第四十三話『Hydrangea-無情の果て』(4)-1
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AD二二七二年二月四日
襲撃の警報が鳴った時、飛び起きた。
襲撃者の名前を聞いて、唖然としたが、一度首を振った。
気張らないといけない。自分は、母親なのだ。
子供に不安を与えるわけにはいかない。そう、ラフィは自分に何度も言い聞かせ続けた。
しかし、怖い物は、怖いのだ。
何をしてくるか分からない。
何となく、目的だけは察しが付いた。エイジスとゼロ。この二つだろうと、間違いなく言えた。
ラインに、通信をつなげた。
「ライン、私よ」
『聞こえてる。格納庫を守れ、だろ?』
「お願い」
『分かってるさね。あんたは子供しっかり守りなよ。ついでに既にゼロの方からそういう指示も飛んでるから、問題ないさね』
呵々と笑ってから、ラインからの通信は切れた。
自分は、託児施設の周辺の警備だけ、任されていた。自分は戦力たり得ないのは、よく分かっているし、子供を護るというのもあるが、それ以上にここまでは戦火が及ぶまいと言う、ゼロ達の判断もあったのだろう。
気付けば、ゼロをだいぶ信頼している自分がいた。実際、あの男と話すと未来とはどういう物なのかと、たまにワクワクする時がある。
自分達の名前が未来に知れ渡っているとすれば、それはそれで嬉しいことだ。第一、モルの名前はゼロでも知っていたのだ。つまり、モルは歴史に名が残っている。しかも、マークも残っているらしい。
夫兼相棒と、旧友が両方とも名が残っている上、その旧友の機体が千年経っても残っている。この現状に興奮しないでいつ興奮するのかと、ラフィは心底思うのだ。
さて、戦局はどう動くのだろう。
そう思ってから、準備してあったアサルトライフルを、遮蔽物越しに構えた。
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咆哮を上げて、敵を斬った。
これで捕まえられるとでも思っていたのか。
そう思うと同時に、また駆けた。敵の顔。見えた瞬間に、真っ二つに割った。
切れ味が、今までの比ではなかった。RLとはここまで違うのかと、感心している自分がいる。
これで屠った敵は十五。モルは、まだ敵を戦闘不能にしているだけだった。
やはり、殺すということに対して咎が大きすぎるのだろう。
相手は殺す気で来ている。そんなのを相手に甘い戦いなど出来やしないし、する気もない。
だから来た相手は殺す。それだけだ。
急に強い殺気を後ろから感じたのは、もう一人真っ二つにしてからだった。
銃声。響いた瞬間に、両刃刀を回転させて防いだ。割れた弾丸が、両刃刀の前に金属音を立てて落ちていく。
一通りの銃声が終わった後、銃撃のあった方角を見る。
アフマドが、アサルトライフルのマガジンを交換していた。
「ち、防いだか。想像以上にやるな、坊主」
殺気を、隠そうともしない。ある意味、自分達の時代に一番近い人間は敵になったのだ。そう思うと、少しだけ残念な気がするが、それも一瞬の逡巡で終わった。
「だからどうした、ジジィ。てめぇは敵としてやってきた。だったら殺すしかねぇだろ。ついでにてめぇのことだ。失敗しようがしまいが、どうせ死ぬこと、分かってんだろうが」
「ああ、そうだ。どうせ俺は消される。なら、ついでだからいいこと教えてやる」
言うと、すぐに一発、片手で撃ってきた。避けた後、駆けた。
敵の首。それが目的だ。この集団は見る限り烏合の衆。アフマドの旗下と、それ以外に見えるのは多国籍軍だ。
つまり、アフマド一人を殺せば、瓦解する。
だからか、アフマドも少し後退しながらこちらへ向けて銃弾を撃つ。
恐ろしく正確な射撃だった。こちらも両刃刀を回転させながらでないと、まともに駆けられない。しかも、勢いを殺すように撃ってくる。こちらの動きも、実際鈍くなっているのが、ゼロにはよく分かった。
それが狙いなのかも知れない。
こちらの足止め。それが狙いだとすれば、後ろから別働隊が来る。
案の定、殺気を感じた。一度舌打ちしてから、後ろを向く。
直後、その更に後ろから、別の殺気が出て来た。
モルの物だった。
持っていた銃剣で、相手の相手の胴体を峰打ちする。
はじき飛ばされて、その場にその兵士はうずくまった。
直後に来る銃撃。両刃刀を回して防ぐと同時に、一度距離を置いた。
雑魚はどうやら、全て片付いたらしい。後は、アフマドだけだが、存外に厄介な相手かも知れない。
銃撃が一度止んだところで、アフマドがため息を吐いた。
「お前ら、まだ発想が甘いぞ。俺達の目的はエイジスであり、坊主である。だが、もう一つ目的がある」
「あん?」
「モル、お前のガキだよ」
モルの眼が、見開いた。
「まさか、貴様!」
「そうだ。イーグと通常の人間のハーフは未だにいない。それを放っておくような部隊であると思うか?」
「貴様!」
「くびり殺しに来るのもいいが、遅いぞ。今しがた通信が入った。終わった、とな」
呆然と、モルが立ち尽くした。
つまり、三個の作戦が同時並行で進んでいた。こればかりは、ゼロも読めなかった。
イーグを親に持つ人間など、当たり前にいたからだ。
だが、今がどういう時代なのかを失念していた。エイジスが出て来てから、イーグが出始めてから、まだほとんど日が経っていないのだ。
モルが、格納庫の外に出ていった。アフマドは、追う気もないのか、ただ立っているだけだ。
「坊主、お前、読み間違えたな、一つ。ついでだからもう一つ教えてやる。マークが教導隊として行くことになってた命令だがな、あれもダミーだ。多分大急ぎで帰ってくるだろうが、それまでには俺達の任務は終わる」
「まんまと俺ははめられた、ってわけか」
「坊主、まだ甘いな。お前さんの世界でどう伝わっているかは知らんが、所詮全世界が共通理念を持つなど、まやかしに過ぎん。そんなこと出来りゃ、苦労はねぇ」
アフマドが、葉巻を出して、吸った。
気付けば、それに対し、嗤い飛ばしている、ゼロがいたことに、ゼロ自身が気付いたのは、その直後だった。
「結局、俺達の時代となんら変わらねぇンじゃねぇか。はっ、そうかいそうかい。ならよ、ジジィ、お前さ」
両刃刀を、構えた。
「死ねよ」
アフマドもまた、アサルトライフルと、ナイフを出して構えていた。




