第四十二話『Sauer-内に秘める憤怒』(5)
5
AD二二七一年六月二五日
八回。竜王とトマスが、一騎打ちで切り結んだ回数だ。
だが、糸を切るだけに終わっている。
その糸を、ゼロは戦局を確認しつつ集めていた。オーラで形成される物ではなく、実体のある糸だった。
少し引っ張ったが、かなり頑丈だ。これならば武器も作れる。
大破した機体から武器をもらった。
銃剣。この時代はやはり対アイオーンを意識した銃剣の普及があったというのは、本当だったようだ。
その銃剣の剣先の部分だけ、切った。
その切った剣先を、自分の銃剣のストックに、糸でしっかりと結びつける。
簡易的だが、両刃刀が出来上がった。
一度振るう。問題はない。少しだけパワーバランスにズレがあることをAIが知らせてきたが、そんなもの自分の感覚でどうにかする。それで、何年もやってきたのだ。
このスタイルが、自分には一番合っている。
アウグに構えさせ、脚を引く。M.W.S.でもエイジスでも、それは変わらない。
オーラが出ないことだけがネックだが、知ったことではない。刃を破壊しないようにするコツも、自分で学んでいる。『牽制』には十分だ。
十二使徒の致命的欠陥である短期決戦型にならざるを得ないスタミナの無さ。そこに付けこめれば、勝てる。
駆けた。
「変われ、医者! 奴の後方に回れ! 俺との距離は一定に保つことだけ集中してろ!」
『なんだと?! あんた、何考えてんのさ?! 目の前の敵を』
「殺すさ。だが、てめぇの武器で奴を殺せる武器あるか? だから、てめぇは牽制だ。俺と一緒にな」
『なるほどな、そういうことか。なら協力してやるさね』
ラインがニッと笑って一度離れた。
入れ違い様にトマスに向かう。目の前。両刃刀を回しながら、眼を切りつけた。
トマスが、一度舌打ちをした。
すぐに離れる。反転させて、また突っ込んだ。
糸を出す。シールド状に糸を展開した。
だが、それもいつまで持つ。
目の前に相対して、また、両刃刀を回す。
奴の武器は糸だが、その糸を射出する場所は後部の一箇所のみだというのは、見ていてよく分かった。確かにあの図体と機動力は脅威だが、マタイと違って伸縮自在のブレードなどはない。
つまり、糸さえ封じてしまえばいい。そして、相手のシールドが切れるまで、こちらが両刃刀を回し続けて切り刻み続ければいい。
すぐさま糸で再生されるシールドもまた脅威だ。だが、それは一回ごとに斬りつけていた場合だ。そうすればすぐ再生してしまうが、その何倍もの回数を、短時間で切り刻み続ければ、こちらが両刃刀をシールドと相対して回し続けていれば、限界は来ずとも相手はこちらに掛かり放しになる。
今ようやく分かった。トマスは、多くの雑魚アイオーンとセットで運用して初めて一人前なのだ。雑魚アイオーンはマリオネット、そしてそれを操る存在。そうせざるを得ないのは、奴が単独では能力が他の十二使徒より劣るからだ。
一度、トマスが離れたが、すぐにラインが切り結ぶ。後はこれを繰り返し続ければいい。
通信が来たのはその直後だ。
一分で撃てる。ただそれだけ言ってきた。
なら、そこまで耐えればいい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あのゼロという男の、正気を疑っている自分がいる。こんな戦術を提案してきたのは、この男が初めてだ。
恐ろしく被害が少ないが、一方でエイジスを一機、躊躇なく囮に使う。そして、提案者である自分すらも囮にする。
自分の命に対してもまた、躊躇がない。
やはりあの男は、少なくともこの時代の、この世界の考えから逸脱しすぎている。アフマドは準備をしながらそう思う。
「アンカー、セット」
AIが言うと、機体が少し浮き、脚部から六カ所、アンカーユニットが出てきた。
それを地面に食い込ませた。その瞬間に起きる揺れだけは、未だに慣れない。
だからこの兵器をあまり好きになれないのだ。戦車より面倒くさい。
「アンカー固定完了。背部ロック解除、『ライバメセファ』、展開します」
三個に折りたたまれた背部に取り付けられた装備、それが爆轟最大の切り札であり、この兵器が開発された理由でもあった。
二四〇ミリ超大型『実弾』発射式オーラカノン、通称『ライバメセファ』。
レヴィナスの持つ桁違いの剛性を使えば、常識を打ち破ったカノン砲が作れる。そんなことを、何を血迷ったのか考えた上の連中が作り上げた、実弾を発射するオーラカノン。
実弾発射のための砲身摩耗問題を解決するために、バレル内にオーラを展開し、そしてそのオーラによって砲弾を加速、敵を殺すという、現代に蘇った大艦巨砲主義、それが爆轟と言う機体だった。
最初この兵器のイーグになると決まったとき、かなりガッカリした。それは今も変わらない。
だが、それはあまり表に出さなかった。一つだけ優れた点があったからだ。
とにかく、派手なのだ。山ほど積んだ武装が一斉に放たれる様がとにかく派手だった。だからこの機体を使うことを容認した。
だが、ライバメセファだけは、あまり使わなかった。正直言って、あまり利点が見いだせなかったからだ。
だが、ゼロというあの男は、この兵器の利用価値を見いだした。
破壊力に優れたこの兵器ならば、確かにあのトマスを殺すことも不可能ではない。仮に仕留め損なっても、蒼天と紅神がいる。
展開が完了したことを、AIが告げた。
後は照準だ。
これこそが、ゼロの作戦だ。
あの男は、自分とラインを囮にした。
確かにアイオーンはロックできない。
だが、現状M.W.S.もエイジスも、ロックできる。
そしてラインとゼロは、トマスを挟撃している。その中間点に撃ち込めばいい。それなら確実に射抜ける。
カメラユニットからの情報を元に機体を動かしながら誤差を修正する。
風向きも、特段に異常はない。
バレルに、気を送り込む。少し、身体から色々と吸われている。そんな気がするこの感覚が、やはり不思議だ。
充填完了。いつでも、撃てる。
トリガーが、IDSSに浮かび上がる。
トマスも、捉えた。
「坊主、ライン、今撃つぞ!」
言ってから、トリガーを押した。
放たれる砲弾。コクピット全体に響く振動。
まるで地震でも起きたかのように、機体が揺れる。
着弾が確認されたのは、すぐ後だった。
トマスは、真っ二つになっていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ぐ……ば、バカな……だが、私は、まだ死んではいないぞ……」
真っ二つになったトマスの、別れた身体がくっつこうとしている。
だが、トマス自身は、荒い息づかいだった。
しぶといクモだと、ゼロは思った。
このトマスもまた、人間だった頃に徹底した命のやりとりをしてきた男なのだろう。
そこには、単純に敬意を示した。
『ゼロ、こちらはいつでも撃てる』
『こっちもな、指示くれや』
モルフィアスとマークからの通信。
「葬ってやれ、この男を」
いつの間にか、口にしていた。
了解した返事が、二人から帰ってきた。
すぐに、トマスを、赤と青の気炎が貫いた。
デュランダルと、メガオーラバスターの、気炎だ。
その気炎が貫いた直後、そこには、真っ黒に焦げ、ひび割れたコアが露出した、トマスがいた。
そのコアも、すぐに割れた。
男が一人、また死の螺旋に帰る。その瞬間がやってきたのだ。
「そうか……真の指揮官は、M.W.S.に乗っていた、そなたか……」
諦念の感情と、ホッとしたような感情、その二つが入り交じった、複雑な声色だった。
コクピットを、開け、トマスを見つめた。
トマスの顔は、全く動かなかった。ただ、ふっと笑うだけだ。
「そうだ。俺が、あんたを殺すために指揮をした」
「そして、そなたは自身も囮にした。そして私を別の者に撃たせた、といったところか。そなたのような男とは、人間であった時に、競ってみたかった」
「あんたも、悪くなかったぜ」
「そうか。おぬし、名は、何という?」
「ゼロ・ストレイ」
「私は……そうだな、名乗る名は、もう、ないな……」
直後、トマスだった物は、灰となった。
風が吹き、その灰が大地に溶け込んでいく。
『総員に告げる。我らと相対したトマス殿に、総員、敬礼』
アフマドの声が、通信越しに聞こえる。
参考になる相手だった。だからこそ、自分も敬礼をしていた。
なぁ、てめぇは人間だった頃、どんな男だったんだ。
ただ、そんな疑問が浮かんだ後、撤退命令が下った。
次は、どいつが敵になるのか。それだけは、分からない。
ただ、言えることがひとつだけある。
これが、自分の時代に帰ったときに、力となる。
それだけは、間違いなかった。