第四十三話『Hydrangea-無情の果て』(3)-2
少し、肌寒かった。
ここに来てから半年が経つが、未だに帰る道は見つからないが、諦めるつもりはない。
しかし、孤独というものが、想像以上につらくなっていると、ゼロはいつの頃からか感じ始めていた。
正直な話をすると、ルーン・ブレイドほど、ここに面白みが感じられない。
しっかりと戦を学ぶことの出来る人間が、結局いないからだ。戦が起こらない世の中では、軍人は不要だと言われている理由が、よく分かる気がする。
何人か、イーグがこの基地にやってくるので、それと斬り合うことが、一番緊張感を生んだ。
だが、最近ではめっきりその相手も減った。死んだのではなく、単純に来なくなった。
自分がこの世界では異端の存在であり、なおかつ、殺すことへの躊躇の無さを指摘されたのは、五人のイーグと戦って勝ち、一人の肩甲骨を粉々に打ち砕いてからだった。
正直、イーグとは思えないくらい、弱かった。自分達の時代がおかしいだけなのか、そうではないのかは、よく分からない。
だが、思えばこの頃から、孤独を意識し始めた気がした。
だから一人で、策を練った。それも、あくまで飛ばされた直後か数時間後、戦闘が起こっているという前提がある上での作戦でしかない。
しかし、それでも考えないよりマシだと思って、作戦を立てるのに没頭した。
たまに、村正のいる渓流に行った。倒れると行けるので、二、三度だが、会いに行っては考えを聞いた。その度に修正した。
そして、会う度に苦笑され、同時に、斬り合いをしたくなった。それは、もう出来ないのだと、村正から告げられたのは、つい一ヶ月前に会いに行った時だった。
それから余計に一人の世界に没頭した。モルフィアスやマークに掛け合えば、地下鉄道網のある程度の地図はもらうことが出来たので、それから考えた。
まず、自分がフェンリルの指揮官だったらどうするかを考えた。
間違いなくこの鉄道網は使う。そして見てみると、その鉄道網は、南アフリカ、つまり今のフェンリル首都『アルティム』から、防衛の要であるラングリッサがある場所まで続いている。それどころか、そこから伸びてあの海岸線に敷かれた場所まで続き、更には今ベクトーア首都『フィリム』や国防総省のあるところまでずっと繋がっているのだ。
つまり、フェンリルはその気になればいつでもベクトーアに奇襲が出来た。それは華狼に対しても同様である。
それを使わなかったのは、確実に勝てる機会を待つためか、それとも何かのトラブルかは分からない。
だが、今それを使っているとしか考えられない実情が起きているのは事実だ。
フェンリルが西ユーラシアからアフリカに移動したのは、恐らく鉄道網を完全に隠蔽した上だろう。同時に、ひょっとしたら移動したこと自体が、この鉄道網が上手く使えるかどうかの実験だった可能性もある。
この鉄道網はまったくベクトーアは掴みきっていないと考えていい。いや、恐らくフェンリル以外何処の陣営も把握していないだろう。いたとすれば既に対処が済んでいる。
戦のありようも、なんとなく見えてきた。
記録を見る限り、潜水艦から無人機を射出してある程度崩す。だが、それだけで潰走するとは思えない。
となると、使うのはこの鉄道網だ。これを使ってスコーピオンを運び込み、海岸線を数の力を用いて蹂躙する。これでだいたいの部隊は数に押されて潰走せざるを得なくなる。
奇襲完了後、そこに本隊と見せかけた艦隊を空母もろとも上陸させ進軍を始める。
そして今ベクトーアが絶対防衛線としているインプラネブル要塞に対し数で攻める。
あれを数だけで落とせるならそれも良し、落とせなかったとしたら、首都を残りの機体で奇襲する。そこにシャドウナイツを混ぜてもいい。
それでほとんど始末が付く。首都の奇襲さえ上手くいけば、自然とあの要塞は南北両方から挟撃されるのだ。そうなれば本当に崩れる。
つまり、あの数万機は本隊でもあるが、囮にもなり得るのだ。
だが、フェンリルにも泣き所はある。
まず、無人機の演算だ。恐らく、これは何処か別の場所で行っているが、この鉄道網の付近であることは想像が付いた。
だが、その場所まではまだ分からない。しかし、そこさえ分かれば、そこを襲撃して終わりだ。しかも攻めるとすれば少数精鋭、つまり、ルーン・ブレイドが適任になる。
もっとも、そこまで持てば、という前提が付く。
自分の立場は元々傭兵だ。流動的に立場が入れ替わることもあり得るが、あの世界にあれ以上に面白い部隊があるだろうかと言われると、疑問符が浮かんだ。
入れ込みすぎているのは、十分に分かっている。それがこんな感情になっているのも、ゼロには分かっていた。
ため息を吐いた後、モルフィアスが部屋にやってきた。
マークとセットでないのは珍しいが、考えてみれば今マークは旗下と共に別の部隊の調練に出かけているから、不在だったのを思い出す。確か、今日の朝帰ってくるはずだった。
「案内したいところがある。少し付き合え」
そう言われて、地下にある一つの格納庫に向かった。
その格納庫から、異様な気配を感じた。気の流れが、確かにそこにある。
だが、人間の気でもなければ、アイオーンでもない。別の何かが、そこにあると、ゼロの勘が告げていた。
「ここは?」
「前に封印された、とある機体が眠っている」
モルフィアスが言うと、ハッチが開いた。
それですぐに、いくつかの電灯が付いた。
眼を、思わず見開いた。
電灯に照らされたその機体は、レヴィナスの結晶がそこかしこから噴出し、それが機体を修復し続けていた。
鎖で繋がれたその機体は、背部に大型のオーラカノンを背負い、そして大型の一本角を生やした、青紫のプロトタイプエイジスだった。
「XA-001羅針。それがこいつだ。既にイーグは死んでいる。ガーディアンシステムを使いすぎた故にな」
「ガーディアンシステム?」
「エイジスのシステムを最大限まで引き出す、いわばリミッターだ。ただし、イーグのあらゆる感情を吸い続ける。正規条件で発動しない場合、負の感情も全て吸い上げる、諸刃の剣でもある」
「それで使い込みすぎて死んだ。これだけの機体がこうなるってこたぁ、相手は、十二使徒の誰か、だろうな」
「正解だ。これのイーグ、アレックス・フォールディングスは、それを討ち取った果てに死んだ」
聞いたことのある名前だった。伝説のイーグの一人、通称『処刑人』。同時に、初めてのイーグであるために、頭部に指向性の爆薬を埋め込まれ、バイタルまで全て監視された『首輪付き』。
その二つの異名を持った、最強のイーグの一人だ。聞いた話では、アイオーンを単独で破壊した数も、十人の伝説のイーグの中でも、群を抜いていた。
そんな男の乗っていた機体をよく見ると、機体の前に、上下に刃の付いた、両刃刀が刺してあった。
見事な剣だった。装飾などはないが、しっかりとした作りの業の物と言える。恐らく、これがアレックスの得物だったのだろう。
目の前に来ると、それはよく分かった。
「で、なんでこいつを俺に見せた? 俺にそいつの代わりになれとでも言うのか?」
「いや、お前のスタイルと、こいつのスタイルが、異常に似ていたのでな。こいつもまた、両刃刀使いだったからな」
だから、全員があの時、戦闘を終えた後に好奇の目を寄せたのだろう。
「でだ、ここからが本題だ。実は、とある実験計画が浮上している。それで、帰れるかも知れない」
「どういうことだ?」
「この機体のレヴィナスと、お前の持つレヴィナスを融合させて、爆発的なエネルギーを生み出す。どうなるかは、正直見当も付かんそうだ。融合するための材料は、人の魂。だが、お前がそれを肯定すれば、即座にやる、そういう令状が出た」
厄介払い。そういったところだろう。
自分はこの世界で異端なのだ。千年後の知識を持った人間。それを狙わない組織が、今までない方が不思議だった。
つまり、そういう気配が出て来た。だから先にその対象を消す。未来に戻るか、それとも死ぬか、そんなの相手からしたら知ったことではない。
同時に、邪魔な人間がいたとすれば、それを消す絶好の機会、といったところか。
魂を使うという点では、非人道的だが、確かにそれくらいのエネルギーがない限り融合が不可能であることは、想像に難くない。
そして、確かに自分には今、もう一個の魂がある。
村正の魂が、自分にはあるのだ。
どう村正が考えるかまでは分からない。
だが、結局納得してしまう気がする。
この半年間で何度か村正と出会ったが、それ以外の答えが出てこなかったからだ。
「無論、お前が否定すれば、この企画自体がなかったことになる。だが、恐らく、上はやるぞ」
「だろうな。てめぇは、どう思ってる?」
「どう思うもこう思うも、いくらなんでも侮辱している。お前は貴重な戦力だし、力だ。それを、こんな分からない実験に掛けること自体がいかれている」
モルフィアスの表情が、憤怒に満ちている。
ハイドラと、まるでその態度は変わらなかった。
やはりこの男が、ハイドラなのだろうか。だが、それにしたところで、あの異端とも言える程の力はない。
ただのイーグ。強いのは認めるが、それ以上の評価はない。
それに、眼が普通の人間のそれと変わらない。だとすれば、どういう関係なのだろう。
思った時、急にサイレンが鳴った。
『敵襲! 襲撃者はアフマド・ウォード! 繰り返す!』
来やがった。モルフィアスは唖然としているが、ゼロからしてみれば想定内だった。
唯一の誤算は、これほど早く動いてきたこと、この一点に尽きる。
奴らの目的は自分とエイジスだろう。
つまり、そこを防衛すればいいはずだ。
後は敵の人数がどれ程いるかだろう。それ次第では勝てる。
「敵の狙いは、俺とエイジス。だとすれば、その防衛、或いは襲撃者を皆殺しにすること。それしか手はねぇぞ。相手はてめぇらと違って、殺すことに躊躇はねぇからな」
モルフィアスの眼に、少し恐怖が見えた。
本当に人を殺したことがないのだろう。だが、そんな物は戦場では通用しない。
死ぬ奴から死んでいく。弱い物は殺される。それが戦場の掟であり、自分の生きてきた世界の理そのものだ。
「分かった。だとすればゼロ、お前、確か武器折れたままだろう。あの剣、使ってやってくれ」
モルフィアスが、アレックスの墓標に刺してある両刃刀を指さした。
「いいのか?」
一度、唾を飲み込んだ。それだけ見事な剣を、自分が握るのは、戦を行う人間としては、非常にありがたいことだった。
「そうした方が、こいつも喜ぶだろう。それに、この剣はRLで出来ている。生半可な武器より、よほど使えるはずだ」
RL、通称ラインハイトレヴィナス。純度99.9%以上の、不純物がほぼない状態のレヴィナス。そんな豪勢な物でよくもまぁ剣を造った物だと、正直呆れざるを得なかった。
だが、使える物は使っておくに限る。
そう思い、剣の柄を持った。
重い感触がする。その重さが、人の重さなのか、それとも剣自身の重さなのかは分からない。
だが、それも使いこなせない限り、自分に未来はない。そう思い、一気に剣を引き抜いた。
二、三度振って、感触を確かめる。いけるはずだと、自分に言い聞かせ、モルフィアスと共に駆けた。




