背中にナイフを突き刺した。

 手応えはある。始末した。そう思った。


 違和感には、すぐ気付いた。

 モルフィアスの背中から、血が出てこない。逆に、自分の脇腹からは、血が噴出している。


 モルフィアスの左手が、自分の脇腹をえぐっていた。真っ赤に染まった手は、自分の抉られた髀肉を持っている。既に、内蔵が飛び出し始めていた。

 そして、刺したはずのナイフは、先端が消えていた。


「これが、次元相転移だ。三次元にある物を、別の次元に放り込む。お前のナイフも、そうやって消した。そして、俺には、イーグでも殺せるだけの力がある」


 モルフィアスが、嗤った。

 ああいう笑い方をする人間ではなかった。心が壊れると、人はこうも変わるのか。


 いや、壊したのは、俺か。


 因果応報。そういう言葉が、アフマドの脳裏をよぎった。

 直後、えぐられた脇腹に、銃剣が突き刺さった。


 既に、痛みも感じなくなってきている。

 だが、視界は徐々に、暗くなってきている。


「死ね」


 それだけモルフィアスが言った後、自分の身体が、真っ二つになったのを見た。

 その直後に、別の闘気を感じた。

 そして、その闘気は、風のようにモルフィアスの方へと駆けていく。


 二つの闘気がある。

 一つはゼロ・ストレイ。

 そしてもう一つは、マーク・ガストーク。


 ああ、来たのか。

 あれは、二人に任せるとするか。俺は先に、地獄に行こう。

 ついでにそこでこんな風に、吹っ飛んだ身体みたいに、綺麗な血みどろの花を咲かせに行こう。

 悪くねぇな。


 自分が笑っているのだということだけは、最後に気付くことが出来た。

 そして、死ぬのだと言う事も、よく分かった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 急いで帰ってみれば、基地は戦闘で包まれていた。

 しかし、同時に破壊の跡でもあった。そこら中に広がる死体の山は、聞いていた敵の物も、こちらの味方の物も入り乱れていた。


 ラインもまた、死んでいた。憎しみと、驚愕に満ちた眼で、死んでいた。

 その眼を閉じた後に強烈な殺気を感じた。

 それでその方に駆けた瞬間、そこに立っていたのは、モルだった。


 何をやっているんだ。マークは、最初に言いたかった。

 だが、血涙を流しながら、モルは戦っていた。


 何があったとは、聞けなかった。聞きたくなかった。

 あれだけで、一瞬で分かったからだ。

 ラフィが、死んだのだと。家族も、既にいないのだと。


 あの男にとって、それが全てだった。そんなこと、幼なじみである自分が、一番よく知っている。

 だから、自分もまた、悔しかった。哀しかった。

 親友が、二人とも変わり果ててしまったことが、一番悔しかった。


 だから、駆けると同時に、咆哮を上げていた。

 何に対する咆吼か、それはよく分からない。


 アフマドの身体が半分に別れると同時に、双剣を引き抜き、切り結んだ。


「何やってんだよ、何やってんだよ、モル」


 力は、強い。単純な力ならば、だ。

 だが、覇気は、急に弱くなった。そんな気がする。

 モルは未だに、血涙を止まらず流し続けている。


「現実を、受け入れろ、受け入れてくれ、マーク」


 眼には、ひたすらの虚空が広がる。赤くなって瞳孔が変わり果てた眼より、自分にはそっちの方が恐ろしかった。

 徐々に押されてきた。明らかに相手は殺す気で来ている。

 こちらには、まだその覚悟が、ない。

 これが地獄か。


 そう思った直後、モルの背後から、咆吼が上がった。

 ゼロだ。両刃刀を持ち、突っ込んでくる。

 はじき飛ばされた後、モルは返す刀でゼロと切り結ぶ。


 だが、切り結んだ直後だった。

 ゼロはモルが振りかぶった剣先を、義手で受け止め、そして、モルの腹に両刃刀を突き刺した。


「てめぇ、弱ぇぞ。覇気のねぇ奴の剣劇なんざ、俺を斬れるわけねぇだろ、バカか」


 ゼロがそう言うと、モルは腹に突き刺さった両刃刀を引っこ抜いた。血しぶきが舞い、ゼロを赤く染める。

 その直後に、穴が空いていたはずのモルの腹がすさまじい勢いで塞がっていく。


「ち、俺以上の再生能力まで持ってやがんのか」


 ゼロが舌打ちした後、再度両刃刀を構えた。モルは、上段に剣を構えている。

 先に、モルが動いた。一瞬だった気もする。ゼロは、まるで動かない。


 一合目は、軽く弾いただけだ。二合目の横凪で、ゼロが押し始めた。

 十合ほど打ち合ったが、まるでモルに攻撃の手を与えない。明らかに、ゼロが押していた。

 同時に、ゼロはモルが攻撃してきても、それを全ていなしている。それも、淡々とした表情で、だ。


 この男は、モルの剣を知っている。いや、それだけじゃない。分かりきっているのだ。

 まるで、何十年も戦い慣れたかのように、いなしている。

 前にイーグ五人と戦ってゼロは無傷で五人は重軽傷者を出したその実力は、間違いなく本物だ。


 同時に、未来は、こうも悲観的な未来なのかと、思わざるを得なかった。

 こうしなければ生きていけないのだとすれば。これほどの力を付けなければ生きられない世界なのだとすれば。

 だとすれば、今のこの世界の価値は、なんなのだろう。

 モルでなくても、そう、考えてしまう。


 銃剣がモルの手から離されたのは、三回目の打ち合いが起こった時だった。

 弾かれた。それを見た瞬間、間髪入れずにゼロは上段からモルフィアスを斬りつける。

 血は出ないが、斬られたのだと、破れた服が教えてくれた。


 それでもなお、身体が再生していく。

 それを見て、今度は腹部を突き刺す。


「再生し続けようが、知ったことか。殺すまで、死ぬまで、斬りゃそれで終わりだろが」


 ゼロからその言葉が発せられた瞬間、マークは見た。

 笑っている。

 ゼロは、笑っているのだ。

 狂気が満ちあふれた世界に、自分達のいる世界とは全く違う世界に、ゼロは生きている。


 同時に、ゼロから別の気配も感じた。

 気の流れだが、この流れを、マークはよく知っている。

 レヴィナスが、暴走し掛かっている。


 アレックスが死んだ時と同じだ。このままでは、ゼロもまた、レヴィナスに『喰われる』。

 それは、人間に完全に戻れなくなる証拠だ。

 そうなってからでは、遅い。


 駆けて、すぐにゼロをモルから引きはがす。

 こちらに、殺気を隠そうともしないゼロの眼が向いた。


「落ち着け、ゼロ! お前、死ぬぞ!」


 言った直後、少し怪訝な表情をゼロがしてから、ゼロは意識を失った。

 モルは、こちらを、血涙を流したまま見つめるだけだ。


「すまんな」


 そう言って、モルは忽然と姿を消した。

 急に、いなくなったのだ。まるで蜃気楼のように、モルは消えた。

 マークは、ゼロをその場に寝かせ、モルの立っていた場所に向かった。

 血だけが、そこに残されている。


 死んだ。モルも、ラフィも、死んだ。死んだんだよ、認めろ、マーク。


 そう、無理矢理言い聞かせる。そのために、叫んだ。

 ただ、叫んでいたかった。

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